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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
28/48

28 待ってたよ

僕は、もうあの夢を見ることはないのだと思う。



 あのあと、あの転校生の女の子は、また、別の学校に転校していくことになる。その時僕は約束したんだ。君に必ず、会いに行くって。


ゆびきりだって、した。



 僕と森下さんが通う高校のあるあの町に。僕がそのあと記憶を失ってさえいなければ、いくらでも会いに行けるところにいたんだ、彼女は。



 僕は唇をかみしめながら、電車に揺られていた。

鞄の中にはあのノートと、分厚い本が一冊だけ入っている。



 昨日かおるくんからノートを預かり、今朝見た夢で記憶を取り戻してから、僕の中ではたくさんの思いが渦巻いていた。記憶がなかったころの僕は、いなくなっていたわけではない。ダムみたいなものに、せき止められていただけなんだ。


そのダムが決壊した今、僕の中では洪水が巻き起こっていた。



 電車を降りて向かったのは、高校ではない。あの、病院だ。彼女はきっと、そこにいる。

夏休み前、彼女が持っていたビニール袋。あの中身は風邪薬なんかじゃない。なんで、あれを見ても思い出せなかったんだ。



 病院について、受付の人に彼女の病室の番号を教えてもらった。エレベーターを上がっている間、妙に心臓の鼓動が大きく聞こえた。



 気が付けば、そこはもう病室の目の前だった。深呼吸を一つして、僕はノックをする。







「・・・はい」


 聞きなれた、でもいつもよりもか細い声が聞こえて、心の奥がチクリと痛んだ。僕は、ゆっくりと引き戸をスライドさせた。






「ごきげんよう、日比野くん」

 彼女は、ベッドの上で上体を起こし、こちらを見ていた。まるで、僕がここに来るのを知っていたかのように。






「ごきげんよう、・・・華乃」


 僕は、下の名前で彼女を呼んだ。彼女は、驚かなかった。

そして、「うん、立樹くん」と言い直して、ベッドわきの椅子を引いた。



 ありがとう、と言って僕は座った。





「立樹くんのこと、待ってたよ」

「・・・うん。本当に長いあいだ、待たせたね。」

「あれからだと、6年間だね」

「いくらなんでも、待たせすぎだよね。」

「うん、わらっちゃうくらいに」



 そう言って彼女は、「ふふっ」と笑った。


「その笑い方。昔から変わってなかったんだね」



 そう?と彼女はまた笑う。



「そうだよ。それ、小学生の時もすごく好きだった。そして、高校生の僕も、また好きになった。なんだか、クリスマスを楽しみにしてるちっちゃい女の子みたいだと思った」 


「なにそれ。」



 僕はもう、彼女に気持ちを隠したりしない。昨日、そう決めたから。


「記憶を取り戻す前のことだよ?僕ね、夢の中で君にあった時、こうおもったんだ。『この女の子が、森下さんだったらいいのにな』って。」


 華乃は目を丸くして、まるでプレーリードックみたいにしゃきっと背筋をのばした。




「本当に、そうだっだね」



「うん、本当に。笑っちゃうよね。あと、指切りした時。もし自分が失ってた記憶の中に指切りしてるシーンがあるんだったら、思い出したいなって思ったんだ。嘘じゃないよ?」



「知ってるよ。立樹くん、嘘が下手だもん。・・・よかった。思い出せて」



 僕が合宿前、華乃とした指切りは、二回目だったんだ。



「一回目にした指切りの約束、果たせなくてごめん」


「今、立樹くんは果たしてくれたよ?」




 6年間も待たせていては果たしたとは言えないと思ったけど、彼女はずっと待っていてくれたんだ。


 彼女は上体を倒してずいと僕に顔を近づけた。なんだか、小学生のころの彼女にもどってないか?


「じゃあ、二回目の約束は?合宿、どうだった?」




 僕は一呼吸おいて、華乃の目をみてゆっくりうなずいた。

 彼女はまた、背筋を伸ばす。そして、座ったままぴょんと軽く跳ねた。



「やったね、立樹くん! あ、あと怪我してない?」



「相良が僕の力になってくれたんだ。もう大丈夫だよ。怪我もしてない」


よかった、と笑う彼女を見ながら、どうしよう、と思った。




――話したいことが、伝えたいことが、ありすぎる。



 僕は、目の前に華乃がいることに、この上ない幸せを感じていた。


こういう気持ちは、伝えなきゃ。




ほら、イメージしただろう。



こういうときは、素直に言うって決めてただろう――。


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