26 僕らの宝物
その日の夜、僕はまた、あの夢をみた。
場所は、図書室だった。あのノートがある場所にまっすぐ歩いてゆく。
でも、いつもの場所にノートはなかった。僕は、図書室中を探し回った。でも、ない。
夢を見ている僕は、まさか、と思った。
僕は、速足で教室に戻っていた。
そこには、僕の想像通りの光景が広がっていた。
人だかりができている。その中心にいる大柄な男の子持っているものは、あのノートだった。
彼を含め、まわりの人間はみな、笑っている。
鈍感な僕でもわかる。彼らは僕の絵を見て、笑っているのだ。
でもきっと、僕はその場を気づかれないように去るんだろう、と思った。
少なくとも、今の自分がその場面に遭遇したらそうする。自分の名誉を挽回するために戦いを挑んだりはしない。自分には、その絵を褒めてくれるあの女の子がいる。それだけで十分だと思った。
でも、夢の中の僕は、予想外に、今の僕とは違う行動の選択をした。
『・・・返せっ!』
ものすごく大きな声が響いた。これは、僕の声なのか?
気づいたら僕はその人ごみの中にわっては入り、中心の男の子に体当たりをかましていた。
その男の子も不意をつかれたせいか、あお向けにひっくり返った。僕は馬乗りになり、男の子の左手からノートを奪い返そうとした。
ノートを両手でつかんだ瞬間、視界がぐるりと右に回転した。痛みはないが、男の子に右手で殴られたのだとわかった。
僕らの体格差はかなりあった。もちろん僕の方が小さい。その一撃はかなりの衝撃だったはずだ。でも僕は、ノートから手を放していなかった。
僕はまた、『かえせ!』と大きく叫んだ。殴り返しはしない。ただ、そのノートからは決してその手を放さなかった。
そしてもう一度叫ぶ。
――『これは、僕らの宝物なんだっ!』
そこで目が覚めた。
こめかみが冷たい。さわってみると、濡れている。
僕は涙を流していた。
夢の中で僕は、ノートのことを『僕の』ではなく、『僕らの宝物』だと言った。
これは、僕だけの持ち物じゃない。僕と、だれかの。
そのだれかは、今ならわかる。
・・・僕は、なくしていた記憶の全てを思い出していた。
僕は涙をぬぐうこともせずに、枕元に置いていたノートを手に取った。
『だれかの』。昨日、かおるくんから預かったものだ。
表紙のこの文字は、僕のものではない。正確に言えば、僕「だけ」のものではない。
僕はノートを開く。夢の中ではぼんやりとしていて見えなかった中身。
そこにあったのは、僕のただの落書きではなかった。
昼間の海、夕焼け空。海の中にはイルカ。夕焼け空には白鳥。
男の子や女の子も、いる。僕が今まで描いてきた、彼女の物語の絵とそっくりだった。
右側に絵がある。左側には、文章があった。
同じだ。彼女の物語と全く一緒。
僕がこの物語を読んで、絵を描くのは二回目だったんだ。正確に言えば海や空の絵を描くのは三回目。
かおるくんと一緒に描いてきた絵。海と空の他にもう一つ。
今の僕はその場面の物語をまだ彼女から渡されていないけれど、もうその内容はわかる。
僕はもう一度、ノートを読み進めていった。




