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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
34/48

34 僕らの宝物

 ある日、事件が起きた。



 昼休み中、私がお手洗いから教室に戻る時、教室が何やら騒がしくなっていることに気が付いた。速足で教室に向かう。







 入口で見た光景は、私の想像を、超えていた。



『かえせっ!』




・・・彼が。あの立樹くんが、身体の大きな男子に強烈な体当たりをしていた。

なぜそんなことになっているのかは、彼らが奪い合っている物を見てわかった。




あの、ノートだ。



胸が、きゅうと苦しくなった。



彼が、大柄の男子に殴られる。激しい音に、思わず目や耳をおおいたくなった。

殴られても、彼の細い腕はノートからはなれていなかった。


『かえせっ!』

 また、叫ぶ。叫びながら、殴られながら、彼はノートにしがみついている。



でも、体格差がありすぎる。



このままでは、彼の体が危ない。自分がどうなってもいい。止めに入ろうと思った瞬間。




 彼が思いもよらない一言を叫んだ。

――『これは、僕らの宝物なんだっ!』



 私の目からは、涙があふれていた。それと同時に、私とは反対側の入り口から先生が駈け込んだ。



『やめなさいっ!』





 ゆがんだ視界で、彼は先生によって男子から引きはがされていた。手には、あのノートがしっかりと握られている。それを最後に、私は前を見ることができなくなった。


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