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「REAL」ーアイドルの光と影の告白ー  作者: 蒼乃 月
第2章
3/11

リスカ

リスカなんて、やめろって?


ずいぶん簡単に言うんだね。


やめられるもんなら、とっくにやめてるから。



やめたいと思ってんなら、やめられる?


何ソレ? どんだけ上から目線なの?


リストカットするのやめたら、じゃあこのやり場のない怒りは、悲しみは、やるせなさは、どこにもってけばいいの?


カッターを持ち出して、キリキリと伸ばした刃を、手首にあてる時の気もちが、どんなものなのかあなたにわかる?


自傷行為? ううん、違う。擬似自殺。


自らを傷つけることで、一回あたしは死ぬの。


手首に刻まれた傷あとが増える度に、あたしは死んで、そうしてまた生き返る。


リスカの数だけ、あたしは死んでる。



だけど、いくら死んでも、本当には死ねないのは、


ねぇあたしが、まだ生きてることなんかに、未練があるからなのかなぁ……。



リスカなんて、本当はしたくない。


だって、痛くてたまらない。


もう死んでしまいたくて、でも死ねなくて、手首をカッターで薄く引いて、血が滲むのを見た時だけ、自分は一度死ねた気がして、安心する。


安心できるのは、その一瞬だけ。


あとは、切りつけた手首がずきずきと痛んできて、耐えられなくなる。


自分で止血をして、包帯を巻く。



……バカみたい。

死にたいなら、死んじゃえばいいのに。


こんなことしたって、どうにもならない。


自分の体を傷つけて、死んだ気になってるあたしは、きっと一生自分から死ぬなんてこと、ほんとはできないんだと思う。



臆病で、弱いあたし


自殺すらも、中途半端。



リスカを始めたのは、15の頃から。


イジメとか、家でもいろいろあって、もう生きてたくもないって思ったから。


だけど、死ぬって言っても、どうやったらいいのかよくわからなくて、試しにドラマとかで見たやり方で、手首をカッターで切ってみた。


死ねるほど深くなんて、怖くて切れなかった。


ただ血だけがだらだらと流れて、あたしはそっちの方にびっくりして、あわててティッシュをあてて血を止めようとした。


何してるんだろう……と、思った。


死のうとして、なのに血なんて止めようとしてる自分が情けなくて笑えた。


けれど自分を傷つけるっていう行為に、やり場のなかった気もちの行き場をなんだか見つけられたような気がして、それからリスカは何度かくり返した。


リスカをしながら、いつも伸ばした刃の鋭さを眺める度に、もうこんなことやめようとも思って、でもやめることもできなくて、あたしは泣きながら自分を傷つけ続けた。



痛くて、そして辛かった。



できるなら、リスカなんかやめるきっかけが、あたしは欲しかった。



ーー16の時に、好きなバンドができて、あたしは初めてライブを見に行った。


ステージを生で見た時の、あの興奮と感動は忘れられない。


それからあたしは、ライブに通うようになって、そこでおんなじバンドを好きな仲間もできた。


そうして、いつしか仲間とコピーバンドを作って、あたしがヴォーカルで歌うようになった。


それがきっかけで、少しだけリスカからは脱け出せた。


でも、まだ、あたしを取巻く日常は何も変わってはいなくて、リスカを完全にやめることなんてできなかった。


手首に巻かれた真新しい包帯を見ても、バンドの仲間は何も言わなかった。


ううん、触れたくなかっただけなのかもしれない。


仲間って言ったって、しょせんは同じ趣味でつながっただけの他人どうし。


趣味の範囲内でなら、とことんつっ込んだ話しもしたけれど、でも範囲外になればたいして話すことなんかない。


そんなのは、みんな同じだった。


誰もが、仲間の本当の生活なんて知らずに、


だけどだからこそ、


バンドっていう非日常の中で楽しくやっていけるような、そんな感じ……。



今、音楽をやってる、この空間だけが楽しければいい。


みんなそう思ってるから、必要以上には深くは関わらない。


それは、ある意味居心地もよかったけれど。


でもお互いの本当の姿を何も知らず、ただ音楽をやり続けるだけの仲間は、いつも仮面をつけて付き合ってるようで、お互いを偽った薄っぺらい関係のようにしか思えなかった。



だから、バンドはやめてしまうことも多かった。


音楽で盛り上がって、だけど唯一共感できる音楽の話題も尽きてしまえば、他に盛り上がるネタもなくなって、やがて付き合いもあんまりなくなってくる。


ネタがなくなれば、相手にも興味がなくなる。


興味のなくなったひとといつまでもいっしょに仲良くやれる程、あたしは大人でもなかったし、仲間にいい顔をして自分をだまし続けることもできなかった。



バンドをやめると、またリストカットが始まった。



リスカの傷が増えて、どうしようもなくなると、また逃げ場を探すように、新たなバンド仲間を探して……あたしの18歳までは、そうして過ぎていったーー。



手首に刻まれた傷は、深く、リスカをやめてからも消えることはなかった。


ずっと残っていく醜い傷あとは、自分で自分を傷つけた代償。


あたしは左手首のサポーターを、一生はずせない。



今なら、あの頃のあたしに、言ってあげられるのに。


そんなことをしたって、仕方がないからと。



だけど、当時の自分にそんな言葉が届くわけもない。


ぼろぼろのあたしには、リスカにしか、自分の居場所を見つけられなかった。


そんなあたしに、今のあたしが何を言ったって、受け止められるはずもない。



遺書なんて、何度も書いた。



死にたくてしょうがなくて、その代わりに手首を切り刻んでた10代の頃


あの頃、死ななくてよかったのかどうかなんて、本当のところ、今だってよくわからない。



リスカをやめた今も、リスカの瞬間を夢に見る。


カッターの刃を恐る恐る肌にあてて、スッと横に引く瞬間――痛みと、安堵とが訪れる、ほんの一瞬のあの時を。


もう何度も何度も夢に見て、あたしはそのあまりのリアルさに目を覚ます。



サポーターをはずして見つめても、手首には新しい切り傷は見つからない。


だけどあの、記憶の中に消えずに残る瞬間は、いつまでも痛みとともにあたしを切り刻んで傷あとを増やし続ける。


いくつになっても、あたしは夢に見るのかもしれない。


自分の手首を切る瞬間を。


やがて老いて、おばあちゃんになってもまだ夢に見て、


死ぬ間際にさえも、夢の中のあたしは、あのピリピリと引きつれるような肌の痛みに、飛び起きるのかもしれない……。


リスカなんて、やめた方がいいなんて言葉は、なんの救いにもならない。


わかっててやってるのに、何言ったってムダってことくらいわからないんだとしたら、頭が悪すぎる。


やめろって言うんなら、ねぇ、何か代わりになるものをちょうだいよ?


音楽? 好きなことに打ち込めばやめられるだろうって?


やめられなかったじゃない。好きだった音楽は、いっときあたしを別の世界につれて行ってくれただけで、この世界から解放してくれたわけじゃなかった。


死ねもしないし、生きてく場所もないんだとしたら、あたしは何処に行けばいいの?


何処に……どこか、生きていけるところがあるんなら、行きたいよ。



傷だらけの手を、誰かつかんで



あたしの手をつかんで、引っ張り上げてくれたのは、某音楽事務所だったーー。


気まぐれに上げた歌ってみた動画が、とあるプロデューサーの目にとまったらしい。


あたしは、東京に出ることになった。


東京でひとり暮らしをして、レッスンを続けながら、将来はデビューを目指そうと事務所のスタッフから言われた。


デビューなんて、たぶんそう簡単にできないことくらいはわかってる。


現実は、ドラマやマンガの世界ほど甘くはない。


だけど、ここから脱け出せるのなら、あたしはどこでもよかった。


この世界から、さよならできるのなら、何処にでも行く。




だから、バイバイ



リスカをしてた、あたし。



死んだ気でがんばろうなんて、そんな生命力に満ちた熱い気もちなんてあるわけない。


あるのは、死と隣り合わせの冷めた気もちだけ。


強いて言うなら、いつ死んでもいいという思いだけが、あたしを動かしていく原動力。



バイバイ



あたしの住んでた街。



じゃあね。








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