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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
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5 決意と、挫折

 次の日、朝練を終えて教室に戻ると、ちょうど森下さんが登校し、バックの中身を机に入れているところだった。


「おはよう」

「おはよう、日比野くん」


 朝のあいさつをするのはいつも通り。ただ、おはようのあとに名前を呼ばれたのは初めて。そういえば、昨日公園で会った時もそうだったことを思い出す。


「昨日は、急にごめんね」


 少し顔を赤くして彼女は言う。昨日、まくしたてるように僕に絵を描いてほしいと頼んだあ後も、距離が近づいていることに気づき、あわてて離れてからそんな表情になっていた。


「ううん。色々びっくりしたけど、うれしかった」


 必要としてもらえたことが嬉しいと思ったので素直にそう伝えると、彼女は一冊のノートを鞄から取り出して、周りを見渡してから僕に差し出した。その行動から、このノートは学校では開いてほしくないという彼女の意図を察する。


 僕はノートを受け取り、僕も同じように周りを伺ってからカバンに入れた。それを確認してから、彼女は口を開く。


「それね、全部は書いてないの。話は考えてるんだけど、少しずつ読んで、少しずつ描いてもらおうと思って。見開き一ページにつき一つの絵っていうイメージで書いていくつもり。絵本だけれど、対象年齢は少し高め。小学校の高学年以上かな」


「わかった。構図の指定とかは?」

「しない。日比野くんが読んで、頭に浮かんだものをそのまま描いて。」

「えっ!」 



 少し意外だった。それは、絵本をかきたいと思っているからには、絵の構図の指定はされるものだと思っていたから。どんな視点で、何を、どこらへんに、どのくらいの大きさで、何色で描けばいいのか、彼女は全部僕に任せると言っている。


「・・・それでいいの?」

「うん。その方が、日比野くんらしい絵になると思うから。部活も忙しいだろうから、日比野くんのペースでゆっくり描いて。」


「わかった。とりあえずやってみるよ」

 僕は、上手く描けるか不安に思ったけれど、


――とにかくがんばろう。


 とそう思った。






 その日の部活から、僕は上級生の練習に復帰した。AチームとBチームによるゲーム形式の練習だ。僕はもちろん、AではなくBだ。


 一年生と練習していたグラウンドの端と、いま立っている中央では、世界が違った。僕は、ドキドキしていた。整形外科の先生が言っていたように、まだ右手の痛みはあったが、プレーできないほどではなかった。


 ただ、パスをとった時の衝撃による痛みは、その後に投げるパスのコントロールを狂わせた。僕は、ミスを連発した。ミスをしたらその後のプレーで取り返すつもりで、死にもの狂いでこぼれたボールを拾い、もし相手がボールを拾った時には一番にタックルをした。



 でも、一か月のブランクは僕の予想以上だった。ギブスを巻いている時も下半身のトレーニングや走り込みは続けてはいたけど、練習の後半になると息が上がり、足はずっしりと重く、思うように動かなくなった。

相手が、追えない。得意に思っていたタックルも、相手にかすりもしなくなった。


 練習が終わるころには、僕の身体はボロボロだった。そして、心も。


 ここまで、力が及ばないとは。


ただでさえスタメンになれていなかったのに、それに加えて怪我のブランクだ。

人数の多くない部活。三年生でスタメンではないのは僕だけだった。


 パスが苦手だということや鈍足であることが致命的だった。そんな僕のウィークポイントが、今日この久々の練習ではさらに際立ってしまった。



「おい日比野、どうや調子は」

 監督が練習後に声をかけてくれた。関西弁を話しているが、そちらの出身ではない。ただ、関西の大学に通っているうちにそのしゃべり方が移り、今でもそのままなのだという。


「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」

 手をブラブラさせながら、もう大丈夫であることをアピールする。


 しかし、監督の目は鋭い。

「まだ痛むんやろ」

「・・・・はい、すみません」


 僕のプレーの内容から、監督は察していた。彼は、たとえBチームの選手であろうが、一年生であろうが、全員をよく見ていた。そして、花園へいくというチームの目標を達成するための可能性を全員から見出そうとしていた。公平に。そのことを、三年目になる僕は理解している。



 だからこそ、僕はスタメンになんてなれないと確信する。今の僕は、どう考えてもチームにとって役に立つ存在ではない。


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