43 二人の戦い
手術と、そして立樹くんの試合の本番の日がやってきた。
見事な秋晴れだ。私は、窓を開けた。冷たい空気がゆっくりと入り込んでくる。
秋の、ひんやりとしていて澄んでいる空気は、好きだ。なんだか、神聖な気もちになる。
私は、引出しの中をあけて、中身を確認した。あの日に書いた立樹くんへの手紙。
そして、両親に宛てた手紙も入っている。
時間ピッタリに、私はテレビをつけた。選手が、入場する。私は、なんだかすごくドキドキしていた。
立樹くんは去年、22番だった。
見つけた。今年は、7番だ。久しぶりに見るその顔には、気迫があった。
心なしか、いつもより体が大きく見える。彼の姿を見た瞬間、いきなり泣きそうになった。
ここまでたどりつくまでに彼がしてきた努力を思うと、こみあげてくるものがあった。
彼は、初めから試合に出た。相手のチームも毎年優勝しているだけあってすごく強そうだ。
キックオフの笛がなる。
私は、両手を握りしめながら、テレビを見つめた。
テレビ越しでも、バシン!という身体がぶつかる音がすごくはっきりと聞こえた。
彼は、その音を出す張本人だったみたいだ。
ミサイルのように発射されて、ボールをもってる相手に突き刺さった。時には相手をあお向けに倒してしまう。
そんな時、会場から大きな歓声があがる。彼がとったボールを、味方がつないだ。
彼は、他の誰よりもたくさん、フィールドを走り回っていた。
画面の奥でタックルをしていたかと思えば、その数秒後には手前でボールをもって走っていたりする。
私は、彼のそんな無尽蔵にも思えるエネルギーがどこから湧いてきているのかを知っているだけに、見ていて本当に胸を熱くした。
ーーがまんできなくなり、目からは涙があふれた。
試合は、かなりの接戦だった。もう少しで試合が終わるというとき、僅差で負けていた。
ここまで追い込まれた経験がなかったからだろか、相手チームには焦りが見られた。
そんな中、相手がボールをこぼした。ラグビーでの基本的な反則。
これをおかすと、相手ボールのスクラムで再開される。
でも、こぼれたボールを誰かが拾った。
背番号、7番。立樹くんだ。
こういう場合は、すぐにプレーは止められない。
彼は、目の前の相手選手の間を一瞬でかいくぐって、広いスペースに走り出た。
その瞬間、わっ、と歓声が急激に大きくなる。
フィールドにいる全員が、彼に引っ張られるように動き出した。
彼は、走った。
しかし彼自身が言っていたように、彼は足が速くはなかった。
彼は追いつかれ、タックルを受けた。
でも彼は簡単には倒されなかった。
相手につかまれてからも、牛車を引っ張る牛のように力強く相手を2、3歩引きずった。
そして倒れ際。
トップスピードで走りこんできた味方に直接、それも片手でパスをつないだ。
その味方の彼を、私は知っている。夢の中でしか会っていないけれど、すごくいい人。
名前を確か、「相良くん」と言った。
そのパスが、決定打だった。
また、歓声があがる。
彼は、瞬足だった。相手選手も追いかけるけれど、差はどんどん開いていく。
立樹くんがつないだボールは、彼の手によって相手ゴールに届けられた。逆転トライだ。
解説の人が、
『今のは、7番がナイスでしたね。ルーズボールに反応して誰よりも早く動き出した。いつでもトライを狙う嗅覚を働かせていないとこういうプレーはできません。タックルを受けてからつないだパスも見事でしたね』
と言っていた。
私は、ガッツポーズを作って心の中で、言った。
――そうでしょう?立樹くんは、ものすごい力を持っているんだよ。
結局試合はそのまま立樹くんのチームがリードを守り、悲願の優勝を果たすことになった。
みんな、抱き合ったり、涙を流したりして喜びをわかちあっていた。
カメラが遠すぎたからか、それ以降私は立樹くんの姿を見つけることができなくなった。最後に一目、見たかったな、と思った。
試合の終わり。それは、私にとっては、戦いの始まりだ。
私は麻酔が打たれる前に、お父さんとお母さんの顔をよく見た。そして、行ってくるね、と言った。
両親は、泣いてはいなかった。娘が、無事にかえってきてくれることを信じていた。
私は、流れそうになる涙をこらえた。そして、笑った。
娘の不安そうな顔が最期なんて、私が親だったら絶対にいやだから。
麻酔が打たれた。朦朧とする意識の中、私は心で叫んでいた。
――お父さん、お母さん、立樹くん、みんな・・・・今まで本当にありがとう。さようなら――




