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衝動的にフリューゲルス家を飛び出した後、そのまま第三に戻り、黙々と勤務をこなした。初日は事件に関わった人たちを訪ねて話を聞いていたが、道で遊んでいる子供に三連続で泣かれてしまいそのまま内勤、というか雑用を任された。隊員たちの調査に使った経費とか、報告書のまとめとか。やりだすと止まらなくなり、安楽椅子探偵よろしく執務机の上に地図を広げ、線を引いたり印をつけたり。その後三日ほどそのまま寝泊まりしていたら流石にカレンに怒鳴られた。
「 隊長、宰相様から呼び出しがかかっていますので、今日こそ身だしなみを整えてくださいよ!いくらなんでもここまで汚い、臭いでは宰相様の評判にも響くのですよ!」
カレンのいう事はもっともだ。何度も宰相には俺じゃない年長の隊員をトップにしてくれと言ったが、いつも却下されてしまう。お前以外に適任者がいない、と。俺のどこが適任なのかわからない。
周りを見渡すと何故か困った顔をしている隊員たちと目が合う。またやってしまったのか。
「 すまない。止まらなくなってしまってな。」
「 仕事はいいんです。そのままやっていただいた方が効率もいいですし。」
眉をぎゅっと寄せて怒り顔のカレンはそこまで言って黙った。大きく息を吸って吐くと先ほどより少し雰囲気が柔らかくなったカレンが疲れた顔で言った。
「 大体隊長が根を詰めて仕事をこなしている時は何かあったときなんです。何があったのかは聞きませんが、そんなことしていると体を壊しますよ。」
大体は何があったかわかりますけれどね、と言いながらカレンは扉のそばにいるレジに宰相に言付けを頼んだ。そんなカレンをびっくりして見ていたら振り返ったカレンににらまれた。
「 なんですか?珍獣を見るような目をして。失礼ですね。」
「 いや、てっきりカレンが宰相の元へ言付けしに行くものだと思ったからな。」
「 それも超!重要ですが、隊員の管理ができないで副隊長の実務能力を疑われては困りますからね。さあ、今から寮の浴場へ行ってください。綺麗にしてきてくださいよ。」
そう言って第三の執務室を追い出された俺は五日ぶりの風呂に入った。
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「 ジーーーーーーークリオン!!!!どういうことなんだい!!! 」
宰相の執務室に行くと宰相だけではなくハンスもいた。待ち構えていたハンスの声はよく響き渡り、鼓膜に刺さった。ハンスの横にいる宰相はニヤニヤしながら両耳を自分の手でふさいでいた。
「 なんでここにハンスがいる?宰相サマ、用件はなんだ? 」
「 なんだい、ジークリオン君。そんなつんけんしなくてもいいじゃないか。君の失敗を楽し・・・げふん。いや、ハンス君のたってのお願いごとを聞いて、ちゃんと話し合える場所を提供するという善意の行動に何を言うのか。」
「 ・・・それは、誠に申し訳ありません。」
「 しかし、それにしてもまたやっちゃったみたいだね、ジークリオン君。 」
ニヤニヤしているおっさんがうっとうしい。その横には両膝と両手を床につけ、落ち込んでいるハンスがいる。ハンスのいつものキラキラオーラは消え、顔色も悪く全体的にパサついていてやつれているように見える。
「 ちゃんとリリアンに申し込みに来たんじゃないのかい?僕はてっきりプロポーズをしに来たんだと思ってウキウキしていたのに・・・!!」
そんなハンスをちらっと横目で見て、宰相は俺に向き合った。
「 朝、たまたますれ違ったときにあまりにも暗い顔をして、まるで呪われた様子だったから心配になって声を掛けたら縋りついてきてしまってな、大泣きされてしまった。聞けばジークリオンの事をずっと話しているからな、楽しく、いや、心配になってしまって執務室に連れてきて話を聞いていたんだよ。」
キラキラと目が輝き出した宰相の肩越しに護衛騎士のマイクがすまなそうにしているのが見えた。ところどころに本心が透けて見える宰相の言葉に近い未来に起こることがわかったけれど、どっちにしてもハンスには話さなくてはいけないことなのでちょうどいいといえばちょうどいい。
「 そうですか、その、それは申し訳ありませんでした。」
「 いや、謝罪は結構。ハンス君からも十分な謝罪をもらったし、ジークリオン君の事は私が関わりたくてやることだから君が気に病むことはない。」
「 それは、ありがとうございます?」
「 なぜ疑問形なのかは問わないが、まあ、とにかく話を聞かなくては何もわからない。」
「 そうだよ、ジークリオン!君はなぜあんなに怒ったんだい?」
スクッと立ち上がったハンスは俺の方に音もなく迫ってきた。顔が青白いせいか妙な迫力があり、背筋が冷えた。
「 いや、護り石をだな、その、用意してくれたから、てっきりそうなのかと思ったんだが、その、婚約には納得していない様子だったし、俺の顔を見ながら呆けたりと、していたのでたぶん、その、駄目なんだと、受け入れてもらえないのかと、思ったら腹が立って・・・。自分に。」
そこまで言うつもりはなかったのだが、うっかりこぼしてしまった。しまった、と思っても出てしまった言葉はなかったことにはできない。
「「 ・・・。」」
「 なんですか。」
黙って俺の方を見ている二人の顔は珍しいものを見る目だった。
「 いや、ここまで自分の言葉でしゃべるジークリオン君も珍しいな、と思ってな。」
「 ・・・ちゃんとできるじゃないか!ジークリオン!! 」
「 ・・・。」
どことなくムッとしたのがわかったのか、二人は面白そうに目を合わせて笑う。こっちは何にも面白いことなんてないのに。
立ったままだった俺とハンスに宰相が席を勧める。まて、配置がおかしくないか?
俺と向かい合って座る宰相とハンス。普通は俺の隣がハンスなんじゃ・・・。
「 で、で、なんで自分に怒ったの? 」
「 さ、宰相様。そんなストレートに聞いてはダメですよ。順序良く聞き出さなくてはいけません。」
「 お、そうかそうか。年寄りはせっかちでいかんな。」
「「 で、どこに怒ったの 」かい? 」
------ 絶対に言うものか!
口を閉じた俺にかまわず勝手に世間話をしだした二人は最初から盛り上がっていた。今もハンスは俺の方に気を使いながら宰相と面白い話をしている。まあ、例によって妖精の話をしているのだが、それを正面からの至近距離で聞かされ続けている宰相の口元もだんだんと引きつってきているのがわかる。
自分の事をこんなに、宰相は面白がっているとはいえ、心配してくれているという事がわかってくると、自分の勝手な期待に裏切られ、傷ついた自分のプライドはなんてなんてちっぽけでいらないものなのかと思って。そう思ったら無性にうれしくて、くすぐったくて、恥ずかしくて、おかしくなってきてしまった。
「・・・くくく。」
「 え?ジークリオン君、今のどこに笑う要素があった? 」
「 お、ジークリオン、君はわかってくれると思ったよ。さすが、僕の見込んだ『 妖精リリアンを守る会 』の会員だね!! 」
全然面白くないのに、笑いが止まらない。
「 ふ、ふふふ、くくく、はははは! 」
「 ぶ、ぶぶぶぶ、ふふふふふふふふふ! 」
「 はーっ、はっはっはっはー! 」
三人が三人とも笑い出し、ハンスも俺も笑いすぎて涙が出てきた。宰相は珍しく優しい目で笑っているし、マイクもにこにこしている。あまりにも楽しくて気持ちが軽くなった気がした。
相手に選択をせまり、自分の責任を負わない様に、傷つかない様に逃げていた。でもリリアンに勝手に期待して裏切られた俺は無様に傷ついた。いつものように相手に選択を迫って相手のせいにできなかった。リリアンの俺に対する態度が、仕草が、『 お前は範囲外だ。』と言っていることに気付いて逃げた。リリアンのせいにして。そんな卑怯な自分にもう一人の自分が怒鳴り散らす。『卑怯者!』と。公明正大、聖人君子になれるとは思ってはいなかったが逃げて逃げて、逃げた結果がこれだった。
でも、それが『 今の俺 』なんだ。そんなお世辞にも立派と言えない俺を見守ってくれる人たちがいる。昔から、混ざる前からの俺ではなく今の俺でもいいのだ、と言われている気がして目の前が、景色が少し明るくなったような気がした。
------ 挽回のチャンスは、あるかな?
ひとしきり笑い終わった後、まだ少しおかしさが後を引いていたが、緩んだ顔を引き締めて言う。
「 宰相サマ、ハンス、そしてマイクさん。ありがとうございました。」
それだけ言うと、宰相サマもハンスもマイクさんも笑って頷いてくれた。