38 幸福な日々
それからの日々は、本当に楽しかった。
夢で一度見ているわけだけど、それは立樹くんの視点でのことだから、私としては初めてのつもりで毎日過ごしていた。
別に、夢の中で見た私の通りに行動しようとは考えていなかった。むしろ、だんだんと夢のことを忘れていっていた。ただ、私が思ったように行動していた。
そうすると、自然と夢と同じようになっていくわけだけど。
彼は、高校生になっても、記憶を失っていても、彼のままだった。
特にあの優しい雰囲気は、変わっていなかった。
そして、一生懸命なところや、素直なところも。
彼はほんとに熱心に絵を描いてくれた。私は彼に、絵を描く時の構図を指定しなかった。
すると彼は驚いていたけど、彼が描いてきてくれた絵の出来は本当に素晴らしかった。
構図は、ほぼ昔彼が描いた絵を同じだった。でも、絵を描く技術は格段に向上していた。
私はそれを見て、たとえ忘れていたとしても、私のためではないとしても、絵を描くことは続けていてくれたことが嬉しくて、ちょっぴり泣いてしまった。
彼の目の下には、クマができていた。私は心配になって、一週間に一枚のペースにすることを提案した。彼は、それも承諾してくれた。
彼とは別に、一緒にどこかに出かけたりはしなかった。ただ、ノートと絵のやり取りをしたり、朝の教室や、電車の中で話したりするだけ。
それだけでよかった。
物語や絵本の話がほとんどだった。私はやっぱり同じ年頃の女の子が好きなものの知識がなかったから、それはありがたいことだった。
彼は物語から学んで、自分の生活の中でも学んだことを実践していった。その素直さが、やっぱり私は好きだと思った。
しばらくして彼は私に、記憶をなくしていることを話してくれた。
その時は、心を開いてもらえたみたいでなんだかうれしかった。
それから、よく見るという子どもの頃のリアルな夢の話をしてくれた。
図書室で、ノートにひたすら絵を描いている夢。それが私が書いた物語のノートだとは、わからなかったようだ。私は焦らず、真実を言いたい気持ちを抑えた。
彼が、自分の力で思い出すことに意味があると思っていたから。それに、今のこの生活にも満足していた。焦る必要はないと思った。
時間はまた加速され、あっという間に過ぎていく。一学期の終業式が終わったあと、私は病院へ行って検査を受けた。
その帰りの電車で、私は立樹くんに会う。このことは、夢でわかっていた。
そして、あの公園でもう一度、約束した。
彼は、合宿で一皮むけて、いい報告をすることと、怪我をしないこと。私は、『風邪』を治すこと。
これから私がどうなるかは、彼の視点でしか見ていないけど、彼の合宿のあとに公園に来なかったということは、そういうことなんだろう。
――私の病状は、悪化するんだ。
そして、かおるくんに『立樹お兄ちゃんが来たら、あのノートを渡してあげてね』という伝言を託して、病院へいく。
お姉ちゃんにも言わないと。立樹くんは自分で私の居場所を見つけるはずだから、言わないでって。
・・・正直、いやだなあと思った。
これまで夢で見たものは確実に現実になってきたけど、変えることはできないんだろうか。この公園で、彼を迎えたい。元気な姿で。
今日行った検査の結果は、明日わかる。私は祈るような気持ちでいた。




