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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
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44 二人の夢、二人の物語

 目を覚ますと、そこは天国・・・・ではないようだった。え?どうして?




私は困惑していた。がばっと上体を起こして、自分の顔やおなかをペタペタさわった。




「おはよう、華乃」

 聞き覚えのある声が聞こえて、ふと横を見ると、あの日と同じ光景が広がっていた。



「たつき・・・くん?」

 立樹くんが、ベッドのわきにすわっている。



「うん、そうだよ。華乃、がんばってくれてありがとう。また君に会えて・・・よかった」


 幻ではない。彼はほっとした表情で私を見ている。



「よ、よかった。わたしも。立樹くんにまた会えるなんて思ってなかった。だって私夢で、立樹くんの目で、わたしが死んじゃうの、確かにみたから・・・立樹くんに手術は成功するよって言ったの、本当は嘘で・・・」



 私は、困惑しずぎて100%喜ぶことはできずに、自分の頭を整理するためにぶつぶつとしゃべった。その口を、彼の手がおおった。



「大丈夫。全部知ってるから、言わなくてもいいよ。

・・・それにしてもひどいな華乃は。自分が死ぬことわかってて死なないなんて嘘つくなんてさ。

まあ、結果的に嘘じゃなくなったわけだけど」




「うう、ますますわかんないよ立樹くん。わかるように説明して?」


 私は涙声になっていった。なんで泣いてるのか自分でもわからない。

でも、とにかく私は今、生きている。そして、目の前には立樹くんがいる。

そのことは事実で、それだけでも涙は流れた。




 彼は、ごめんごめんと言って手をひっこめると、ハンカチを取り出して渡してくれた。私はありがとう、と言って涙をふく。



「実は僕もね、夢を見ていたんだよ。でも、その記憶も事故で一緒に忘れちゃってた」


「夢って、私たちの過去の夢?」




「ううん、そうじゃない。小学生の頃に見た夢だ。・・・華乃は、夢の中で、男子高校生だったんでしょ?」



「うん。で、それは立樹くん。」



「そうなんだよね。実は僕も、夢の中では未来の、それも自分以外のだれかだったんだ」







え、それってもしかして――




 私は子どもの頃見た奇妙な夢を立樹くんに話した時、彼が大して驚いていなかったことを思い出した。


「それって、もしかして、女子高生?・・・の、私?」


 立樹くんは「そうだよ」と言ってうなずく。



「うん、そう。僕は、夢の中で、華乃だった。さっきも言ったけど、最近までその記憶すらなかったわけだけ・・・」



私は、「ちょっと待って」と彼の言葉をさえぎった。




「私は夢の中で未来の私にあの物語を教えてもらったんだよ?あの私が立樹くんなんだとしたら、立樹くんはもう物語を知っていたってこと?」



「物語をしっていた、というより、僕は主人公の男の子そのものだったんだよ」



・・・主人公そのもの?



「あの、海や空や森の夢の中で女の子と出会って、縄とび大会で奮闘した男の子は、僕だったんだ。僕はその物語を、華乃になる夢の中で、記憶をなくした未来の自分に語ったわけだね」



 そうか、だから彼は、私のその物語を読んで、「他人事じゃない」と言ったんだ。



「でも、女の子は言ってたよね?夢から覚めたら、お互いのことを忘れちゃうって。」



「うん、確かに忘れたよ。夢から覚めている間はね。夢の中では覚えてるんだ。

だから僕は、華乃になる夢の中で誰かにその物語を伝えようとしたんだと思う。



 それに、夢から覚めても縄とび大会を通して僕が大きく成長したことは事実だし、彼女が教えてくれたことは僕の心の中に残っていたと思うよ。


君がノートに書いた物語を読んだとき、自分がなんで五年生の時にあんなにがんばれたのかを理解したよ。

ああ、こんな夢を確かに僕は見ていたって」



 だから、と言って一呼吸おき、彼は微笑んだ。



「うれしかったんだ。夢中で絵を描いた。そして最後の別れる場面を読んだとき、この女の子は華乃なんだってわかった」



「え、わたし?」



 私には、そんな覚えはない。

「だって、彼女は『一年後に、この教室で会う』って言ってただろ。

男の子が僕なんだから、女の子は華乃しかいないじゃないか」




――――私は、理解した。

 いじめられているとき、立樹くんに、助けてもらったこと。それは、男の子が縄とび大会を乗り越えたあとの物語の続きを立樹くん自身が作ったんだということ。




 私は立樹くんと別れて、かおるくんに絵本を預けてから、病院で何度となく夢を見ていた。


あの、内容は覚えてないけど、幸福な夢。

私は、立樹くんに、あの夢の中で、立樹くんのすごいところを教えに行っていたんだ。元気づけるつもりで行っていたんだけど、最期の夢から覚めたとき、私は、



あんなに恐れていた手術を、ある日突然受ける決心がついた。それは、立樹くんが・・・



「立樹くんは、二度も私に、手術を受ける勇気をくれたんだね・・・」



 私の目からは、また涙がこぼれた。彼は微笑んで、今度は人差し指の背中でそれをぬぐってくれた。


指が、あたたかい。そして、穏やかな声で言った。



「そんなのお互い様だよ。僕も、たくさん君に勇気づけられた。夢の中でも、夢から覚めても」



 さて、と言って彼は立ち上がる。私も、彼の顔を見上げた。


「君のお父さんとお母さん。長い手術の間ずっと起きて待っていたから、いま別の部屋で休んでるんだ。


手術が成功したことを知って、安心してたよ。

君が目覚めたこと、お父さんとお母さんに伝えてくるから、元気な顔、見せてあげてよ」



 それを聞いて、時計を見た。手術が始まってからだと、もう15時間以上たっている。

もう、真夜中だ。私も、早く会いたい。でも――



「そういえばまだ、教えてもらってないよ立樹くん。なんで私が助かったのか」


「ごめん、僕もずっと眠ってなくてちょっと体力の限界なんだ。

そのことは、お父さんとお母さんから聞いてよ」





 彼は、上下にウインドブレーカ―を身に着けている。きっと、試合が終わってからそのまま来てくれたんだろう。彼に早く休んでほしい。



「・・・わかった」



 私が彼の顔を見上げながらうなずくと、彼は笑顔でありがとう、と言った。




「それじゃあ、また明日くるから」


「うん。立樹くん、ゆっくり休んでね。・・・あと、ありがとう。まだ聞いてないからわからないけど、

きっと、立樹くんが私を助けてくれたんだよね?」




「でも、一番がんばったのは華乃だ。華乃が、乗り越えてくれた。」

 


彼は微笑み、じゃあね、ごきげんようと言って病室を出ていった。





 空間が、心地よい静寂に包まれる。その中で私は、自分の鼓動を聞いた。






――どくん、どくん――





 私は、生きている。大切な人と、まだいっしょにいられる。

 その喜びを、かみしめた。

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