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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
30/48

30 立樹くん

私が立樹くんに初めて出会ったのは、彼がいた学校に転校した時だった。



 黒板の前に立ってあいさつをしている時、一番後ろの席に座っている彼と一瞬だけれど目が合った(気がする)。


 その時、私は立樹くんのことを見たことがある気がした。澄んだ、その瞳の輝きに見覚えがある気がし

た。でもそれは気のせいだったようだ。



 クラスメイトは、転校生という珍しさから私にたくさん話しかけてくれた。


でも、それも、初めの数日だけだった。私は昔から身体が弱くて、それと同じで気も弱かった。



それもみんなが疎遠になった原因の一つだろうけど、今考えると六年生の女の子が好きそうなものの知識が足りな過ぎたのが一番大きいと思う。


明るく笑顔で話しかけてくるクラスメイトの声には、スピードがあった。それに対して、私の声は小さくて、暗くて、スローだった。どうしても、会話のテンポが悪くなる。私の返答を待つ間、彼女たちの顔がだんだんとひきつっていくのが私にもわかった。そうなると私は、さらに焦って口をどもらせる。




 私がいると、彼女たちは会話のペースを崩すことになる。彼女たちが私に話しかけたくなくなるのも、無理はないと思う。


私は激しい運動はできないし、ちょっと早歩きをしただけでも息が切れたり、咳が止まらなかったりした。


だから、みんなと一緒に外遊びもできなかった。すぐに私は、休み時間中一人ぼっちでいるようになった。




でも、私には、友達の代わりがいた。それは、子どもの頃からお父さんとお母さんが読み聞かせてくれた絵本だ。その世界に浸ることが、私にとっての幸せだった。



 ページをめくると、美しい絵に引き込まれた。お気に入りのものは、何度読んでも飽きることはなかった。一回読み返すごとに、新しい発見があった。絵の中の工夫。登場人物の気持ち。絵本全体からにじみ出ている作家さんからのあたたかいメッセージ。



 絵本は、私のペースに合わせてくれる。時にはぐいぐい私を引っ張ってくれるし、時には立ち止まる私をじっと待ってくれていたりする。私はそれが、人間よりもずっとやさしいと思った。



 そんな生活をしていたものだから、私がお話を読む方だけではなく、書く方にも興味をもつのには時間を要しなかった。





 どんなお話をかいてみようかな、と想像を膨らませている頃、私は奇妙な夢を見るようになった。絵本の読みすぎだろうか、と思った。



 その夢の中で私は、高校生だった。

 そこまでは、まだいい。未来の夢を見る人もいるということは聞いたことがあった。

 でもそれだけじゃない。私はなんと、男子高校生だったのだ。何もかも今の自分とはかけ離れずぎていた。性別まで違うなんて。流石にこれは聞いたことがなかた。



 でも、その夢は私に色んなものをもたらしてくれた。断片的だったけれど、つながりのあるストーリーを見ていた。眠って夢の中に入れば、あ、これはあの続きだな、と分かった。






 私は、その夢の中で恋する乙女、ではなく恋する男子だった。


 となりの席の、眼鏡をかけた女の子のことがすごく気になっていた。



 私たちは、少しずつ距離を近づけていった。彼女は、私(?)が好きになる女の子だけあって、物語が好きな子だった。



 彼女は私に、素敵なオリジナルの物語を教えてくれた。こんな素敵な話を作り出せるなんて、すごい!と思った。彼女がノートに物語を描いて、私はそれを見て絵を描いた。共同作業だ。充実していて楽しそうだった。でも、現実の私は絵が苦手だ。男の子に生まれてたら上手だったのかな?



 私は、彼女が書く物語に元気づけられていた。




 夢から覚めると、必ずその内容をノートに記録した。そして日中も、その夢のこと、物語のことで頭がいっぱいになった。




 気づけば私は、授業中にもかかわらずその物語をノートに書き記していた。



日差しが降りそそぐ海や、きれいな夕焼け空、月の美しい夜の森を想像しながら。



いつか絵が上手くなったら描きたいと思って、ノートの左側にだけ文章を書いた。



 それはすごく、楽しい時間だった。書きながら私は、その物語の世界に浸り、イルカや、白鳥、うさぎから勇気をもらっていた。

 




 でも、そんなことばかりして人と関わることから逃げていたのが悪かったのだろうか。私の存在はどんどんクラスから浮いていった。



 相手のことが気に食わないのなら、気にしないようにするのが一番だと私は思うのだけど、それは少数派の意見のようだ。多くの人は、特に残酷な子どもは、気に食わない者を意図的に排除しようとしたり、攻撃をしかけたりしてしまう。その行動が私には理解しかねた。病的だと思った。




 私は、いじめの標的になった。とは言っても、暴力的なものではない。ものを隠されたりする程度だった。ほうっておいても、特に探そうとしなくても、次の日にはふとしたところで簡単に見つかる。だから大して私は気にしてはいなかった。ただ、私にはあの物語があるからいい、と思っていた。




 でもある時、その物語を書いていた大切なノートが盗まれてしまった。私は大変なショックを受けた。その時ばかりは、次の日になっても見つからず、私は途方に暮れていた。


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