6 初めの一枚と、図書室での夢
森下さんの物語は、まずとても『きれい』だと思った。読んでいくうちに、どんどんその情景が頭の中に形作られていく感覚は、すごく不思議だった。
舞台は、海。昨日、かおるくんと一緒に公園で描いたばかりだったので、偶然だなあと思った。
主人公は、ある人間の男の子だった。海の中だから主人公は海の生き物なのだろうと思ったら、違ったので僕は驚く。
男の子は、目覚めたら海の中にいた。不思議と、呼吸は苦しくない。きっとこれは夢の中なんだと男の子は認識する。
海の中は透きとおっていて、男の子の想像以上に美しかった。
頭上から降りそそぐ真っ直ぐな日の光。
下には鮮やかなピンク色をしたサンゴ礁。
銀色、黄色、ブルーと、色とりどりな魚たち。宝石のように輝く泡。
一ページ目は、そんな海の様子の描写で終わっていた。まずはここまで読んだ部分を一枚の絵にすればいい。
――日比野くんが読んで、頭に浮かんだものをそのまま描いて。
僕は、森下さんに言われた通り、物語を読んで頭に浮かんだものをそのまま絵にしていった。誰かのために描く絵は初めてだった。かおる君と絵を描いて遊んでいる時も真剣にやっているけど、この時はそれに『緊張』が加わっていた。
その日の夜、僕はまた、あの妙にリアルな夢を見た。
小学校の中だということは同じだったが、場所は教室ではなく、図書室だった。
この夢がリアルなのは、景色だけじゃない。窓の外からは子どもが遊ぶ声が聞こえている。手からは、木でできた机の冷たさを感じた。給食前なのか、美味しそうなにおいもただよってきている。
どうやら今日の給食はシチューみたいだ。聴覚、触覚、嗅覚。様々な感覚が、リアルだった。
自分の手を握ろうとしてみたけど、できない。どうやら思い通りに身体を動かすことはできないようだ。
僕は、まっすぐ図書室の奥へ進む。図書室だから、本をさがしているんだと思う。
そう思ったら、手に取ったものは、本ではなかった。
それは、一冊のノートだった。一番奥の棚の端にあった。背表紙が棚の奥側になるように。表紙には何も書かれていない。
僕はノートの中身を開くと、クーピーでそこに何か絵を描きはじめた。残念ながら、その絵だけはぼやけていて見えない。
なぜ、僕は一人なのか。なぜ、ノートは目立たない場所に隠してあるのか。
疑問に思っていたが、僕が絵を描きはじめた時、その答えがわかった気がした。
まず、この時すでに僕は絵を描くことが好きだったのだろう。
次に、そのことを周りには隠していた。だから、教室ではなく図書館で絵を描いていた。
そして、お絵かき用のノートは図書室に隠していた。
そう考えているうちに、時間が経っていたようだ。キーンコーンとチャイムが鳴る。僕は急いで片づけをしてノートをもとの場所に背表紙が奥になるようにしまい、そして速足で図書室をあとにした。
夢は、そこで終わった。