リオ
人気が上がっていく中で、あたしは、「七瀬リオ」って、誰なんだろう?と、思っていた。
売れるために、自分の中にアイドルとしての「七瀬リオ」という虚像を作り上げた結果、あたし自身が七瀬リオがいったい誰なのか、わからなくなっていた。
カメラを向けられると、自然と笑顔を作っている自分がいた。
あたしではないあたしの声が、あたしではないあたしの話し方で、カメラの前でしゃべっていた。
その人は、誰なの?
と、画面に自分の姿を見つける度に思った。
カメラに笑いながら話す、その自分の横には、それを冷めた目で見つめるもう一人のあたしの姿があった。
ファンの前にだけ、存在する"あたし"。
メイクを取って、衣装を着替えてしまえば、もう七瀬リオなんていう女の子は、どこにもいなかった。
次第に、自分の創り出した虚像のアイドルに、自分自身が押しつぶされて、あたしは息苦しく感じるようにもなっていった。
……七瀬リオなんて、どこにもいないのに。
それは、あたしじゃないのに。
誰も、あたしなんか見ていないのに……!
七瀬リオ番組出演用 アンケート
好きなもの ケーキ
嫌いなもの コーヒー
好きな動物 小さい犬
嫌いな動物 大きい犬
好きな季節 春
嫌いな季節 冬
好きなタイプ 私を大切にしてくれる人
デートで行きたい場所 海
デートでしたいこと 花火
興味があること ファッション
オフにすること 雑誌、映画を見る
番組に出るための、事前アンケート。
答えたのは、全部あたしのマネージャー。
真実のかけらもない、おもしろ味のない答え。
だけど、それが七瀬リオの真実。
全てが、嘘だらけの、リオの真実。
まるで、モデルケースみたいな10代の女の子。
そう思いながらも、あたしはアンケートを見ながら聞いてくる番組の司会者に笑顔で答える。
「リオちゃんは、ケーキが好きってあるけど、どんなケーキが好きなの?」
「ショートケーキです。イチゴが大好きだから」
「そう、じゃあコーヒーが嫌いなのは、どうして?」
「飲めないんです。苦くて。缶コーヒーも、飲めなくて」
「かわいいねぇ。それで、この小さい犬が好きで、大きい犬が嫌いっていうのは、どういうことなの?」
「小さい犬は、すごくかわいくて大好きで。チワワとか、トイプードルとか。でも、大きくなっちゃう犬は、こわくて。ラブラドールとかも、ダメかもしれないです」
「そうなんだ。確かに、大きい犬は、リオちゃんならこわいかもしれないよねぇ」
「…はい、ちょっとこわいです…」
「そっか〜デートでは、海に行きたいの?」
「はい、海で花火がしたいなって」
「かわいいなぁ。ホント、リオちゃんはかわいくていいよねぇ。この頃の16歳とかは、全然かわいくなかったりもするからね。リオちゃんは、10代の女の子のカガミだね」
そんな言葉で、司会者は番組を締めくくったーー。
10代の女の子のカガミか…誰なんだろうね、あたしってホントに。
信じられない。七瀬リオが。
七瀬リオである、あたしが。
自分自身が。
あたしはもう、七瀬リオでなんか、いたくなかった。
自分の中にいるリオが、気もち悪くてしょうがなかった。
七瀬リオがいる限り、あたしはなんにもできない。
リオなんて、捨てたいよ。
何をするにも、リオが付きまとって。
あたしは、自分の歌いたい歌さえ、歌えない。
この歌が、七瀬リオのイメージには合ってるからって。
歌いたくもない歌を、ステージで歌ってるあたしは、
ただインプットされた歌を垂れ流すだけの、マシンにしか過ぎないように思えた。
ーーツアーが近づくと、ひどく憂うつになる。
ステージでなんて、歌いたくない。
何時間も、ファンの前で七瀬リオであり続けることが、たまらなく嫌になる。
ツアーのスケジュールが上がってくると、あたしはいつもそれを壁に貼って、
だけど貼って眺めてるうちに、なんだかイライラしてきて……。
あたしは取り出したカッターで、
スケジュール表を、めちゃくちゃに切り刻んだ。
ツアーが決まってから、実際に始まるまでの数ヶ月間、
あたしは、どうにかしてツアーなんてやめられないんだろうかと、
そればっかり考えている。
だけど、チケットが完売したとか聞くと、もう逃げられないんだと感じて、やるより仕方がないんだと思う。
チケットを買ったひとたちは、当の本人がこんなことを感じてるなんて知ったら、どう思うんだろうね。
やっぱり、ひどいとか思うのかな。
けれど、やりたくなんかないんだもの。
どうして、歌いたくない歌ばっかり、何曲も人前で歌わなくちゃいけないの?
でも、あたしの歌を、聞きにくるひとたちは、
本当にあたしが歌いたい歌なんて、別に聞きたいとも思ってないんだろうね。
みんなが聞きたいのは、リオの歌であって、あたし自身の歌にはなんの興味もないんだろうし。
アイドルの七瀬リオをみんなが求めてることは、なんにも悪くなんかないのにね。
悪いけど、それに付いてけない、あたしがいるんだよね。
カラオケに行ってた高校生の頃から、ずっと歌うのが大好きで。
あたしには、歌しかないって思うその反面で、こんな歌なんか歌いたくないと思ってる自分がいる。
歌いたいのに、歌いたくないって、すごく矛盾してるよね。
あたしの中で、歌いたい気もちと歌いたくない気もちとが、真っ二つに引き裂かれてていく感じ。
歌いたいあたしは、
歌いたくない歌でも、それでも歌わせてよって言ってて。
でも、歌いたくないあたしは、
歌いたくもない歌なんか、歌ってもしょうがないじゃんって言ってる。
矛盾だらけの自分。
でももし、あたしの歌を歌えたら、この気もちからも解放されるのかな?
あたしの歌が、歌いたいよ。
七瀬リオの歌う歌じゃなくて、自分の歌。
ねぇ、もしもあたしが、あたしの歌を歌ったら、
聞いてくれる?
みんなに、聞いてもらえるかな。
歌わせてよ。
あたしが綴った、あたしの歌を。
そんなやり場のない気もちを抱えて、リハーサルをくり返す。
今回のツアーは、新しいアルバムのタイトルがついた、アルバムお披露目のためのもの。
アルバムから、新曲をピックアップして歌わないといけない。
歌い慣れてない歌は、歌いにくい。
ちっとも、歌詞が頭に入ってこない。
覚えられない。
そんなの、だけどあたり前だよね。
だって、歌いたくないって、思ってるんだもの。
本当に、歌いたい歌が、歌いたいよ。
ねぇ、お願い
1曲だけでもいいから、あたしの歌を、歌わせてくれない?
調子があまりよくないからと、リハを少しだけ早く切り上げたあたしは、
プロデューサーに、
「今回のツアーで、1曲だけ、あたしが作った歌を歌わせてくれませんか?」
と、お願いをした。
たった1曲でも歌えたら、少しは満足できるかもしれないからと。
固唾を呑んで、答えを待つあたしに、
「じゃあ、ツアーの最終日に、一度だけならいいよ」
と、プロデューサーは言った。
「ツアーの最終日って、確か君の誕生日だったよね。誕生日のサプライズとして、歌うのもいいんじゃない?」
誕生日……そうだった。そんなの、忘れてたし。
「18歳に、なるんだっけ?」
あたしが年齢をごまかしてることは、事務所のごく一部のひとしか知らない。
『違う、もう21歳になるんだよ』
あたしは、その言葉を呑み下して、「そうですね」と、にっこり笑って見せた。
……ツアーに楽しみができた。
たった1曲でも、一度だけでも、自分の歌を歌えることがとってもうれしかった。
だけど、いざ作ろうとすると、歌は全然できなかった。
自分の歌を、自分の言葉で作ることが、こんなにも難しいんだってことを、あたしは初めて知った。
何を書いていいのかも、まるでわからなくて。
何を言葉にしたらいいのかも、まったくわからなくて。
あたしは、悩み続けた。
ツアーが始まる頃になっても、歌はできなかった。
終わるまでにはできるだろうと思ってるうちに、いつの間にか最終日まで10日を切ってしまった。
移動日を含めると、最終日を入れて、あと5本を残すのみにまで差し迫っていた。
カウントダウンが始まって、あたしはようやく歌のタイトルを決めた。
タイトルは、
「REAL」
あたしのありのままを、歌にして聞いてもらいたかったーー。