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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
20/48

20 ゆびきり

夕方。帰りの電車を降りた時、別の車両から降りてきた彼女を見つけた。


「森下さん」

「あっ、日比野くん。ごきげんよう」


「ごきげんよう。森下さんも学校に残ってたの?」

「ううん、別なところに用があってこの時間になっちゃった。日比野くんは部活?」

「うん」


 改札を出て、僕らは並んで歩く。見ると、彼女の手にはビニール袋があった。

 僕らの学校近くの総合病院の名前が印刷してある。


「・・・風邪でも引いたの?」

「えっ。ああうん、ちょっとね。」

 彼女は、ビニールを反対の手に持ちかえて答えた。心配だ。

彼女は細いから、ただでさえか弱そうなのに、風邪なんて引いたら消えてなくなっちゃいうんじゃないかと思ってしまうくらいだ。


「お大事にね」

「ありがと。・・・そういえば、日比野くんの家はどのへんなの?」


「西町のほうだよ」

「じゃあ、公園のあたりまでは一緒だね。」



 彼女と一緒にいるのは好きだから嬉しかった。やっぱり何だか居心地がいい。これは言わないけど。

 あ、と僕は一つ朝に言い忘れていたことを思い出した。


「森下さんにここで会えてよかったよ」

「ん?」

「ノート、持ってきてたんだ。朝、渡すの忘れてて」


 明日から夏休みで、彼女とは学校や電車では会えなくなる。その前に、一旦ノートを返しておきたいと思っていたのだ。


「わざわざありがとう。でも大丈夫?」


「大丈夫。文章のところをコピーさせてもらったから」


「そっか。じゃあ公園でもらってもいいかな?」


 公園につくころには、もう僕らの影は長く伸びていた。遊具や、あのキャンバスがオレンジ色に染まっている。

 僕らはまた、ベンチに座る。僕が右で、彼女が左。


「はい、ノート」

「ありがとう」


 相変わらず彼女は両手で丁寧にそれを受け取ると、鞄にしまった。

 そういえば、この光景は見たことがあると思った。


 最近見た、あの夢だ。彼女に話してみることにした。



「あのさ、こんな景色を夢で見たんだ。」

「この公園?」


「うん。それだけじゃなくて、僕は、このベンチに座ってた。同じくらいの年の女の子と」

「それで?何かしてた?」


「あのノートを、女の子に見せてた」


「いつも図書室で絵を描いてたやつ?」


「うん、それ。女の子は笑ってて、おれもたぶん笑顔だった。」


 あれは、すごく楽しそうな夢だった。

 森下さんも、僕の話を聞いて嬉しそうに笑っている。


「ちょうどそんな顔だったよ。あとね、」


 森下さんと毎日会えなくなると思うと、彼女に話したいことがたくさんあることに気が付いた。


「話は変わるんだけど・・・あっ、大丈夫?そういえば風邪引いてたんだよね」

「全然大丈夫だよ。話聞かせて?」


 手短に話そうと思って話す内容を頭でまとめた。



「自分の可能性、見つけたんだ。あの男の子が見つけたように」

 僕は、まだ自分には足りないことも含めて、彼女に話した。

あの物語を書いた、つまりあの男の子を生み出してくれた彼女には報告しておきたいと思った。


「・・・だから、可能性が見つかったとは言っても、まだまだ超えなきゃいけない壁がたくさんあるんだ」


 彼女はううん、とかぶりをふった。


「でも、よかったよ。日比野くんは確実に前進してる」

「森下さんのおかげだよ。ありがとう」



 それは、本心だった。あの物語の世界に触れていなかったら、僕はやる気も出せず、自分の可能性すら見いだせないまま夏休みを迎えていただろうと思う。



「どういたしまして。明日から夏休みだけど、練習は忙しいの?」

「ほぼ毎日。っていうかもはや明後日からもう合宿なんだ」


「大変だね。身体こわさないでね」

「だからちょっと絵を描くのが遅くなっちゃいそうなんだ」

 彼女は、ぶんぶんと音が鳴りそうなくらい強く首を横にふる。


「全然大丈夫!無理しないで。合宿がんばってね。パスうまくできるようになるといいね」

「うん。男の子もこれからがんばって自分の苦手なことに立ち向かっていくんだろうからね。負けないようにがんばるよ」


「そうだね。・・・じゃあ、日比野くんが合宿に行く前に少しだけ続きを話してもいいかな」

「え、いいの?」


 意外だった。彼女が、物語の続きを話してくれることはいままでなかった。



「うん。もしかしたら役に立つかもしれないし。あのね、男の子はあることをやめるんだ」

「あることって?」

「『自分の苦手に、一人で立ち向かうこと』。それを、やめることにするんだ」

 僕は、今日の練習後のことを思い出していた。相良が、練習に付き合ってくれた。その途中、ふと思いついて『これからも練習に付き合ってほしい』と僕はとっさに口にしていた。



「やっぱり、僕は彼に似てるよ」

「わたしもね、そう思う。日比野くんになら、色んな人がその力を貸してくれると思うよ。あの男の子みたいに、日比野くんが誰かのためにがんばろうとしていること、みんなわかってると思うから」


「・・・ありがとう、合宿で一皮むけて、きっといい報告をするよ」


 彼女は、「ふふっ」と笑って右手を僕の目の前にかかげた。薬指がピンと立っている。



「じゃあ、約束して。私も、続きしっかり書いて合宿明けに渡せるようにしておくよ。

あ、あと、怪我しないでね。心配しちゃうから」


「わかった。約束する。森下さんも風邪治るようにゆっくり休んでね」


「うん、ありがと」




僕らは、ゆびきりげんまんをした。これをするのは何年ぶりだろう?

僕は思い出そうとしたけれど、


わからなかった。



もしかして、僕の失われている記憶の中に、そんあ場面があったのかもしれない。

もしそううだったら、やっぱり僕は思い出したい。




なぜなら、指切りってやつはこんなにもうれしい気持ちになれるものなんだって今、気づいたから。



その指切りをした相手はきっと、僕にとってすごく大切な人だから。


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