32 友達記念日
そのころ私は、夢の中であの女の子と公園で会う約束をしていた。
でも、彼女が来なかった。私は探し回って、ようやく彼女を見つけた。
彼女は、病院にいた。彼女には持病があったようだ。彼女の病気を治すには、手術が必要だった。私は彼女のために、できることはないかと思う。
そして、彼女から教えてもらった物語の中にこんなセリフがあったことを思い出した。
『私を助けてくれたあなたと一緒に、私も勇気を出そうって』
主人公の男の子は、勇気を出す姿を見せることを約束して、それを果たした。
そして女の子も、手術に臨んで、無事、成功した。
私は、それと同じことをしようと考えた。自分は、医者ではないから、彼女の病気を治すことはできない。でも、元気づけることはできる。そう思って、私は病院を飛び出した。
夢から目覚めた時、私は泣いていた。
そしてその日、私は勇気を出して彼にもう一度、話しかけた。
「立樹くんの絵、すごく素敵だね」
言葉は前と大して変わってないけれど、状況が違う。
昼休みの図書室。
私は、彼が絵を描いているその時をとらえて、彼に話しかけたのだ。
「あ、ありがとう・・・」
彼の反応も、前と変わらない。でも、逃げたりはしなかった。
「これは、絵本?」
私は、彼の隣に座り、知らない振りをして尋ねる。
「うん。でも、僕が描いてるのは絵だけなんだ。物語は、誰かが書いてる。」
ふーん、と私は答えた。
「誰が書いてるか分からないの?」
「そうなんだ。でも、この物語はすごく好きだよ。書いてる人はきっと、自然や動物、そして物語そのものが大好きな人なんだと思うよ。あと、すごく優しい人だ。争いを好まず、人から攻撃されたとしても決して反撃したりしない。相手のことを想いやれる人だと思うんだ」
彼は、物語を書いているのが私だと気付いているはずだけど、あくまでも気づいてない振りをするようだ。
やっぱり彼は、人を騙したり嫌がらせに便乗する才能がないのだと思う。そして、私がそれに気づいていることに気づいていないせいか、彼はかなり素直な物言いをする。
これには、私も照れてしまった。そんな風に、思ってもらえていたなんて。
「それにこの物語は、僕にとってはなんだか他人事には思えないんだ。だから僕は、この物語に絵を描きたいと思った」
「じゃあ・・・その人が、誰か知りたい?」
「え?・・・う、うん。そりゃ知りたいけど、どうやって知るの?名前も書いていないんだし、その人も知られたくないのかも・・・」
彼は、少なからず動揺している様子だった。もしかしたら私がここで「それは私だよ」なんて言うとお
もったのだろうか。
流石に、そこまではできない。でも、私には考えがあった。
「簡単だよ。ノートの持ち主に書いて聞けばいいんだよ。『だれ』って書いてみて。その人が教えてくれる気になったら、それに答えてくれるはずだよ」
「な、なるほど・・・」
彼は、表紙に小さく『だれ』と書いた。
私は彼の素直さに思わず「ふふっ」と笑うと、その『だれ』に続けて『かの』と書いた。
彼はその様子をぽかんと見ていて、そしてわざとらしく笑った。
そう。『だれかの』。
これは確かにだれかのものだ。私達以外にはそういうあいまいなニュアンスしか伝わらない。
でも、私たちにとっては特別な言葉だ。彼と私が、勇気を出してお互いに一歩歩み寄った、証だ。