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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
26/48

26 僕らの宝物

その日の夜、僕はまた、あの夢をみた。



 場所は、図書室だった。あのノートがある場所にまっすぐ歩いてゆく。



 でも、いつもの場所にノートはなかった。僕は、図書室中を探し回った。でも、ない。



 夢を見ている僕は、まさか、と思った。



僕は、速足で教室に戻っていた。



 そこには、僕の想像通りの光景が広がっていた。



 人だかりができている。その中心にいる大柄な男の子持っているものは、あのノートだった。



 彼を含め、まわりの人間はみな、笑っている。

 鈍感な僕でもわかる。彼らは僕の絵を見て、笑っているのだ。




 でもきっと、僕はその場を気づかれないように去るんだろう、と思った。




 少なくとも、今の自分がその場面に遭遇したらそうする。自分の名誉を挽回するために戦いを挑んだりはしない。自分には、その絵を褒めてくれるあの女の子がいる。それだけで十分だと思った。

 



でも、夢の中の僕は、予想外に、今の僕とは違う行動の選択をした。






『・・・返せっ!』

 ものすごく大きな声が響いた。これは、僕の声なのか?




 気づいたら僕はその人ごみの中にわっては入り、中心の男の子に体当たりをかましていた。



 その男の子も不意をつかれたせいか、あお向けにひっくり返った。僕は馬乗りになり、男の子の左手からノートを奪い返そうとした。



ノートを両手でつかんだ瞬間、視界がぐるりと右に回転した。痛みはないが、男の子に右手で殴られたのだとわかった。



僕らの体格差はかなりあった。もちろん僕の方が小さい。その一撃はかなりの衝撃だったはずだ。でも僕は、ノートから手を放していなかった。



僕はまた、『かえせ!』と大きく叫んだ。殴り返しはしない。ただ、そのノートからは決してその手を放さなかった。



そしてもう一度叫ぶ。





――『これは、僕らの宝物なんだっ!』

 









 そこで目が覚めた。


 こめかみが冷たい。さわってみると、濡れている。

 僕は涙を流していた。




 夢の中で僕は、ノートのことを『僕の』ではなく、『僕らの宝物』だと言った。

 これは、僕だけの持ち物じゃない。僕と、だれかの。


 そのだれかは、今ならわかる。






・・・僕は、なくしていた記憶の全てを思い出していた。


 僕は涙をぬぐうこともせずに、枕元に置いていたノートを手に取った。





『だれかの』。昨日、かおるくんから預かったものだ。



 表紙のこの文字は、僕のものではない。正確に言えば、僕「だけ」のものではない。



 僕はノートを開く。夢の中ではぼんやりとしていて見えなかった中身。


そこにあったのは、僕のただの落書きではなかった。





 昼間の海、夕焼け空。海の中にはイルカ。夕焼け空には白鳥。


男の子や女の子も、いる。僕が今まで描いてきた、彼女の物語の絵とそっくりだった。



 右側に絵がある。左側には、文章があった。



 同じだ。彼女の物語と全く一緒。



僕がこの物語を読んで、絵を描くのは二回目だったんだ。正確に言えば海や空の絵を描くのは三回目。


 かおるくんと一緒に描いてきた絵。海と空の他にもう一つ。




今の僕はその場面の物語をまだ彼女から渡されていないけれど、もうその内容はわかる。

僕はもう一度、ノートを読み進めていった。

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