ラストステージ
ーーステージの上の七瀬リオは、キラキラと光り輝いていた。
バンド全盛の時代に、最後のアイドルとまで言われ、今や女性アイドルの頂点に立った彼女は、最高のきらめきを放ってた。
「リオー!」
「リオちゃーん!!」
「リオちゃんっ、大好きー!」
たくさんの声援にこたえて、
「あたしも、みんなが大好きだよーっ!」
と、声をあげる。
そのあたしの声に、また、たくさんの声が返ってくる。
ホールを包む声は、津波のように押し寄せて、七瀬リオに降り注いだ。
ステージは、あんまり好きじゃなかったけど、
でも、この、みんなと一体になれるようなライブ感は、嫌いじゃなかった。
この感覚をいつまでも味わえるなら、
ずっとアイドルでいてもいいかもなんて、思ったりもした。
『ねぇーみんなー! もうすぐツアー終わるけど、リオのこと、忘れないでねーっ!』
「忘れないーー!」
「リオちゃん、ありがとうーっ!!」
「絶対、忘れないよー!」
もうすぐ、このツアーは幕を閉じる。
最終日までは、あと1日――
ギリギリになって、あたしの歌はやっと完成した。
ようやくあたしは、本当のあたしを解放してあげられるって、そう思ってた。
だけど、そんな思いを粉々に打ち砕くようなことが、
この日のツアーの終わりに、起きた。
ツアーのラストを、明日に控えて、あたしはもう、歌えないとさえ思った。
突然に、送られてきたメッセージカード。
花束からひらりとこぼれ落ちた、
それを見た時、
あたしはゾッとした。
体が小刻みに震え出して、止まらなかった。
メッセージカードに書かれてた文字は――
濡れ女
あの会場のどこかに、あたしを知ってるひとがいた。
歓声が響く中で、誰かが「濡れ女のくせに」と、ほくそ笑んでいた。
整形をして、年齢を偽って、本名は非公開になってる七瀬リオの正体が、バレることはないって思ってた。
もう誰にも、あの頃のあたしは、探し出せないだろうと思ってた。
なのに、見つかった。
知られてしまったんだ。
七瀬リオでなんか、いたくないと思ってたけれど、
これで本当に、リオじゃいられなくなるのかもしれない。
あたしにはもう、リオでいられる自信なんかなかった。
あたしが本当は誰なのか、広がっていくのは、時間の問題。
ネットに、一言、書き込まれたら、
あっという間に、知れ渡ってしまう。
高校の頃、さんざ裏サイトで、中傷をされ続けてきたあたしが、ネットの恐さを知らないはずもない。
もはやメッセージカードは、警告でしかない。
「おまえの正体は、知られた」と。
「情報が広まるのは、止められない」と。
そう言われたも、同じだった。
やっと、ここまで来たのに。
自分の歌を歌わせてもらって、もしかしたらここから、路線変更もできるかもなんて…。
アイドルのリオじゃない、あたし自身としてなら、これからもやっていけるかもなんて…。
アイドルなんかじゃなくたって、大好きな歌があればやっていけるかもなんて、そう思ってたのに……
だけど、
たった1枚のメッセージカードに、そんな望みすら打ち砕かれてしまった。
あたしには、未来も現実もなく、もうどこにもいけないんだ。
自分の道は、自分で決めるつもりだったのに。
今また、こうして自分の過去に、道を阻まれるなんて。
そんなこと、思いもしなかった。
悔しいけど、この道はもう行き止まりかもね。
過去を晒されたアイドルが、どうなるかなんて、目に見えてるでしょ?
どっちにしろ、あたしは、21歳にもなるんだし。
いいかげん、アイドルなんて、やってる年でもないのかもしれない。
3年って、いい潮時だったのかも。
あたしの過去が、広がっても広がらなくても、どっちでもいいの。
もうさ、やめさせてもらってもかまわないでしょ?
あたし、疲れたもの……。
これで、おしまいにしようと思う。
このツアーの最終日を、文字通りの最終にする。
事務所は許してくれないかもしれないけれど、言ったもん勝ちだから。
「終わり」って言っちゃえば、こっちのもんだし。
あとは、どうにかなるんじゃない?
っていうか、あたしの意思けっこう固いから。
やめるって言ったら、やめるの。
もう、決めたから。
いよいよ、ラストステージの幕が上がる。
あたし、七瀬リオの最後のステージが――
何が起こるのか、何を起こそうとしてるのか、
そんなことは、まだわからないけど。
でも、このステージがあたしの最終幕になるのは、
確かだから……。