5
「婚約者の好きな人 #5」と同じものになります。
ロイドからの話によると、治療師が診察をしたが外傷はなく、あとは意識が戻ってからの再診察になるようだ。脈と呼吸も落ち着いているのでとりあえずの心配はないという事らしい。
ハンスは、わかった、と一つ頷くと、俺と二人で足早にリリアンの部屋へと廊下を進む。
リリアンの部屋に着くと寝間着に着替えたリリアンがソファーに横たわっていた。ハンスと二人、足早に近づいてリリアンの様子をじっと観察する。
ロイドから容態についての話は聞いたが、実際にこの目で確かめないと納得出来ないし安心出来ない。
長い栗色の髪を右肩の横で結わいているリリアンは、うっすらと頬の赤みがついていて穏やかな表情をしていた。
「 ・・・よかった。」
ハンスは糸が切れたように座り込んでしまった。無事なリリアンの姿を見て安心したようだ。ロイドが手を貸してそばのソファーにハンスを座らせる。自分でも気づかないうちに呆けていたらしい。ハンスに手を貸すところまで頭が回らなかった。
「 ハンス、すまない。」
「 いや、ジークリオン、すまないがリリアンを頼む。ちょっと、その、立てなくなってしまったのだ。」
慌ててハンスに近づこうとすると、片手を上げてハンスが言った。どうやら腰が抜けてしまったらしい。
もとよりハンスには任せるつもりはなかった。
一つ頷いて横たわっているリリアンに近づく。そのまま肩の下と両ひざの下に手を差し入れて慎重に立ち上がる。先ほどとは違った緊張感で手汗が出てきた。何だか壊れそうで怖い。こんなに近くにリリアンがいるというのはもう、かれこれ10年ぶりくらいか?
「 ジークリオン様、こちらでございます。」
ロイドがかけてきた声に引き戻されて我に返る。棒立ちになっていたようだ。
慌ててリリアンを寝室のベットに運ぶ。初めて入った寝室は紺色が多く使われていてとても落ち着く部屋だった。
ロイドが素早く奥に回ってベットの上に整えられていた掛け布団をどかした。開けてくれたスペースにそっとリリアンを下ろし、首の下と膝の裏から手を抜く。
そのままベットの傍らに跪いてリリアンの手を体の横にそっと整えて置く。そのまま離れがたくてそっと手を握る。けれども握った手が握り返すことはなく、目覚めてにっこりと微笑むという事も起きなかった。ぐっと目に力をこめてオーラを確認する。うっすらと見えるリリアンを包み込むようにある綺麗な橙色のオーラは少しいつもよりは弱弱しいが、何ら問題もなさそうだ。
名残惜しいがこれ以上部屋に留まることもできず、ハンスがいる続き部屋に戻る。
「 ああ、ジークリオン、ありがとう。」
ソファーに座って心配そうに見ているハンスに一つ頷く。ハンスの向かい側にあるソファーに座ると
「 ロイドとも話したのだが、一回ジークリオンも診察を受けてくれ。別室で治療師を待機させている。その後でよければ夕食をどうだい? こんなことではリリアンを助けてくれたお礼という事にはならないだろうが、どうだろうか。」
「 ああ、当初の予定とは大分違うことになってしまったな。だが、申し訳ないがこれから仕事なんだ。診察は・・・」
「 ジークリオン、僕は友人として心配しているんだ。頼むから!」
そこまで言われてしまっては強く断ることが出来ない。渋々頷くとその様子をみたハンスは微笑みながらロイドに軽く頷く。そのままロイドは一礼をして部屋を出ていく。
「 しかし、本当に、もう、妖精のように何をしでかすのかわからない・・・。」
「 本当に間に合ってよかった。」
俺は迷っていた。聖霊が近くにいるという事をハンスに言うべきなのか。リリアンの今回の事故が聖霊によって起こされていたとしたのなら、それは俺がリリアンのそばにいたから起きたことなのか・・・。正確なことはわからないがリリアンのそばに聖霊が来たというのなら『プルシャンの力』で包み隠した『いとし子』の性質が漏れてきてしまっているという事なのだろうか。
近いうちに離れなければだめなのだろうか。
心の中で言い合いになっている俺同士。
------ いいじゃないか、別に『いとし子』の性質が漏れたって。リリアンも記憶が戻って、また俺の事を好きになってくれるかもしれない。
------ 何言っているんだ記憶が戻ったらこんな化け物、嫌われるに決まってる。それに聖霊に引っ張られてリリアンが破滅の道を選んだらどうするんだ。
流れ込んできた記憶だけではなく、自分で調べたおとぎ話、言い伝え、文献。どれをとっても『いとし子』が幸せになったものがない。大体の者が悲惨な目にあっている。家族、恋人、友人、国家。騙され、利用され、ボロボロになっていく。なんでこんなにもひどい目にあうんだ、と、思っても、『いとし子』は騙されやすい人間が成るのだとしか思えない。
「 それで、ジークリオン。リリアンにもう婚約の事は話したのかい?」
ハンスの声で堂々巡りの思考にふたをする。この結論はどうせいつも「 離れなければならない。だが離れがたい 」に落ち着くんだ。
同化してからこっち、執着なんてものはなくなったはずだと思っていたが、リリアンに関してはどうしてもなくならない。
「 まだだ。だが、父には話を進めてほしい、と言った。」
「 そうか。」
ふう、とため息をつきながらソファーに寄りかかるハンス。
「 これで僕の仲間が増えるね。」
「 仲間?」
「 ああ。『妖精リリアンを守る会』の仲間だよ!! 」
「 ・・・・・・。」
「 この会員になるにはまず僕の試験をパスしなければならない。なぜなら、この会の会長は僕だからね! 」
会員規則を空でつらつらと言っているハンスを相変わらずだなあ、と見ていたらそこにフリューゲルス伯爵と伯爵夫人が慌てた様子で入ってきた。ロイドとともにそのままリリアンの眠っている寝室へと足を運び、リリアンの様子を見て一安心したようだ。戻ってきた時は先ほどとは違い、雰囲気も柔らかいものになっていた。
「 父上、母上。ずいぶんと早かったですね。」
「 ああ、全部宰相様にぶん投げてきた。」
「 え? それは大丈夫なのですか?」
「 仕事なんかやってられるか!リリアンの一大事なんだぞ!! 」
「 母上は視察でしたよね?そちらは大丈夫なのですか? 」
「 ええ。ちょうど終わったところだったのでこちらは何も問題はないわ。」
「 ジークリオンのおかげでリリアンは無事だったのです。二人からもお礼を言ってください。」
「 あら、あら、そうなの!!ジークリオン君が助けてくれたのね!! 」
「 むむ、そうなのか・・・。」
嬉しそうにしている夫人とは対照的な伯爵の苦虫を潰したような顔。きっと夫人の頭の中は夫人が大好きなロマンス小説が繰り広げられているんだろう。伯爵の頭の中は考えなくてもわかる。
「 ぐぬぬぬぬ・・・。私が仕事をしていたばっかりに愛娘の危機を小僧なんかに持ってかれるなんて、何たる不覚!! 」
「 あら、トッド。またそんなことを言って困った人ね。ヒロインの危機にはヒーローが助けに入るのは当たり前なのよ? ね、ハンス、ジークリオン君。」
「 そうですよ、父上。颯爽と駆けつける私の雄姿をぜひ見ていただきたかったですね! ふはははははは! 」
「 ジークリオン君、先生の支度が整ったようよ。さあ、まずは診察をしていただいてちょうだいな。話はそれからよ。何か用事があったんでしょ? 」
痛いところを突かれて、ぐっ、と、のどの奥が鳴った。どこまでお見通しなのか、夫人とは一度話をした方がいいかもしれないな。昨日の宰相に引き続き夫人にまで突っ込まれるとは思わなかった。
「 わかりました。お言葉に甘えて診察を受けてまいります。お話の方は後程。」
わかった。とうなずく伯爵と伯爵夫人に軽く礼をして治療師が待つ部屋に向かった。