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「REAL」ーアイドルの光と影の告白ー  作者: 蒼乃 月
第7章
8/11

リオ

人気が上がっていく中で、あたしは、「七瀬リオ」って、誰なんだろう?と、思っていた。


売れるために、自分の中にアイドルとしての「七瀬リオ」という虚像を作り上げた結果、あたし自身が七瀬リオがいったい誰なのか、わからなくなっていた。


カメラを向けられると、自然と笑顔を作っている自分がいた。


あたしではないあたしの声が、あたしではないあたしの話し方で、カメラの前でしゃべっていた。


その人は、誰なの?


と、画面に自分の姿を見つける度に思った。


カメラに笑いながら話す、その自分の横には、それを冷めた目で見つめるもう一人のあたしの姿があった。


ファンの前にだけ、存在する"あたし"。


メイクを取って、衣装を着替えてしまえば、もう七瀬リオなんていう女の子は、どこにもいなかった。


次第に、自分の創り出した虚像のアイドルに、自分自身が押しつぶされて、あたしは息苦しく感じるようにもなっていった。



……七瀬リオなんて、どこにもいないのに。


それは、あたしじゃないのに。


誰も、あたしなんか見ていないのに……!



七瀬リオ番組出演用 アンケート



好きなもの ケーキ


嫌いなもの コーヒー


好きな動物 小さい犬


嫌いな動物 大きい犬


好きな季節 春


嫌いな季節 冬


好きなタイプ 私を大切にしてくれる人


デートで行きたい場所 海


デートでしたいこと 花火


興味があること ファッション


オフにすること 雑誌、映画を見る



番組に出るための、事前アンケート。


答えたのは、全部あたしのマネージャー。


真実のかけらもない、おもしろ味のない答え。


だけど、それが七瀬リオの真実。


全てが、嘘だらけの、リオの真実。



まるで、モデルケースみたいな10代の女の子。


そう思いながらも、あたしはアンケートを見ながら聞いてくる番組の司会者に笑顔で答える。



「リオちゃんは、ケーキが好きってあるけど、どんなケーキが好きなの?」


「ショートケーキです。イチゴが大好きだから」


「そう、じゃあコーヒーが嫌いなのは、どうして?」


「飲めないんです。苦くて。缶コーヒーも、飲めなくて」


「かわいいねぇ。それで、この小さい犬が好きで、大きい犬が嫌いっていうのは、どういうことなの?」


「小さい犬は、すごくかわいくて大好きで。チワワとか、トイプードルとか。でも、大きくなっちゃう犬は、こわくて。ラブラドールとかも、ダメかもしれないです」


「そうなんだ。確かに、大きい犬は、リオちゃんならこわいかもしれないよねぇ」


「…はい、ちょっとこわいです…」


「そっか〜デートでは、海に行きたいの?」


「はい、海で花火がしたいなって」


「かわいいなぁ。ホント、リオちゃんはかわいくていいよねぇ。この頃の16歳とかは、全然かわいくなかったりもするからね。リオちゃんは、10代の女の子のカガミだね」


そんな言葉で、司会者は番組を締めくくったーー。


10代の女の子のカガミか…誰なんだろうね、あたしってホントに。



信じられない。七瀬リオが。


七瀬リオである、あたしが。


自分自身が。




あたしはもう、七瀬リオでなんか、いたくなかった。


自分の中にいるリオが、気もち悪くてしょうがなかった。


七瀬リオがいる限り、あたしはなんにもできない。


リオなんて、捨てたいよ。


何をするにも、リオが付きまとって。


あたしは、自分の歌いたい歌さえ、歌えない。


この歌が、七瀬リオのイメージには合ってるからって。


歌いたくもない歌を、ステージで歌ってるあたしは、


ただインプットされた歌を垂れ流すだけの、マシンにしか過ぎないように思えた。




ーーツアーが近づくと、ひどく憂うつになる。


ステージでなんて、歌いたくない。


何時間も、ファンの前で七瀬リオであり続けることが、たまらなく嫌になる。


ツアーのスケジュールが上がってくると、あたしはいつもそれを壁に貼って、


だけど貼って眺めてるうちに、なんだかイライラしてきて……。


あたしは取り出したカッターで、


スケジュール表を、めちゃくちゃに切り刻んだ。



ツアーが決まってから、実際に始まるまでの数ヶ月間、


あたしは、どうにかしてツアーなんてやめられないんだろうかと、


そればっかり考えている。


だけど、チケットが完売したとか聞くと、もう逃げられないんだと感じて、やるより仕方がないんだと思う。


チケットを買ったひとたちは、当の本人がこんなことを感じてるなんて知ったら、どう思うんだろうね。



やっぱり、ひどいとか思うのかな。


けれど、やりたくなんかないんだもの。


どうして、歌いたくない歌ばっかり、何曲も人前で歌わなくちゃいけないの?


でも、あたしの歌を、聞きにくるひとたちは、


本当にあたしが歌いたい歌なんて、別に聞きたいとも思ってないんだろうね。


みんなが聞きたいのは、リオの歌であって、あたし自身の歌にはなんの興味もないんだろうし。


アイドルの七瀬リオをみんなが求めてることは、なんにも悪くなんかないのにね。


悪いけど、それに付いてけない、あたしがいるんだよね。


カラオケに行ってた高校生の頃から、ずっと歌うのが大好きで。


あたしには、歌しかないって思うその反面で、こんな歌なんか歌いたくないと思ってる自分がいる。


歌いたいのに、歌いたくないって、すごく矛盾してるよね。


あたしの中で、歌いたい気もちと歌いたくない気もちとが、真っ二つに引き裂かれてていく感じ。



歌いたいあたしは、


歌いたくない歌でも、それでも歌わせてよって言ってて。


でも、歌いたくないあたしは、


歌いたくもない歌なんか、歌ってもしょうがないじゃんって言ってる。



矛盾だらけの自分。



でももし、あたしの歌を歌えたら、この気もちからも解放されるのかな?



あたしの歌が、歌いたいよ。


七瀬リオの歌う歌じゃなくて、自分の歌。


ねぇ、もしもあたしが、あたしの歌を歌ったら、


聞いてくれる?


みんなに、聞いてもらえるかな。


歌わせてよ。


あたしが綴った、あたしの歌を。



そんなやり場のない気もちを抱えて、リハーサルをくり返す。


今回のツアーは、新しいアルバムのタイトルがついた、アルバムお披露目のためのもの。


アルバムから、新曲をピックアップして歌わないといけない。


歌い慣れてない歌は、歌いにくい。


ちっとも、歌詞が頭に入ってこない。


覚えられない。


そんなの、だけどあたり前だよね。


だって、歌いたくないって、思ってるんだもの。


本当に、歌いたい歌が、歌いたいよ。


ねぇ、お願い


1曲だけでもいいから、あたしの歌を、歌わせてくれない?



調子があまりよくないからと、リハを少しだけ早く切り上げたあたしは、


プロデューサーに、


「今回のツアーで、1曲だけ、あたしが作った歌を歌わせてくれませんか?」


と、お願いをした。



たった1曲でも歌えたら、少しは満足できるかもしれないからと。


固唾を呑んで、答えを待つあたしに、


「じゃあ、ツアーの最終日に、一度だけならいいよ」


と、プロデューサーは言った。


「ツアーの最終日って、確か君の誕生日だったよね。誕生日のサプライズとして、歌うのもいいんじゃない?」


誕生日……そうだった。そんなの、忘れてたし。


「18歳に、なるんだっけ?」


あたしが年齢をごまかしてることは、事務所のごく一部のひとしか知らない。



『違う、もう21歳になるんだよ』



あたしは、その言葉を呑み下して、「そうですね」と、にっこり笑って見せた。


……ツアーに楽しみができた。


たった1曲でも、一度だけでも、自分の歌を歌えることがとってもうれしかった。


だけど、いざ作ろうとすると、歌は全然できなかった。


自分の歌を、自分の言葉で作ることが、こんなにも難しいんだってことを、あたしは初めて知った。


何を書いていいのかも、まるでわからなくて。


何を言葉にしたらいいのかも、まったくわからなくて。


あたしは、悩み続けた。


ツアーが始まる頃になっても、歌はできなかった。


終わるまでにはできるだろうと思ってるうちに、いつの間にか最終日まで10日を切ってしまった。


移動日を含めると、最終日を入れて、あと5本を残すのみにまで差し迫っていた。


カウントダウンが始まって、あたしはようやく歌のタイトルを決めた。



タイトルは、


「REAL」


あたしのありのままを、歌にして聞いてもらいたかったーー。



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