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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
31/48

31 私のヒーロー

その次の週。私は、机の中にノートの切れ端が入っているのを見つけた。そこには、


『としょしつ みぎおく ほんだな いちばんうえ はしっこ』



 と書かれていた。新手のいたずらだろうか、とも思ったけれど、私はなぜか、この字を書く人には人をだまそうとする気概がないことを感じ取っていた。



 休み時間、さっそく私は図書室へ向かった。右奥の本棚。一番上。その端っこ。メモを見ながら探してみると、そこには周りの本とは異質なものがあった。

背表紙が見えないし、なにより薄い。



 手に取ってみると、それは私のノートだった。私はうれしくて、小さく跳びあがった。


私の勘はあたっていたようだ。このメモを書いてくれた人は、いい人だ。心の中でその誰かにお礼を言うと私は、ノートの中身を確認した。落書きなどされていないことを祈りながら。





その瞬間。


私は「えっ」と思わず声を上げた。



 落書きではない。落書きと言えるレベルではない。





 ノートの右側には、息をのむような美しさの絵が描かれていたのだ。




 それから私は、ノートに物語の続きを書くと、もとにあった図書室のあの場所に戻すようになった。



そして数日たって見に行くと、そこには新しい絵が描かれている。



 それだけのことだけど、私はすごくうれしかった。誰かはわからない。でも、絵を描いてくれたということは、少なくともこの物語に共感してくれている人ということだ。


物語だけじゃなくて、私自身も肯定されている気がしてうれしかった。この人と、話をしたい。そう思った。



 その絵は、私が夢の中で描いた絵にそっくりだった。もしかしたらこの絵を描いてるのは、私の生まれ変わり(男)なんじゃないかって想像したりした。



 けれどその正体は、生まれ変わりなんかじゃなかった。案外すぐにわかった。図工の時間、私はあまり目立たないように注意しながらクラスメイトの絵を見た。





一目でわかる。それは、日比野立樹くんだった。

優しく語りかけてくるような絵。間違いない。



 彼は、真剣な眼差しで、でも口元には穏やかな笑みを浮かべてキャンバスに向かっていた。


細い腕に、サラサラの髪。そして何より全く力みのない姿勢が美しいと思った。



 私は、図工が終わったあとの休み時間に、彼に話しかけた。

普段は、そんなこと絶対にしないのに。彼の雰囲気が、彼の字と同じで悪い感じがしなかったからかな。




「立樹くんって、絵が上手いんだね」



 ノートに絵を描いているのは立樹くん?とは聞かなかった。でも、意味はもたせたつもりだ。彼は、

「あ、ありがとう・・・」



 と言ってぺこりと頭を下げると、速足で洗い場に向かった。

 私は、確信した。やっぱりあの絵は、立樹くんのものだと。



 そんなことがあってから私は、彼のことをいくらか注意深く見るようになっていた。もちろん、気づかれないように、そっと。




 そこでわかったことがあった。彼は時々、昼休みに友達に「ちょっと委員会の仕事あるから、今日遊べないわ、」などと言って教室を出ていくことがあった。



 距離をとりながらついていくと、彼が向かった先は図書室だった。そして、その日の放課後にノートを見ると、絵が増えている。



 またある時、思いがけず朝に彼の姿を見たことがあった。学校に行くには早い時間。家の窓から歩いていくのが見えた。流石についていくことはしなかったけど、彼が早く学校に何をしに行っていたかはすぐにわかった。


 朝早く彼を見かけるのは、決まって私が何かものを隠された次の日だった。

そして私が登校すると、私の目に届きやすいところでそれは見つかる。



 どうして彼は、私にそこまでしてくれるんだろう、と思った。



 私は、もしみんなが誰かをいじめてるのにそれを助けたりなんかしたら、その人が今度はいじめられることがあることを知っていた。



自分が仲間外れにされる危険性だってあるのに、なんで――


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