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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
36/48

36 それからの私

しかし,あのゆびきりの約束は果たされることはなかった。


一か月間、病院でずっと待っていても、彼は会いにこなかった。彼は、かんたんに約束をやぶったりするはずがない。何か、会いに来れない特別な事情があるんだと思った。




 病は気から、という言葉があるけれど、それは真っ赤な、ウソではなくホントだと思った。

入院生活も初めのうちは「いつ、立樹くんが会いにきてくれるかな」とわくわくしていたけれど、その気分もだんだんと落ちこんでいった。それに伴って、私の病状も悪化した。



 手術が必要になったけれど、受ける勇気が出せなくて、先送りにしていた。それに、この手術で病気が治るわけではない。ただ、危険な状態を脱するためのもの。立樹くんと会うことができないのなら、生きていてもしょうがないとも思っていた。



 私は、学校に通うことができなくなった。転校先の人たちがあの病気の患者かどうかは知るよしもなかった。そして、彼が今、元気でいるのかも。



私はあのノートを見るのがツラくなって、それを甥っ子のかおるくんに預けた。

かおるくんは、大事にするね、と言って喜んでくれた。きれいな絵に、目を輝かせていた。

 



 私は、それからずっと病院で過ごした。病室の窓から見える景色が、その時の季節を教えてくれた。少しずつ伸びていく身長や髪(この時の私はロングになっていた)も、私にゆっくりとした時間の流れを感じさせた。


加速装置も、もうない。




――立樹くん、元気かな。あの時と変わらない、優しい彼でいてくれているかな。


 かおるくんに絵本を預けてから私は、また夢を見るようになった。でも、夢から覚めてもその内容を覚えていない。ただ、毎朝目覚めた時の幸福な気持ち。それだけが残っていた。少なくとも、男子高校生になる夢ではない。



 そんなある日、目が覚めた私はそばにいてくれたお母さんに突然、こんなことを言った。



―――わたし、手術うけるよ。



 なぜ、いきなり手術を受ける決心がついたのかはわからない。


 この時の手術は無事に成功した。この時、私はもう中学生になる年齢だった。





それから月日はすぎてゆき、病院での生活は五年目に突入した。病室で絵本を読んだり物語を書いてばかりいたせいか、私は視力も悪くなっていった。



 そうして眼鏡をかけるようになった。初めて鏡を見た時わたしは、驚いた。



『え・・・』


 トイレの鏡に映る自分の顔には見覚えがあった。彼女だ。私が夢の中で会っていた女の子に、そっくりだった。というより、そのものだった。



 改めて自分の身体をよく見ると、さらに似ていると思った。そういえば夢の中の彼女は、いわゆる「女性的な体つき」をしていなかった。かくいう私も、この時もう高校二年生(病気で入院してなければ)だったけど、身長以外は成長する気配がなかった。



 だんだんと、私の中であいまいだった仮説が確信に変わっていった。 





―――私が夢の中で会っていた女の子は、私の未来の姿だ。



 未来の私は、男子高校生となっていた私にあの物語を教えてくれた。

今の私なら、その物語を知っているからそれは可能だ。そもそも、物語を最初に作ったのは誰なのか、という疑問は残るけれど・・・



じゃあ、あの男子高校生は、だれ?



 わたしは一度パンクしそうになった頭を休ませようと、病室に戻ってTVの電源を入れた。



 やっていたのは、高校ラグビーの中継だった。花園へいくための県予選の決勝。両チーム合わせて総勢30名の選手が、必死にボールを追いかけ、身体をぶつけあっていた。



 わたしは、ラグビーのルールを知っている。病弱な私がやったことがあるわけじゃないし、勉強したわけでもない。ただ、やっているのをずっと見ていた。



 夢の中で私は、いや、彼は、ラガーマンだった。悩みながらも彼女、いや、私が教えてくれる物語に勇気づけられながら一緒に成長していた。



 試合のプレーが途切れる合間には、観客席とか、放送席とか、両チームの監督とかが映されることがある。




・・・その中に、見たことのある顔を見つけた。

 驚いた。



 ベンチの映像が映されている時、負けている方のチーム、その中に彼がいた。あの、男子高校生。夢の中で鏡を見ていた顔と、これまた全く同じだった。



――夢の中で私は、彼だったのか・・・




 つまり私は、いずれ彼と会うということなの?


 そんなことを考えている間に、試合はハーフタイムになっていた。両チームの控えも含んだメンバー紹介が始まる。


 あ、名前、でるかな?と思い私は食い入るように画面を見つめた。彼の背番号は、22番だった。その番号を探す。



 その番号を見つけた瞬間、私は「今日はよく驚かされる日だな」、と思った。




心臓がいくつあっても足りない。ドキドキが、止まらない。



でも、この驚きはうれしい驚きだった。私の心臓が、身体中に血液を勢いよく送り出しているのを感じた。


細胞単位で、私は身体全体で喜びを感じていた。

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