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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
22/48

22 思い描いたプレー

毎年、合宿は長野県の菅平で行われる。全国のラガーマンが集まり、秋の花園予選に向けた最後の力試しをする場所だ。


 そこはラグビーの聖地と言われていて、総グラウンド数は100面以上ある。

 小さな地域のどこでも目につくのが、様々なチームの練習試合だ。。


 みんな、この地に来る時にはいろんな気持ちを抱えている。

 地獄の日々が始まることに憂鬱になっている者。試合が楽しみでしょうがない者。チームのキャプテンとして自信が持てずにいる者。怪我をして、試合に出ることができずに悔しい気持ちを抱えるもの。この合宿でレギュラーの座をねらっている者。



 僕はといえば、チームの一員としてできることを精いっぱいやろうということ。ただ、それだけだった。



 僕は合宿の初めのころ、試合に出る機会が少なかった。試合の終わりの10分だとか、途中の5分とか。短い時はチームメイトが鼻血を出した時の交代としてだとか。

 だからこそ、そのチャンスを大切にした。ディフェンスはもちろん、苦手なアタックにも積極的に参加した。



 一日目の夜、僕は宿舎近くの芝で相良と一緒に練習をした。

――自分の苦手に、一人で立ち向かうことをやめる。

 僕が頼むと、相良は快く「いいよ」と言って練習に付き合ってくれる。


 練習の合間に、僕は相良にいろいろと聞いた。彼は、ボールにふれる機会の多いポジションだ。僕にはもっていないものをいろいろと持っている。



「アタックに参加できないと、チームのためにはならない、ね」

 相良は空中にスクリューパスを放ってはキャッチしている。その回転は、美しい。

「だってそうだろ、ディフェンスがどれだけできてもアタックに無頓着だったら14人で攻めることになる」

「たしかにね。ラグビーって誰にボールが渡るかわからないところがあるから、結局全部のプレーができたほうが勝ちに近づくんだよな」

「その、アタックに参加する方法を教えてもらえないかな」


 相良は一際高くボールを投げると、パシッと大きな音を立ててキャッチした。




「よし、力になるよ。でも、答えは日比野の中にしかないと思う。日比野がボールを持つのって、どういう場面だろう。まずはそこからだよ。イメージするんだ。そして自分はそこでどういう選択をするか考えるんだ」


「イメージ・・・」



「試合に出てない時間、特に相手をよく観察するといいよ。そこで自分がプレーしている姿を想像するんだ。そして、自分だったらああいう場面でどういう選択をするかなって考えるんだよ」

 彼はそう言うと、ボールを持って相手をかわす動作をした。


「なるほど・・・やってみる。でも、相良ってだいだいいつも試合に出てるよね。どうしてそんなことがわかるの?」


「・・・あるよ。中学時代にね。まあその時はサッカー部だったけど。ずっと補欠ばっかで、悔しかった。

そしたらいつの間にか、そういう目で試合を見るようになってたんだ。少ない試合のチャンスが巡ってきてピッチにたった時、それが生かされてるのがわかったよ。あ、なんか見たことあるっていう感覚になる時がかならずあるんだ。その時、迷わず自分がイメージしてたプレーをする。そうすると、びっくりするほどうまくいったよ」



そう言うと彼は笑って、「まあ騙されたと思ってやってみな」と言った。



 相良は、今の僕に必要なことを、自分の経験から教えてくれたんだ、と思った。

 やらない、理由はない。





 次の日から、僕の試合を見る目が変わった。相手のチームはどんな特徴をもっているのか。自分だったら、その場面でどうするか。イメージしながら心の中でどんどん判断を下していった。

 転機は三日目の試合だった。この時も僕は、途中からの交代だ。接戦だったけど、こちらが負けていた。



 敵陣ゴール手前で、ボールは相手の手にあった。ここでボールを奪うことができれば逆転のチャンスである。


 相手は、展開力のあるチームだった。ボールを回して、ディフェンスを散らせる。そして、空いているところを見極めて運動能力の高い選手が切り込んでいく、という戦法だと分かった。



 自陣に追い込まれている状況でも、彼らはボールを展開することを選んだ。

 ボールが出る瞬間、ぼくらは柵から放たれた競馬のようにスタートダッシュを切り、相手にめがけてタックルをしかける。前で止めれば、それだけ陣地を奪えるということだ。



 この試合に出た時の僕は、集中していた。なんだか視界が広い。試合の前半、ベンチで観察をしていたことで、この後相手がどう動くかが何となくわかった。



その時も僕は、標的を見定めて飛び出した。その瞬間、僕の目は左側の何かをとらえた。

ボールだ。この軌道はまさか――。





バシン、と音がなった。反射的に、僕の左手が相手のパスを弾いていた。




相手もそれを拾おうと飛び込むが、僕が一番近い。もし、アタックにもちゃんと参加すると自分で決めていなかったら、躊躇し、すぐにタックルを受けていただろう。



でも、目の前にはゴールラインがあった。僕はボールを拾い、前を向いた。


横跳びでタックルしてくる一人をかわし、もう一人をパスダミー(パスをするふりをしてしないプレー)でいなすと、僕は全力で、まっすぐ相手のゴールに駆けた。いける。




――そして、ボールをついた。

「トライ!」

 審判の笛と声が晴れ渡る空に響いた。


 僕の答えは、小さなチャンスを逃さず、活かすことだ。何度も、試合を見ている中でイメージしていたプレーだった。



 試合でトライをとったのは、三年間で初めてだ。何故か。それは、今までの僕がトライする自分をイメージしたことがなかったからだろう。それは自分の仕事ではないと思っていた。でも、それじゃダメなんだ。


だから僕は、心の中で、まだやったことのない「トライ」というプレーをイメージして、淡々と狙っていたんだ。




――ありがとう。



僕は心の中でたくさんの人を思い浮かべ、感謝をした。


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