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「REAL」ーアイドルの光と影の告白ー  作者: 蒼乃 月
第5章
6/11

トウキョウ

18の時に、初めて東京に出た。


アイドルにならないか?って、誘われたから。


違ったっけ? 歌手にならないか?だったかな。


まぁ、どっちでもいいんだけど。


どっちだって、たいして変わんなかったし。


だけど、18でアイドルなんて、もう遅いよねぇ。


完璧、出遅れてるって感じ。


今なんか、13、4歳でデビューがふつうだからね。


小学生でも、いいくらいなんだし。


なんで18でアイドルとか、そんな信じられない言葉につられて、あたしってば東京になんか、出てきちゃったんだか。


信じられないくらいだから、ダマされてるのかもって思って、試しに乗ってみることにしたのって言った方が本当っぽい?


アイドルに……とか言われたけど、もちろんいきなりデビューとかできるわけでもなくて。


最初は、レッスンから始めさせられた。


デビューできないんじゃ、仕事もあるわけないし、家は事務所の寮だというマンションの一部屋に住まわせてもらったけど。


お金ないんじゃ、生活もしていけないから、あたしは仕事をすることにした。


貯金もちょっとはあったけど、そんなのすぐになくなりそうなレベルだったし。


とりあえずは仕事しないとって感じで。



とりあえずとは思ったけど、仕事とか何していいのか全然わからなかった。


ありすぎて、とまどうような。


だって、あたしの住んでたところじゃ、バイトなんてほとんど限られてたし。


東京だと、仕事ありすぎで。逆に何していいのか、わからなくて。



けど、手っ取り早くお金かせぐんなら、やっぱ夜の仕事かもって。


求人も、すごく多かったし。


ここでなら、カンタンにお金になりそうなんて……。


そんな安易な理由で、あたしは夜の仕事についた。


だけど、キャバクラは、全然働きやすいところなんかじゃなかった。


女どうしのイジメも、凄まじかったし。


新入りのくせに、高価なアクセサリーをつけてるからとか、メイクがうまいからとか、


そんな理不尽な理由で、あらぬ中傷を受け続けた。


あたしは、その度にかつてのイジメをトラウマのように思い出して、何度も吐きそうになった。



オンナなんて、いくつになっても変わらないよね。


相手をなんとか蹴落として、自分が一番輝いていたくて。


それは高校生の頃から、なんにも変わってない。


女のひとって、きっと一生そうなんだろうね。


いくつになっても、誰よりもキレイで、いい女でいたくて。


それこそおばあさんになったってさ、「美人ですね」って、やっぱり言われたいんだよね。


ーーキャバ嬢になって、よかったことなんて言ったら、そんな女のサガとかを知ったことくらいかも。


それ以外は、酔っ払ったオヤジに触られたときの、やり過ごし方を覚えたぐらい。


オトコなんてさ、隙あれば触ってこようとするんだから。


それをいかにうまくかわせるかが、テクっていうか。


露骨にイヤな顔とかしないで、笑ってかわせたら上出来みたいな。



あたしが東京来て、初めての仕事で身につけたのは、そんなことだけ。


ああでも、営業用の愛想笑いは、だいぶうまくなったから。


それは、はっきり言って、その後の仕事にも役立ってるのかもね。



今って、キャバ嬢になりたい子とか多いんだってね。


お金が稼げるし。何より、綺麗に着飾れるしって。


いや、でもさぁ、キャバクラにどんな夢を見てるのか知らないけど、そんな生やさしいもんじゃないんだけどね。


みんながみんな、雑誌とかに載ってる№1の女の子みたいに、なれるわけじゃないし。


それこそ、あんな風にトップ張れるのなんて、本当に選ばれた一握りだけだし。


逆に、生活苦しい方が多いかもなんだけど。


髪のセット料とか、アクセサリーとか、衣装とかさ。


お金なんか、出ていくことばっかだし。


そんなのお客に貢いでもらえばいいって?


けどたくさんの男たちに貢がせて、甘い夢見るには、それだけ苦い思いもしないとっていうか。


多くの客を取るためには、地道な営業とか駆け引きとかさ、それなりの苦労も必要なんだけど。


あんな綺麗で華やかな世界に、苦労なんてないと思ってるでしょ?


でも、夜の蝶なんていう、表向きのキラキラした華やかさばっかり見てたって、実際やってなんかいけないんだから。


そういう点では、アイドルも同じかもね。


アイドルとして出てこれるのは、ほんのわずかなひとたちだけで。


だけど、誰もが目に見えてるその世界だけを、真実だと思ってる。



いったい、テレビにも出てこれないようなアイドルとかが、何人いると思う?



蝶にもなれないような、サナギにすらなれないようなひとたちがごろごろいて、蠢いてる世界。


キャバクラも、アイドルも、まるで変わらないんだよね……。



東京に出てマンションに住むようになって、感じたことはひとつ。


隣って、誰が住んでるの?


全然知らないんだけど。隣で、誰が、どんな生活をしてるのか。


あたしがここに初めて越してきたときには、おとなりさんにあいさつに行ったけれど、その当時のおとなりさんも、もう引っ越しちゃっていないし。


あとから誰か入ってきたみたいだけど、あいさつなんてもんはなくて、誰が隣にいるのかまるでわからない。


だけど、ここじゃ、それがあたりまえなんだよね。


隣どうし、知らないどうし。



なんか、それってすごく恐いことだと思うんだけど。


よくテレビとかで、マンションの殺人事件とか起こる度に思うのは、誰も気づかなかったの?ってこと。


「隣で、何か大きな物音がしたみたいだけど」とか言ってるひとたちは、物音はしたけれど気にしなかったってことなんだよね。


それだけ、人間関係が希薄だから。


知らないひとの生活には、必要以上には立ち入らない。


それが、ここでの暗黙の了解。


ヘンなの。


隣に誰が住んでるか、知らないなんてこと、あたしの住んでた街じゃ、なかったけど。


ここでは、知らないことがふつーなんだって。



もしも、隣に殺人犯とかが住んでたら、どうなるんだろうね?


そんなこと、ニュースとかじゃ、ごく身近にありそうじゃん。


いつ、誰に、何をされるのかもわからない部屋で、何が安全なのかなんて、わからないじゃんね。


狙われないようにするには、さらにセキュリティーの高いマンションに引っ越すしかないとか。


だけど、セキュリティーが高ければ、それだけ周りとの関わりもなくなってくるってことだし。


そうやって、この街のひとたちは、周りとの関係を絶って、マンションという箱の中に閉じこもっていくんだろうね。


そうして、いつかこの箱の中で、ひとりで死んでいくのかな。


老人の孤独死って、多いでしょ。


死んでも、誰も気づかなくて。気づいてももらえずに、ひとり死んでいくのなんて、本当にさびしいよね…。


隣に誰が住んでるかも知らず、まして死んでもわからなくて。


もし、自分の部屋の隣に死体があったらって考えたら、どう思う?



やってられないよね……。


なんだかさ、マンションのドアがそのまま、棺のフタみたいにも思えて。


ここは、棺の中と変わらないんじゃないかって。


ひとを閉じ込める、たくさんの棺おけの集まり――。


立ち並ぶマンションは、棺が並んで、積み上げられてるようで。


それは、まるで都会の中に佇む、たくさんの墓標のようにも見えるよね…。



…ちょっと引きこもりの話でも、しようか?


あたしも、引きこもってたことあるよ。


働き始めたキャバクラで執拗にイジメられて、なんかもう外出もしたくなくなって。


籠るのには、最高のシチュエーションだよね、ここって。


誰も、干渉してこないし。誰とも、関わらなくていいし。


部屋の中に閉じこもって、ごはんも食べないでいたら、このまま飢死とかするのかなぁとも思ってたけど、


飢死って、そんな簡単にはできないんだね。



なんにもしないでいても、おなかってすくし。


何でなんだろうって感じ。


ずーっと動かないでいても、おなかってすいてくるんだよね、不思議と。


空腹には、勝てないの。


おなかだけが減って、食べずにいられないの。


なんだか、憎たらしいくらいにさ。


ねぇ、引きこもってても、おなかってすくでしょ?


それこそ一日中、パソコンの前に座ってたって、それでもおなかが減るんだよね。


引きこもりの自分になんか、食事する価値なんかないと思うんだけど。


空腹からは逃れられなくて、何か食べずにはいられなくて。


真っ暗な部屋の中で、もそもそごはんとか食べてる自分が、よけいに惨めにも感じてくるの。


引きこもってまでも、食事なんかしなくちゃいけないのかなって。


一度、こもっちゃうと、なかなか外に出ていけなくなるんだよね。


私は、キャバクラでのイジメがきっかけだったけど。


引きこもるのなんて、どんな些細なことがきっかけになるのかも、わかんないんだから。


ある日を境にして、外に出ることもできなくなって。


部屋の中でしか、生活もできなくなって。


だからさ、何も知らないひとに、「外に出ていきなさい」とか言われると、反発したくなるんだよね。


あたしの気もちなんか、わからないくせにって。


だいたいさ本当は外に出ていきたいって、一番思ってるのは自分自身なのにね。


だけど、またあんな風に、誰かからイジメられるのかもって思うと、外が恐くてたまらなくて。


蘇ってきたトラウマを、消すことができなくて。


きっと、「外に出ていきなさい」なんて言うひとは、「トラウマなんて、思い込みだ」って、言うんだろうね。


「だから、越えられるはずだ」とかって。


越えられれば、苦労してないって。


越えようとして、でも越えられなくて、自分の抱えてる傷の深さに、自分で気づくんだよ。


その痛みに、その深さに。


この部屋から、足を踏み出そうとする度に、ズキズキと。


胸の奥を、えぐられるみたいにね。


引きこもるのも、きっかけひとつなら、


引きこもりをやめるのも、きっと、ひとつのきっかけなんだよね。


あたしが、なんでヒッキーをやめられたかっていうと、


必要に思ってくれたひとがいたからだったし。


自分はもう必要ないかもって思ってたあたしに、


もう一度必要だと思える場所を、与えてくれたひとがいたから。


……だからね、もしも今、引きこもりとかしてるひとがいたら、自分の場所を見つけなよ。



どこでも、いいんだから。


必ず、どこかに居場所は、あるはずだから。



あなたにも、好きなものって、あるでしょ?


その世界を極めてみなよ。好きなものを、やれるだけやってみなって。


極めるなんて、そう簡単にできるわけないとか、言い訳する前にさ、やれるだけやれば、そこにきっと、あなたの居場所は見えてくるんだから。



――あたしの居場所は、少なくとも、そうやって見つけたんだから。





だからね、



バイバイ しようよ?



引きこもってた、あたしなんかに。


東京の街なんかに、押しつぶされてたあたしに。



バイバイ。



もう、二度と振り返らない。


今度こそ、前向きに歩いていくの。



バイバイ。世間知らずのあたし。


じゃあね。





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