27 兎の勇気
『あそこには兎がいるでしょう?』
女の子が月をゆびさして言った。
『うん、いる。餅をついてるよね』
『あなたの素晴らしいところの最後の三つ目は、あなた自身が考えてみて。これから私がする、彼の話を聞きながらね』
月の綺麗な夜。森の中に、男の子と女の子は立っていた。
現実での男の子はどうしたかと言うと、彼女が言っていた通り、自分の力だけで苦手に立ち向かうことをやめていた。
まず、縄の回し方のコツをクラスメイトに伝授した。それによって、彼も幾分か跳びやすくなった。
あとは、ひたすら跳んだ。クラスメイトに見てもらって、引っかかった時の自分の様子を教えてもらった。
それを聞いて、改善した。
男の子は、上達していった。
この夢から覚めたら、彼は本番の日を迎えることになる。
男の子は、とにかく緊張していた。
そんな男の子に、女の子は男の子の素晴らしいところの最後を伝えようとしていた。
『あなたは、どうして兎の姿が月にあるか知ってる?』
『ううん、知らない』
『じゃあ、簡単に話をするわ。あの兎はね、昔、狐と猿と仲良く暮らしていたの。三匹は、人に生まれ変わるために、人の役に立つことをしたいと考えていたわ。
ある時ね、帝釈天という神様がその様子を見て、一人のおじいさんに姿を変えて三匹に近づいたの。
何も知らない三匹は、そのおじいさんが「お腹がすいて動けない。何か食べ物を恵んでほしい」と話すと、これはチャンスだと思って食べ物を探し始めたわ。猿は木に登って木の実や果物を、狐は川で魚をとってきた』
『兎は、何をとって来たの?』
男の子はもう一度月を見上げる。
『兎は、何も持ってくることができなかった。普段兎が食べている物は草だもの。それを人間に食べさせることはできない。かと言って、猿みたいに木には登れないし、魚もとれない』
『じゃあ、兎はどうしたの?』
『あなただったら、どうする?』
男の子は悩んだ。人間が食べれるものをとることができないなら、どうすることもできない。
『・・・わからない』
『無理もないわ。誰もが思いつくことではないもの。・・・兎はね、驚くべきことに、火の中に飛び込んだの』
男の子は予想外の兎の行動に驚き、そして察した。
『自分を、食べてもらうために?』
『そうよ。帝釈天は感動して、次に生まれ変わる時に人間にすることを約束したわ。そして、兎に可哀想なことをしたお詫びとして、月の中に兎の姿を永遠に残すことにしたの』
『そうなんだ・・・』
『兎には、食べ物をとる力はなかった。でも兎には、イルカがもっていた誰かのためにがんばろうとする力と、白鳥の自分の可能性を見出す力があった。でも、この兎のすごいところはこれだけではないわ。それは何だと思う?』
『・・・勇気』
男の子は、確信をもって答えていた。
『そう。あなたの素晴らしいところ、最後の一つはそれよ。実は、あなたは今までにも勇気を発揮してきたのよ。自分でわかる?』
男の子は、今までの自分の行動を思い出していた。
『明日に向けてあなたが気づかなければならないことはそれよ。あなたには勇気がある。自分よりずっと大きな相手に立ち向かっていっちゃうくらいのね』
『・・・緊張を乗り越える勇気も?』
『もちろん。あなたなら、きっと大丈夫』
女の子は、そう言うと急にゲホゲホと咳き込んだ。
『大丈夫!?』
男の子がかけより、彼女の背中をさする。
『ありがとう。大丈夫、と言いたいところだけど、正直、そうとも言えないわ』
『え・・・』
『ずっと言ってなかったけれど、私は病気なの』
女の子の突然の発言に、男の子は大きな衝撃を受けた。
『どうしたら、治るの?』
男の子は、涙声で聞いた。
『治すには、手術が必要よ。でも、その手術の成功率は、6割なの』
男の子は算数が得意ではないけれど、それが決していい数字ではないことはわかった。
だって、10人に4人は・・・
『でも手術を受けなければ、長くは生きられない。だから決めたの。私を助けてくれたあなたと一緒に、私も勇気を出そうって』
『僕、やるよ。絶対に。そして、優勝する。見てて』
男の子は、力強く言った。だから君も、がんばって。
『ありがとう。あなたならそう言ってくれると思ってた。だから、私もほとんど手術を受ける決心はできてるの。でも、うれしい。ホントに、ありがとう』
女の子の目にも、涙が浮かんでいた。
『明日、また会えるわ。もし私の手術が成功していればの話だけど。その時、今まであなたに隠していたこと、教えるね。』
突然、男の子の周りに、木枯らしが吹き荒れた。
そして、男の子は夢から覚めた。涙をぬぐってから、天井に向かって言った。
『僕が、君のことを必ず助けるよ』