24 無事でいて
そんなことを今一度思い返したばかりだったからだろうか。
不吉な予感がした。僕の気持ちがよい天気とは対照的に淀み始めている。
――来ない。
約束の時間の10分前に公園に来て、僕はベンチで待っていた。でも、いくら待っても彼女がくる気配すらない。
僕の頭の中には、彼女が約束を忘れているという考えはなかった。彼女は、そんなことをしない。何か事情があるはず。
それとも、彼女の身に何か――
僕は彼女と連絡先を交換していなかった自分を憎んだ。さっき、じいちゃんのような生き方を思ったばかりだったのに、こんな後悔を抱えることになるなんて。
連絡先を知りたいとは思ったことすらなかった。必要性を感じていなかったのだ。あの物語が僕らをつないでくれさえいてくれれば、よかった。
僕は、最悪の事態を想像した。
これがもし、彼女との一生の別れだったとしたら?
僕は後悔することになるだろう。
何を、後悔するのかって?
そんなことは決まってる。
僕は、自分の気持ちに何度もブレーキをかけていた。
君に伝えたいと思ったくせに言わなかったことがたくさんあった。
笑った顔がかわいいといつも思っていたということ。
ふわふわなくせっ毛を愛おしく思っていたこと。
絵を渡すたびに言ってくれる一言に、一喜一喜していたこと。
君が毎朝電車で僕を探していたことを知って、跳びあがりたいほどにうれしかったこと。
君がいたから両親との大切な思い出を安心して思いかえすことができたということ。
君と指切りげんまんをした時、すごく幸せなきもちだったということ。
華乃っていう君にぴったりな名前をずっと呼んでみたいと思っていたこと。
・・・僕が夢の中で出会ったワンピースの少女が、実は君だったらいいなと思っていたこと。
もし君が無事でいてくれたら、僕はそれを君に伝える。そして、もう気持ちを隠したりはしない。
僕は祈るような気持ちで待った。
僕には待つことしかできない。彼女の家も、知らない。
僕は立ち上がり、公園をぐるぐると歩き回った。合宿の前、彼女が帰っていった方向を何度も気にしながら。何か事情があって、来るのが遅くなっただけだと信じたかった。
1時間待っても、彼女はこなかった。日は一番高いところにのぼっている。公園の景色が、ゆれて見える。僕の身体は汗でびっしょりだったけど、そんなことは気にならなかった。
僕は何気なく、公園の中央のキャンバスの前にしゃがみこんだ。
かおる君と、たくさん絵を描いた。彼女はその絵を見て、気に入ってくれた。そして、絵を描いてくれないかと頼ってくれた。
そういえばあの時は、海の絵を描いていたっけ。最近は画用紙にばかり描いて、かおる君とは描いてなかったな。
――瞬間で、僕は立ち上がった。
思い出した。
その時、彼女が言ったこと。
かおる君は、自分の甥っ子だと。ゆいこさんは自分の姉だと。
彼らの家なら、知っている。二人なら、何かを知っているかもしれない。
僕は、走り出していた。
筋肉痛がした。
でも、胸の方が痛かった。激しい動悸。
期待と不安が渦巻いている。走りながら僕は、心の中で何度も、彼女の名を叫んでいた。
森下さん。華乃さん。華乃。かの、
どうか無事でいてください――