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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
41/48

41 大切なあなたへ

彼が病室を出ていくのを見送ったあと、私の目からはとめどなく涙があふれてきた。


彼は最後に、『僕が君のことを必ず助けるよ』、と言った。夢の中では、そんなことは言っていなかった気がする。だから、不意をつかれた。うれしかった。


私は、引出しから便箋と、ペンを取り出した。出ていったばかりの彼の姿を想像しながら、手紙を書き始めた。











立樹くんへ

 


 立樹くん、ごきげんよう。あなたに伝えたいことは、たくさんあります。本当にたくさんありますが、一番最初に伝えなければならないことは、「ごめんなさい」でしょう。


 今私がこの手紙を書いているのは、あなたが病室を出ていった直後です。


 涙が、止まりません。


 私はさっき一つ、嘘をついてしまいましたね。

これには、さすがのあなたもかなりおこっているのではないでしょうか。本当に、ごめんなさい。




 でも私にはあの日、立樹くんに聞かれた時にどうしても正直に言うことはできませんでした。手術が失敗する運命にあることをあなたが知ってしまったら、きっとあなたはずっと私のそばにいることを選択したことでしょう。でも、知ったところで、未来を変えることはできません。

 



そのことを想像したら私は、言いたい気持ちでいっぱいになりました。


 でも私はそれ以上に、あなたに輝いていてほしかった。あれだけ頑張ってきて、つかんだ光を手放してほしくなかった。私が真実を伝えることであなたを邪魔したくなかったのです。






 今ここで、伝えます。

私は、立樹くん、あなたのことが好きです。大好きです。いつか言ったような、絵が好きとかそういうんじゃありません。


私は女の子として、男の子のあなたのことが好きです。



 あなたがあのノートに『だれ』と書いて、わたしが『かの』と書いた、あの瞬間から。



 私たちがお互いに歩みよったあの日から、私はあなたに夢中になりました。



 あなたは嘘や隠しごとが下手で不器用だけど、自分なりのやり方で私を救い出してくれました。あなたはあの時はぐらかしたけど、私が隠されたものをいつも探してくれたのもあなたですよね。

 そのお礼はまだ言ってませんでした。ありがとう、本当に。



あなたと過ごした時間は、本当にかけがえのないものです。 

 私が書く物語に、あなたは息吹を吹き入れてくれました。それがたまらなくうれしかった。


 私は高校二年生の秋、病院の中で見たテレビであなたを見つけました。

それを見て、生きる希望が湧いてきたのです。

私の身体は、あなたに会うためにどんどん回復していきました。

自分が亡くなる運命にあるとわかっていても、会いにいかずにはいられませんでした。

だって、あなたと一緒にいるときが一番、私が私でいられるのです。

私は私らしく、その命をつかいたいと思ったのです。




 今年になって再会したあなたは記憶を失っていたけど、昔のあなたと変わらず、ちょっと(けっこう?)シャイで、優しくて、素直で、一生懸命でした。


それがすっごくうれしかった。

私が昔あなたに会っていることを言おうとも思ったけど、あなたがあなたのままでいてくれたから、言うのはやめました。



 そしたらあなたは、自分の力で私のことを思い出してくれましたね。そして、私のために決心を固めてくれた。そういえばあなたは、昔からそういうところがあったのかもしれません。



 自分の考えをしっかりと持って、実行しようとする。

別れ際、あの公園で、『だれかのための物語』を応募しよう、と言ってくれた時もそうでした。

そんな発想、私にはできませんでした。

そしてあなたは、物語の続きを作ってくれた。それに、今でも、作り続けています。

あなたの物語には、終わりがないのでしょう。




 そんな物語を、色んな人に読んでもらいたいと私は思います。だから、私からの最後のお願いです。

あの絵本が完成したら、応募をしてください。


世に、送りだしてください。


 あの物語は結局、だれが作り出したものなんでしょうね。私にもわかりません。


でも、それを世に送り出すことはそれを授かった私たちの使命だと思います。


 それを、最後まで一緒に果たすことができなくなって、ごめんなさい。


でも、信じています。あの物語に救われて、その続きを作ってくれる人が現れることを。





 最後といいつつ、もう一つお願いを思いついてしまいました。ごめんね。いらない心配だったらいいんだけど・・・



 立樹くん。あなたは、だれかを幸せにしてください。

あなたはその人、一人分の幸せを胸に抱えています。それを彼女に与えてあげてください。

それも、あなたの使命です。



 そして、あなた自身にも幸せになってほしいです。未来の奥さんには、言ってあげてくださいね。


『僕が不幸になったら君、僕の友達にのろわれるよ』って。



 ・・・冗談です。立樹くんが選んだ相手なら、間違いなく一緒に幸せな家庭を築けると思います。

 



 最後になりました。そういえばだけど、わたしはあなたの泣いているところを見たことが一度もありません。どんな顔なんでしょう。今、もしかしたらあなたは泣いてくれてるんでしょうか。



どちらにせよ、明日から、いや、今日この瞬間から、あなたには前を向き直してほしいと思っています。


あなたが輝いていること。それが、私にとっての幸せだから。

 



いつまでも待っています。絵本を読んだりしながら。だから、急いでこないでね?



その時は、また、たくさんお話を聞かせてください。



あなたの、だれかのための物語の続きを。 

ではその時まで、ごきげんよう。



森下 華乃


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