25 だれかの
チャイムを押してしばらく待つと、ゆいこさんがドアを開けた。汗をびっしょりかきながら息をきらして玄関にたつ僕を見て、ゆいこさんは驚いて言う。
まず、中にはいって。
僕は通されたリビングで、麦茶を用意してくれているゆいこさんに彼女のことを尋ねた。
ゆいこさんは麦茶を差し出しながら、ううん、知らないわとかぶりをふった。彼女は今、自分の家にもいないらしい。
僕はうなだれた。希望が、打ち砕かれた。
ゆいこさんは、僕に麦茶を飲むことを促すと、立ち上がった。
「もしかしたら、かおるが何か聞いてるかもしれないわ。一昨日、華乃にかおるのこと見てもらっていたから。呼んでくるわね」
一昨日は、まだ僕が菅平にいるころだ。僕は「お願いします」と頭を下げて、それから飲んだ麦茶が、からからの喉を潤してくれた。
しばらくすると、ゆいこさんがかおるくんを抱っこしてもどってきた。かおるくんはどうやら、寝起きのようだ。
「あれ、たつきにいちゃん」
「おはよう、かおるくん。起こしちゃったみたいでごめんね」
「おはよう~」
かおるくんは僕のとなりにすわると、小さな口をあけてあくびをした。
「かおるくん、聞きたいことがあるんだ。おととい、華乃ちゃんにあったんだよね。その時、華乃ちゃん何か言ってなかった?」
「かのちゃん?うーん・・・」
かおるくんは目をこすりながら考えている。
「いってたよ。たつき兄ちゃんがきたらこういってねって」
「なんて?」
「んーと、やくそくまもれなくてごめんって」
約束。それは、公園で会う約束のことか。ゆびきりげんまんをしたこととだとすれば、彼女の方は風邪を治すことだった。
いずれにせよ、一昨日そのことをかおるくんに伝えたってことは、一昨日の時点で約束が守れなくなることを知ってたということだ。
「華乃ちゃんが今どこにいるかは、かおるくんわかる?」
「ううん、わからない。」
「あと、何か言ってたことはあった?」
もう一度かおるくんはうーんと考えてから、あ、と小さく漏らした。
「のーとをわたしてあげてっていってた」
「ノート?」
「もってくるからまってて!」
ノート。それはきっとあの物語のものだろう。自分は渡すことができないから、かおるくんに預けたのだろか。そう想像して、かおるくんを待った。
麦茶を全部飲み干した時、かおるくんが戻ってきた。
「これ!」
・・・かおるくんが両手で差し出したノートには、見覚えがあった。
でも、思っていたものとは違った。
「え、なんで・・・。なんでこのノートを、彼女が?」
「ずっとまえにぼくにくれたんだよ。かのちゃんのたからもの。だからずっと、だいじにしてるの」
そのノートの表紙には、こう書かれていた。
――『だれかの』と。