2
「私の婚約者 #2」と同じものです。
俺にはオーラが見える。オーラというのは生き物の感情の色の事だ。何と呼んでいいのかわからないので便宜上『オーラ』と言っている。
生まれた時から見えているわけではなく、小さい時に事故にあったのが原因だ、と思う。
******
『 小さきもの、いま助ける。』
あまりの激痛に意識を飛ばし始めた時、低いけれど優しい声が体の中に響いた。その声が聞こえると同時に下半身が温かいものに包まれるような感じがして、だんだんと激痛もジンジンとした痛みになってきた。
気持ちにも余裕が出てきたのか、固く力が入って閉じていた目をこわごわと薄く開けてみると、涙でにじむ視界の中に淡い青色の空間が見えた。
・・・ここはどこだ? 崩れてきたはずの岩がゴロゴロと周りに落ちてきて、
と、そばにリリアンがいないことに気付く。なんとも言えない焦燥感に慌てて周りを見回すけれど、そこにはただただ淡い青色の空間があるだけ。足元は毛足の長いじゅうたんの上にいるようでふわふわとしている。
体は動くけれど同じ場所で足踏みしているような感覚で、進んでも進んでも周りの景色が変わることはない。
まてまて、落ち着け。深呼吸。
息を深く吸い、整えてから考え出す。
具合の悪い俺の母様の為にリリアンが、フリューゲルス家の裏にある岩の裂け目に入ったのを確信した俺はそのままリリアンの後を追いかけて足をくじいたリリアンを見つけた。
リリアンから手をつないで欲しいと頼まれたので、仕方なくつないで奥へと進む。開けた場所まで進むと、リリアンの呼びかけで、ふわふわ浮かんでいる聖霊様が出てきた。しかも二人も。その時、俺の顔は相当間抜けなことになっていたに違いない。聖霊様は本の中のものだと思っていたからだ。
呼ばれて出てきた聖霊様は浅黒い肌の爺様みたいな聖霊様と、もう一人は青い肌をした無口な聖霊様だった。
聖霊様たちはリリアンの事を気に入っているらしく、リリアンの肩に乗ったり、周りを飛びまわったりで、てっきり薬草を取りに来たんだと思っていた俺は、まさか聖霊様に会うとは思ってなかったから相当間抜け面をさらしていたに違いない。そんな俺は母様の具合がよくならないと聞いたときに、リリアンの前でかっこ悪く聖霊様の力にすがってしまった。
「 ・・・なんとかならないんですか? 」
情けない俺の声で顔を伏せるリリアンに、それを見て悲し気に首を横に振る淡い青い肌の聖霊様。
やっちまった。
兄様とちい兄様に『 女の子には頼られるべきだ。』っていつも言われているのに、俺としたことがやってしまった。
さっきは気づかなかったけど、今頃リリアンはかっこ悪い、頼れない、と思っているはず。
リリアンと青い聖霊様が一緒に、俺の母様の為に薬草を摘んでいるのを見ながらもうひとりの聖霊様と話しをしたのは覚えている。爺様のような聖霊様は、せめて母様と話したい、という俺に、母様の夢の中に入って話す事を提案してくれた。なんでもするから、と頼み込んだ俺に爺様みたいな聖霊様は俺に向かって言った。
「オマエはあの子が好きなのか? 」
言われたときは心の奥を覗かれたような気がしてどぎまぎしたけれど、思ってみればしっくりときた。
あ、そうか。
そう思ったらもうだめだ。顔に熱はたまるし、今の話がリリアンにも聞こえてしまったんじゃないか、とか考えだしたら恥ずかしさが止まらない。
「ニンゲンは不便じゃからのう。聖霊同士だと考えとることは大体通じとる。ニンゲンはお互いに好いとる同士でも言葉にせんと伝わらないことばかりじゃ。」
「いや、そんな力があったら大変じゃないか。」
それって、今の俺の気持ちがリリアンに駄々漏れってことだろ? そんなこと恥ずかしくて無理だ。
「俺はきっとアイツと結婚することになると思う。だって婚約者だからな。」
「ほう、もうオマエの年で決まってるなんてニンゲンの中では珍しいんじゃないのか? 」
「爺様のころからの約束なんだ。」
「ニンゲンは変な約束をするんじゃなあ。」
「変じゃないぞ。自分の意思も入ってるから立派な約束だ。」
「約束に立派もないじゃろうに。」
いや、この約束は母様にも父様にも誓ったんだから立派な約束だろ?
それじゃあな、と爺様のような聖霊様は続けて言った。
「夢に入る対価はあの子を泣かさない、というのはどうじゃ。」
「泣かさない、か? 」
「そうじゃ。あの子は珍しいワシらの『いとし子』じゃ。あの子が笑うと力も漲みなぎるが、あの子が泣くとワシらの存在が脆もろくなる。それほどワシらに影響力を持つ『いとし子』なんじゃ。泣かさないというのは、もちろん器が無くなり、魂になるまでじゃぞ。」
「そんなに長く・・・。」
「ああ、ワシらにとってみれば刹那じゃが、オマエら人間にとっては長い時間じゃな。」
「よくわからないけど、わかった。あの子の事は俺が守る。強くなって、いろんなことから守ってみせる。俺もあの子が笑っているのを見るとうれしくなるんだ。そういう事でしょ? 聖霊様が言っている影響力って。」
爺様みたいな聖霊様は「この子を守れ。」と。
その問いに対して俺は「もちろんだ」と返した。
だってリリアンは俺の『婚約者』だし。...守ってやらなきゃいけない存在ならば、俺が一番近く守ってやりたい。初めて見たときからそう思ってた。
それに、す、す、好きな女の子はちゃんと守ってやりたいし・・・。
そんなことを思っていたらなにかが聞こえた気がして、そちらの方を思わず見た。そこには何もなかったが、周りの空気が変わった気がした。
嫌な感じがして辺りを見渡すと、遠くの方から、ずん、ずずずずず・・・。と、いう音が聞こえてきた。
急に黙って目をつぶり、何かを探しているような仕草をしだした聖霊様の様子を見たら、リリアンのところに行かなきゃいけない気がして、リリアンに向かって走り出す。
リリアンと淡い青色の聖霊様の上の岩が崩れてくるのが見えた。その場から連れ出すのは無理そうだ。
ならば。
「だめーーーーー!!!! 」
リリアンの目を見て、声を聴いて、上から落ちてきた岩に潰された。