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「REAL」ーアイドルの光と影の告白ー  作者: 蒼乃 月
第6章
7/11

アイドル

ねぇ、アイドルになりたいと思う?


あたしはね、アイドルになんかなれなくても、いいんじゃないかって…。


そんなのは、アイドルやってるから、言えるんだって?


アイドルが、アイドルになれなくてもいいって言ったって、ただのわがままにしか聞こえないって?


そうかもね。


実際、ただのわがままなのかもしれないけど。


だけど、アイドルっていうのが、どれだけ過酷なものか、


もっと、わかってもいいんじゃないかって。


あたしは、もともとアイドルになりたかったわけじゃなくて。


たまたま上げた動画が、たまたまプロデューサーとかの目にとまっただけで。


こんな言い方したら、えらそうって言われるかもね。


だけどさ、メールもらって東京に出てこないかって言われた時点で、あたしもう18歳だったし。


前にも言ったけど、18で、今どきアイドルになれるとか思わないでしょ?


だから、あたしだって、歌手になるつもりで……。


そう、本当は、ソロアーティストにはなりたかったけど、アイドルになんかなりたくもなかったんだよね。


だから、東京に出てきた時から、もしデビューできなかったとしても、


好きな歌を歌っていければいいかもって、思ってたんだよね。



アイドルなんて、興味もなかったし。


あたしは、ただ歌いたかっただけだったから。


そんなあたしが、なんでアイドルやってんの? って思うよね。


しょせんアイドルが気取りたいだけだったんなら、


とっととやめれば? なんて、言われるかもね。


だけど、そうじゃないから。


アイドルは、あたしの意思じゃなかったから。



アイドルには、させられたの。


年も、事務所にごまかされて。


あたしに、何ができた?



「15歳で、『七瀬リオ』として、デビューしなさい」



って、大人たちに言われたら、


あたしは、それに従うことしかできなかったし。


デビューが決まって、


やっとここから脱け出せるって、


こんな悪夢のような世界から、ようやく出ていけるって、


そう思ってたのに。



あたしは、デビューへの約束ごとがひとつ決まる度に、


また悪夢の中へ引き戻されたーー。



ーーデビューにあたっての、約束ごとは、



1 年齢を3歳詐称して、15歳で通すこと。


2 歯列を矯正すること。


3 整形して、目を大きくすること。


4 過去は、一切隠すこと。


5 全ての契約は、事務所に帰結する。

  破れば、契約は即刻解除する。



あたしには、従うことしか許されなかった。



こんなカタチでのデビューが、うれしかったわけもなくて。


もう、整形をしてる時点で、あたしじゃないし。


整形なんかしたくないと言ったけれど、「みんなしてるから」と、それぐらいたいしたことないからと、そう言われた。


みんなしてるからって、あたしもしなくちゃいけないのかって、


あたしも、みんなのようにしなくちゃいけないのかって、


そう思った。


そこまでしないと、デビューができないのなら、本当はしたくなんかなかったけれど。


でも、デビューが決まった時点で、あたしにはもうたくさんのお金がかかっていて、簡単にやめることなんて、できなくなっていた。


デビュー決定からは、早かったような気がする。


周りがどんどん動き出していく中で、あたしはその波にただ呑まれて、流されていった。


気がつけば、あたしはステージに立って、マイクを握っていた。


そう…きっとね、運がよかったんだよね。


「七瀬リオ」という名前――「七瀬」っていう、人気のアニメキャラがいて、その検索にあたしが引っかかった。


そうして、デビュー曲のPVとか見てくれるひとが増えて、あたしの知らない間に一気に人気が高まっていた。


だけど、今考えると、


「七瀬」っていう名前も既に、事務所の戦略だったのかもしれないけどね。



七瀬リオというアイドルは、デビューからひとり歩きを始めて、あっという間に芸能界の階段を駆け上がっていった。


あたしじゃない。あたしが演じる、「七瀬リオ」という、アイドルが。


イジメられてたあたしでも、リスカをしてたあたしでも、家を捨ててきたあたしでも、そのどれでもない、あたし。


あたしであって、あたしではない、アイドルの七瀬リオが、きらびやかなスポットライトを浴びて、ステージの上にはいた――。



人気は、ネットがきっかけになって、火がついていった。


15歳のアイドルという、ただそれだけの肩書きに、ファンは群がった。


15歳だから、いいのかもしれなかった。


本当は18歳で、もうすぐ20代にもなろうとしてるあたしでは、見向きもしてもらえなかったのかもしれない。


若ければ、若いほどいいみたいな…。


たった3歳なのに、そんなに違うんだろうかと。


高まる人気に、バカみたいって、どこか冷めてるあたしがいた。


デビュー前には、事務所の売り方をさんざん拒んだあたしは、デビューしてからは、一度も事務所に反発したことはなかった。


どうせなら、行けるところまで行ってやろうと。


「七瀬リオ」っていうアイドルが、どこまで上がっていけるのか、見極めてやろうと、そう思ってた。


シゴトと呼べるシゴトは、なんでもした。


水着になり、握手会をし、笑顔を振りまいて、あたしは無理やりにでも15歳のアイドルを演じて見せた。


全ては、あたしが「七瀬リオ」を、売り出すために。


そう、今やアイドル・七瀬リオのプロデューサーは、あたし自身だった。


だけど人気とともに、あたしと、あたし自身であるはずの七瀬リオは、真っ二つに切り裂かれていった。


あたしが、あたしのままであっては売れない。


だったら、あたしを切り離して、七瀬リオというもうひとりのあたしを、作ればいい。


テレビの中で、リオになり切ることなんか、簡単だった。


カメラの前では、あたしは七瀬リオ以外の、誰でもなかった。アイドルの仮面は、かぶってはいたけれど。


人気を勝ち取るためになら、どんなことでもする。


だんだんに人気が高まっていくのを感じるうちに、あたしはあんなに嫌がっていたはずのアイドルでいることが、いつしか楽しくてしょうがなくなっていった。



誰でも、みんなだって、そうでしょう?


人気があれば、楽しくて。


それだけ、勢いもついて。



ほら、SNSとかを見てくれるひとが増えて、ランキング入りした時とかの、あんな感じ。


気もち的にも舞い上がって、おもしろくて仕方がなくて。


でもさ、本当はランキングに入ることなんかよりも、その人気を持続させていくことの方が、ずっと大変なんだけどね。


だいたいの場合、初めて見かけるものには、興味本位でみんな飛び付くもんだからね。


興味が薄れれば、一気に下降線。


ランキング圏外へ。


そうやって消えていくアイドルなんて、それこそ大量にいるんだよ。


人気が落ちて、放置されてるアカウントといっしょで。


見向きもされないアイドルだって、本当にいっぱい。



けどさ、そうやって人気ばかりを追い求めてたあたしは、人気とともについてくる別のものがあるってことを、すっかり忘れてた。


ただ、有頂天になってただけなのかもね。


たいして苦労もしないで売れたから。


アイドルなんて、たいしたことないじゃんとか思ってた。


そんな、恐いもの知らずになりつつあったあたしの元に、


ある日、一通のファンレターが届いた――。



ファンレターは、もう何通も読んでいた。


思いを綴ったラブレター風のものから、会ったこともないのに勝手に友達気取りなもの、自分が七瀬リオを育てたようなつもりでもっとこうした方がいいとかアドバイスしてくるものまで、いろいろあった。


どれも、ひとつずつ読んではいたけれど、くだらないとしか思えなかった。


七瀬リオなんて、本当はいないのにって。


ステージから降りてしまえば、あたしはただのあたしだった。


素でファンレターを読んでるあたしには、ファンからの熱烈なラブコールなど微塵も届かなかった。


その日、毎日届くファンレターにいいかげん読むのも飽きてきていたあたしは、手紙の山の中にやけに分厚いものを見かけて、好奇心から手に取った。



こんなに何書いてきてるんだろう?



思いながら、封筒をあけて、



その中身に、あたしは震えた。



あまりのショックに、叫び声をあげて、



あたしは、中身ごと封筒を壁に投げつけていた――。



封筒の中には、手紙が何枚も何枚も入っていた。


そのひとつずつに、


「僕の全てを愛してください」


と、書かれていて、


そうして、その下に、


体の全部の毛が、


それがどこの毛なのか説明付きで、


一本、一本、


テープで貼り付けられていた。




あまりの気色悪さに、吐きそうになった。



なんでこんなもの、受け取らないといけないの?



何? 「僕の全てを愛してください」って?



バカじゃないの?


……狂ってる。



だけど、これが、


あたしがアイドルをやってるからっていう、現実なの?



一度届くと、そんなファンレターは、まるでそれが合図だったかのように、いくつも来るようになった。


同じ人からではなく、何人も、何人もの異なるファンから。



切った髪の毛、爪、


コンドームに詰められた精液に、


明らかに、自分が使ったとわかるワリバシ、スプーン、ストロー、


一度はいたとしか思えない女性ものの下着までも……



おかしいとしか感じられないものは、次から次へと送られてきた。




ファンが、恐かった。


リオを応援してくれる、うれしい存在などではなく、


七瀬リオに執着して付け狙っている、ただの気もちの悪い存在にしか、思えなくなった。


こんな手紙を送ってくるひとが何千何万もいて、テレビの中の自分をいつもそんな目で見てるんだろうかと考えたら、体の震えが止まらなくなるほどだった。


アイドルなんて、楽しいだけのものじゃない。


あたしは、その頃から、そんな風に思わずにはいられなくなっていった……。



そんなファンが増えてくれば、ストーカーが現れることなんて、わかりきってたことでもあった。


最初は、マンションの場所を知られた。


住んでるところは悟られないように、なるべく近所のことなんかは公共の場では話さないようにはしていた。


だけど、「よく行くお店」とか、「お気に入りの場所」とか、そんなラジオやテレビで話す些細な言葉をつなげていくと、だんだんに場所が特定されていくらしかった。


彼らは、そうした小さな情報を繋げ合わせていくという、途方もなくめんどうにも思えることに、労力を惜しまなかった。



全ては、大好きな七瀬リオに、会うために。


ただ、一目でも、会うために。



……ある日、唐突に、マンションのドアの前に、バラの花が1本置かれた。


なんだかわからずに無視をしていたら、次の日、バラは2本に増えていた。


その翌日は、3本に……もう、疑いようがなかった。


誰かが、あたしの部屋の前まで来ている。


来ているという、知っているという、


このバラの花は、あたしへの気づいてほしいという、サイン。



マネージャーに話して、何日か交代で部屋の前でスタッフに監視をしてもらったおかげでバラの花は置かれなくなった。


だけど、それくらいで終わるはずもなかった。


まだ、相手は、「来てるよ」と、伝えただけだったのだし。


来てることを伝えたら、次にすることは、


「見てるよ」


だった。



バラがなくなって、スタッフももう大丈夫だろうと監視をやめた頃から、今度はいつもどこからか視線を感じるようになった。


どこへ行こうと、片時もなく、あたしを見つめている目――。


刺すような眼差しが、絶えずまとわりついて、あたしから離れなかった。



そうして、視線が気になり出してから一週間もしない内に、


ふいに、マンションのポストに、1枚のメモが入れられた。



「25日 19時から、コンビニで買い物」



メモに書かれた、一行。



それは、まぎれもない、今日のあたしの行動だった。



「26日 23時48分に、いつものコンビニで買い物」


「26日 0時10分に、マンションに帰宅」


「26日 3時27分に、消灯」



メモは、3枚。


どれも、今日のあたしの行動を、寸分たがわず克明に書き記していた。


そうして、最後に、もう1枚。



「もう少し早く寝た方がいいよ。お肌に悪いでしょ? リオちゃん」



気もち悪い。


あまりの気もち悪さに、じんましんが出そうで、あたしは腕を掻きむしった。


どうして、こんなことされなきゃいけないの?


こんな思いをして、それでもやっていくアイドルって、いったい何?



メモは日増しに増え、そうして付け加えられるメッセージは、だんだんに長くなっていった。




『リオちゃん


今日も、お疲れさま。


今日も、忙しかったね。


だけど、大丈夫。僕は、全部見ていてあげたから。


いつも、君のそばには、僕がいてあげるから。


だから、安心していいよ。


僕が、君を、守っていてあげるからね』



あたしは、書かれたメモをビリビリに引きちぎった……。



マンションのポストには、手紙を入れられないようにしてもらって、郵便物は全て事務所に転送するようにした。


メッセージが残せないようになると、ストーカーは自分の思いが踏みにじられたようにも勝手に勘違いをして、嫌がらせをするという手段に出た。


いわゆる、報復。


事務所の迎えの車に隙を見て近づき、車体に傷をつけ、ガラスを割り、


マンションの玄関の前には、なんの血だかわからないような血を、大量にぶちまけた。


既に、あたしは精神的にボロボロだった。


けれど、それでもまだ飽き足らなかったのか、憎しみをつのらせたそいつは、あたしの前にナイフを持って姿を現した――。



マンションまで送ってきてくれたマネージャーの車が走り去り、マンションの中にあたしが入ろうとした、その一瞬の隙をついて、


近づいてきた、ストーカー


ナイフをブルブルと小刻みに震える手で持って、あたしに、


「な…なんで、僕からの手紙を、入れないようにしたんだ…」


そう、告げた。



「僕が、君を守ってあげていたのに。


君は、僕がいなくちゃ、ダメなのに。


どうして……。


君が、僕を受け入れないんなら、


僕が、君を殺してあげるから……。


君は、僕のものなんだから……。


僕から離れて、生きていくことなんて、


君には、できないんだから……リオちゃん」



最後の、「リオちゃん」という、妙にやさしげな呼び方に、鳥肌が立った。


だけど、あたしは、あなたの思ってるような、


「リオちゃん」なんていう、


なんにもできない、ただのかわいいだけの少女なんかじゃないから。



悪いけど、そんな簡単に、あなたに殺されるつもりなんかないから。



「寄らないでよ……」


と、あたしは低く言った。


その、普段の七瀬リオからは、たぶん想像ができないだろうあたしの凄味に、そいつがひるんで、動きを止める。


「あたしは、あなたのものなんかじゃない。


誰が、あなたなしじゃ、生きていけないって?


バカにしないでよ……」


言いながら、そいつが突きつけてるナイフの刃を、強くつかんだ。


握りしめた手から、血がポタポタとこぼれ出すと、


「ギィアァーーーーー!」


と、そいつが、甲高い叫び声をあげた。


「リ、リオちゃんが……!


リオちゃんが、血を……!


そんなっ、そんな……うっ…ウギィアーーーッ……!!」


そいつの狂ったような叫び声は、けたたましいサイレンのように夜の街中に響き渡った。


それでも刃から手を離さないあたしに、向こうも握りしめたナイフの柄を離すこともできないまま、やがて、近隣の通報で到着した警察に捕まった。


あたしが切れた手を、病院で処置をしてもらってる間に、第一報として、「七瀬リオが、ストーカーに襲われた」ことが、速報で流れていた。


事務所は、私のケガを心配しながらも、


「この事件は、名前を広めるいいチャンスになる」


と、言い、


「おまえはインタビュアーに何を聞かれても、悲しそうにだけしていればいい」


と、言った。


「悲しげな表情さえしていれば、必ず視聴者の同情を引けるから」


と――。


一報のあと、ストーカーの襲撃未遂事件は、その日のニュースで大々的に取り上げられた。


病院から出るあたしの顔を、たくさんのカメラが狙い、あたしは悲しい表情でカメラから目をそらした。


事務所が言ったように、その効果はすぐに現れた。


今まで、あたしのことなんか知らなかった主婦層や、高齢者にまで、七瀬リオの名前はあっという間に知れ渡った。


ニュースで「七瀬リオの事件をどう思いますか?」と聞かれたおばさんは、


「かわいそうねぇ」と、口にし、


「七瀬リオちゃん、恐かったでしょうねぇ」と、心配そうな顔をカメラへ向けた。


人気はあっても応援してくれるのは10代ばかりだったあたしの元には、「今まで名前も知らなかった」という年代から、七瀬リオを応援する声が届くようになった。


そうしてあたしの人気は幅広く、いよいよ全国区にもなっていった。




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