ラストソング
ーーあたしの自作の歌は、ツアー最終日のアンコールで歌うことになっていた。
20曲近くを歌い切って、ステージを降りた七瀬リオに、
「アンコールッ!」
「アンコールッ!!」
と、たくさんの声が飛んでくる。
割れんばかりの手拍子と、歓声とに包まれて、あたしは満を持してアンコールのステージに立った――。
そして、今日はあたしの誕生日でもある。
アンコールとともに、ハッピーバースデーが流れ、ステージにケーキが運ばれてくる。
あたしは、「すごーい! 信じられない!!」なんて、大げさに驚いて見せるけど、本当はこれはわかってたこと。
だって、リハーサルでもケーキの演出はやってたことだし。
サプライズでもなんでもない。ただの、やらせ。
ケーキに灯されたキャンドルを吹き消すと同時に、照明が落とされ、真っ暗になる。
そこへ1本のスポットライトが当たって、七瀬リオの姿を映し出す。
スポットライトの中で、あたしは歌い始める。
1曲目は、リオの最大のヒット曲。
この歌は、ライブでは必ず歌う。
ヒット曲で盛り上がったところで、あたしの歌を歌うことになっていた。
ここからが、本物のサプライズ。
キャアーーー!!
リオちゃーん!
叫ぶみんなに、ありがとうー!と、応える。
そうして、マイクを持ち直して、あたしは言った。
「今日は、みんなに聞いてほしい歌があります。
初めて、あたしが作った歌です。
聞いてください」
一息をついて、あたしは歌のタイトルを発表した。
「曲名は、『REAL』です」
曲は、即興でつけた。
アカペラで歌う、初めての歌。
あたしは大きく息を吸い込んで、歌い出した――
「REAL」
見つめてる REAL
深く 遠く 遙かなる思い
過去の自分から
逃れようとして もがき 足掻き
這い上がろうとしてる
たったひとつの あたしのリアル
何度も水を掻いて
前に進もうとして
水の流れに押し戻されて
それでも ひたすらに泳いでいく
あたしのリアル
目をそむけてる REAL
近く 浅く 切なる願い
未来の自分へ
逃げ延びたくて 迷い ためらい
辿り着こうとしてる
たったひとつの あたしのリアル
何度も水を掻いて
前に進もうとして
水の流れに押し戻されて
それでも ひたすらに泳いでいく
あたしのリアル
たったひとつの あたしのリアル
リフレインを歌い終わって、静まり返るホールーー
あたしの歌は、受け入れられなかったんだろうか。
今まで、アイドルのリオが歌ってきた歌とは、
確かに違いすぎるけど。
でも、これが本当のあたしだった。
あたしの歌いたい歌だった。
シンと静まり返るホールへ、
「ありがとう……」
と、あたしは告げた。
それを待っていたかのように、ホールから信じられないくらいの拍手が沸き起こった。
リオーーーー!
リオちゃーん!!
最高ーーっ!
ありがとうーーー!
ひとつひとつの声が、重なり、膨れ上がる、嵐のような大歓声。
この歓声を聴けただけでも、よかったと思った。
あたしは、幸せだった。
「ありがとうー! みんなー!!」
あたしはもう一度、大きい声で叫び返した。
応えるように歓声が高まり、それが静まるのを待ってから、再びマイクに向かった。
「みんな、ありがとう。
七瀬リオを、応援してくれて。
今日、あたしは誕生日を迎えて、
18歳になったよね?」
おめでとうー!と、たくさんの声が飛ぶ。
「ありがとうね。
だけどね、本当は、違うの。
あたし、もう21歳になったの。
3歳、ごまかしてたんだよ」
会場が一瞬にして凍りついたようになる。
投げかけられていた声援が、ピタリと止む――。
――同時に、あわてたように、ステージにスタッフが走り出てきた。
スタッフが、あたしにしゃべるのをやめさせようと、羽交い絞めにする。
その腕から逃れて、あたしは最後に叫んだ。
「ありがとうね! みんな!
だましてて、ごめんねっ!
七瀬リオを、今まで応援してくれてありがとう!
あたし、今日で引退するから、だから、許して! みんなっ!!
今日は、歌を聞いてくれて、とってもうれしかったよ!!」
あたしはマイクを取り上げられて、そのままステージの袖へスタッフに引っ張り込まれた。
幕が降り、スタッフが説明に出た。
「みなさん、先ほどは失礼しました。
あれは、七瀬リオのサプライズイベントです。
彼女の言ったことは、真実ではありません。
みんなを驚かせるための、彼女なりの演出でした。
今回のことについては、また改めてお話をさせていただきますので、
本日は、これで終わりにさせてください。
お願い致します」
頭を下げるスタッフに、ブーイングが起こる。
「七瀬リオを出せー!」
「リオちゃんの口から、真実を聞かせろー!」
ブーイングの響くステージ裏で、あたしはスタッフに咎められていた。
何を考えてるんだ!と。
自分の立場に自覚はあるのか!と。
いったい何をしたかわかってるのか!と。
わかってます。
あたしは、一言そう答えて、さらに怒りを買った。
「契約を破ったから、あたしを解雇してください。
契約は、『破れば、即刻解除する』でしたよね?」
あたしの言葉に、「いいかげんにしろっ!!」と、スタッフは声を荒げ、「少し頭を冷やして考えろっ!」と、怒鳴った。
次の日のスポーツ新聞の見出しには、
「七瀬リオ 引退?!」
という文字が躍った。
ことが大きくなり過ぎて、「あれは嘘でした。サプライズの演出でした」なんていうその場しのぎな言い訳は、通らなくなっていた。
釈明会見をしなければならなくなって、あたし抜きで会見は行われた。
けれど本人不在のまま、相変わらず嘘だったとくり返すばかりの信憑性のまったくない発言に、マスコミや世間の不信感を逆にあおることにもなった。
事務所は、あたし自身が謝って改めてやり直すというなら、今回のことには目をつぶってやってもいいと言った。
以降、あたしが真摯な態度を取るのなら、事態はなんとか収束させる。契約も続行してもいい。
おまえの、出方次第だと。
事務所の言い分に、あたしは首を横に振った。
もうあたしには、アイドルとしてやっていくつもりなんてなかった。
あたしの過去に気づかれた今となっては、このままアイドルを続けられるとも思えなかった。
頑なな態度を崩さず、引退すると言って引かないあたしに、事務所はなだめすかしにかかった。
引退して、どうするんだ?
こんな中途半端で、終わっていいのか?
七瀬リオは、まだ充分人気があるのに、こんなところで彼女を終わらせてしまうのか?
そんな言葉は、あたしには、どれもみんな無意味だった。
引退を口にし続けるあたしに、なだめても無理だとわかった事務所関係者は、次に交換条件を出した。
だったら、引退コンサートをやろうと。
でも、こないだニューアルバムのツアーが終わったばっかで、引退コンサートって変でしょ?って言ってやったら、関係者はまた頭を抱えた。
そう、ふつうに考えて、おかしいよね。
なんでアルバム出しといて、やっぱり引退なんだよ?って感じで。
どうでもまだ"七瀬リオ"で稼ぎたい関係者は、仕方なく苦肉の策を打ち出した。
「じゃあ、こないだ最後に歌った曲を、ラストソングとして出せ」と。
これにも、同意しないわけにはいかなかった。
七瀬リオには、今までお金がいっぱいかかってるんだって、言われたしね。
それぐらいは返せって言われたから。
あたしは、「REAL」を、ラストソングとして、発売することになった。
「REAL」の発売が決まったと同時に、引退の話は一気にマスコミに広まった。
たぶん、事務所がリークしたのに違いなかった。
もう引退が決まってしまった今となっては、話題をもみ消すよりも、あおってぶちまけた方が曲も売れるし。
あることないことが、七瀬リオに関して、書き立てられるようになった。
そうして、恐れていた過去のことまでもが、やがて引っ張り出されてきた。
ゴシップ誌に書かれた、「七瀬リオは、かつてイジメられていた!」という記事。
同級生のAとかいう女が、語ってるらしいその記事には、あたしのイジメられてる様が、まことしやかに書かれていた。
だけど、今さらそんなことを書かれても、もうかまわなかった。
あたしは、七瀬リオを捨てるんだから。
有名人じゃなくなってしまえば、過去に脅えることもないんだから。
これからは、あたしは、ただのあたしになって、生きていくの。
過去の、いろんなたくさんのこと、全部ひっくるめて、
あたしはあたしとして、生きていくだけだから。
だから、バイバイ
七瀬リオ
アイドルだった、あたし
偽りだらけだったけど、アイドルだった時間は、思い出してみれば楽しかったよ。
もう、戻ることはないかもしれないけれど、忘れられない3年間だった。
じゃあね。バイバイ
七瀬リオのラストソングは、予約だけで、初回出荷分が完売になった。
「REAL」と、もう1曲をプラスしての発売が決定した、ラストソング
あたしは、リオの最後の仕事として、カップリング曲を書いた。
タイトルは、「SO LONG」
またね、あるいは、じゃあね、なんていう意味。
七瀬リオからの、これがラストメッセージ。
「SO LONG」
またね なんて
また会えるよ なんて
本当は 言えないんだけど
だけど さよならとも言いたくないから
SO LONG……
これまでの生きてきた過去と
そして これからの未来と
何もかもが 許されていくように
乞い 願う
新たなる自分のために
七瀬リオだったあたしに
最後のメッセージ
SO LONG……
バイバイ
「REAL」と「SO LONG」を収録した、七瀬リオの最後のシングルは、驚異的な売上げを見せた。
皮肉なことに、それまでアイドルの七瀬リオになんか見向きもしなかったひとたちまでが、ステージでの引退パフォーマンスと、歌のメッセージ性とに魅かれて、新たなファンになってくれた。
だけど、そんなファンたちの声がいくら高まっても、もう二度と七瀬リオは人前で歌うことはなかった。
曲が売れたことで、事務所も、名前を変えてもいいから再度売り出してみないかなんていう提案を出してきたりもしたけど、もうどんな言葉にも、あたしは耳を貸さなかった。
だって、もう、七瀬リオは、終わったんだから。
そう、これで、おしまい。
七瀬リオは、もうどこにもいないの。
15歳から、18歳を駆け抜けた、伝説のアイドル?
違う。
本当は、18歳から、21歳までを必死で走った、ただの少女。
奇しくも、
イジメられて、リスカをくり返して、万引きまでしてたような15歳から18歳までと、
アイドルだった時期が、重なるなんてね。
アイドル時代に、歳を3つごまかしてたのって、そう考えるとよかったのかもね。
だって、あたしの一番辛かった時期が、
アイドルなんていう輝かしい時期として、塗り変えられたみたいじゃない?
みんな、ありがとうね。
あたしを、好きでいてくれて。
あたしは、いろんなひとに背を向けて、ひとを大嫌いだとも思って生きてきたけれど、
でも、七瀬リオのおかげで、
少しだけ、ひとが好きになれたよ。
みんなが、あたしを好きでいてくれたことが、本当にうれしかったから。
ひとは、誰でも、誰かから好かれて、生きていくんだねって、気づけたから。
だから、みんな、
どんなに辛くても、背を向けないでね?
あなたを好きでいてくれるひとは、
あなたを受け止めてくれる場所は、
必ずあるはずだから。
イジメ、自殺、リスカ、家庭・学校・職場での人間関係、
生きてれば、きついこともいっぱいあるけどさ、
それでも、生きててよかったって思えることも、
きっと、あるはずだから。
今だから、やっと言えること。
バイバイ
今までのあたしに、
バイバイって。
そうして、
これからのあたしに、
よろしくねって。
みんな
じゃあね




