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誰かのための物語  作者: 涼木玄樹
13/48

13 白鳥

その日男の子が見た夢は、今度は雲の上だった。夕焼け空がどこまでも続いている。



 でも、女の子はいつもと変わらない姿で目の前にいた。白いワンピースが夕日に美しく照らされている。



『あなたは、やっぱり変わらないわね。』

 笑顔で、男の子に話しかける。



『僕は悔しい。僕はイルカなんかじゃなかった』

 男の子は下唇を噛んだ。



『でも、あの先生のために、人のために、がんばろうとしたわ』


 その口ぶりから、女の子は現実の中で奮闘する男の子の様子を見ていたことが分かる。

男の子は、あの後、先生のために、死にもの狂いで練習に取り組んだ。



でも、やっぱり、跳べなかった。現実は、残酷だった。


『僕には、無理なんだ。』

 男の子は、あきらめかけていた。

 



 僕は、ここまで読んで少し驚いていた。

 なぜなら、男の子は成功すると思っていたから。先生のためにがんばるとやる気をだしてがんばり、縄跳びが跳べるようになる、とそういう物語の展開だと思っていた。

 でも、まだ何かが足りないようだった。僕は夢中で読み進めた。




『今日は、あなたの素晴らしいところ二つ目を伝えるわ。』

『二つ目・・・?』



『あなたは、私のためにがんばろうとしてくれた。でもね、ただがんばったんじゃないの。あなたは今日、あの先生のためにと思ってガムシャラにがんばったわね。それは素晴らしいことだわ。でも、それだけではいけないのよ。あなたの本当の力を全て発揮していない』


『じゃあ、どうすればいいの?』



『あなたの素晴らしいところの二つ目。それは、「自分の可能性を見いだせるところ」よ。あなたは、考えに考え、私のためにできることを見つけて実行してくれた。』


 女の子はまた、一方を指差した。すると、雲の中から何かが顔を出したと思うと、勢いよく上昇してその白く美しい姿を見せた。


『鳥?』

『そう、白鳥よ。彼は今、遠くにいる仲間のもとに行くために、一羽で飛んでいるわ。でも、最近まで、彼は空を飛ぶことができなかったの。さ、いくわよ』


 女の子は、白鳥を追いかけるように飛んだ。男の子はそれについていく。

『どうして飛べなくなったの?』


『生まれてから数か月。餌の取り方も覚えて飛べるようになった彼は、冬を越すために仲間と初めてここにきたわ。でも、そこで羽を猟師に撃たれてしまったのよ。』


 男の子は、彼の右羽に傷の跡があるのを見つけた。


『自分の力で飛べない彼を、仲間はおいていくことしかできなかった。飛べないその傷が癒えてこうして飛べるようになるまで、五年かかったわ』



『五年間、彼はどうしていたの?』


『初めのころ彼は、いつも家族や仲間のことを想って泣いていたわ。一羽でいるのはすごく心細かったし、寂しかった。一人ぼっちなら、生きていても仕方ないとも思った。』



『そうだろうね。一人ぼっちはつらいよ。・・・まして、幼い時ならもっと』


『うん、そうね。でもね、再び夏が訪れたある日の夜。彼は、母親が彼に話してくれたことを思い出したの。』


『どんなこと?』


 気が付くと、日は沈み夜になっていた。男の子と女の子は、白鳥と並ぶように飛びながら話をしている。白鳥は、まっすぐ、力強く飛び続けている。


 女の子は、上を指差した。

『あの星座が何か、分かる?』



男の子は女の子が指す方向を見上げた。

デネブ、ベガ、アルタイル。まず夏の大三角形を見つけた。そして、その中で一番大きな星座の名前を口にした。



『はくちょう座?』

『そうよ。母親は、彼にそれを見せて、こう言ったの。


「私のお父さん、つまりあなたのおじいちゃんはね。冬を越して、シベリアに戻ろうとする直前に、群れを襲ったハヤブサから私達を救ってくれたの。


おじいちゃんは、その時に群れから離れてしまったわ。でも、おじいちゃんは昔私に言ってくれていたの。


もし、私たちが離れることがあったとしても、こうやって夜空を見上げれば同じ白鳥座を見ることができる。そう思えば、離れている距離もそう遠く感じなくなるって。


 だから、あなたにも同じことを言うわ。もし、これから私たちが離れることがあったら、夜空を見上げなさい。そして、白鳥座を見るの。私も、そうするわ。そうすれば、寂しくもなくなる」ってね。』



『彼は、それを見て寂しい気持ちを小さくすることができたんだね』


『それから彼はまた、冬に家族や仲間が来てくれることを信じて、空を飛ぶ練習をしたわ。何度失敗しても、決してあきらめなかった。でも、冬が来るまでに飛べるようにはならなかった。』


『五年、かかったんだもんね』


『でも、彼がしたのは練習だけではないわ。夜空を見上げて一人じゃないって思えたことで、みんなのために自分にできることを探したの。自分の、可能性を』


『彼の、可能性・・・』



『彼は湖中を泳ぎ回り、仕掛けられた罠を見つけては、それらを外していった。空を飛べない代わりに、彼は泳ぐのが得意になっていたから。仲間のことを考え続けた結果、彼はその場を安全にすることに全力を注いだの。』


『彼の仲間はそこに来たの?』


 男の子は、心配に思っていた一つのことを尋ねた。


『ちゃんと来たわ。そして、彼のおかげで安全に冬を越すことができた。彼に「ありがとう」って何度も口にしたわ。』


『それはよかった』



うれしかっただろうね。

男の子はそう言って隣を飛ぶ白鳥を見て目を細めた。



『そうね。冬の間、彼はすごく幸せだった。仲間や家族と一緒にいれることもそうだけど、空を飛べなくてでもみんなの役に立つことができたこともすごく嬉しかった。だから、今までに四回、冬を越した後に別れを経験したけど、彼は辛くなかったのよ?』



 白鳥の顔は、まっすぐに前を向いて飛ぶ姿は、誇らしげだった。


『彼には、イルカと同じで誰かのためにがんばる力があるんだね』


『それだけでなく、自分の可能性を見出す力もね。』


 女の子は、あらためて男の子に笑みを向けた。



『あなたにも、この力があるのよ。あなたは初め、まだ羽をもっていなかった。でも、自分の可能性を見出して、羽を使わずに私を助ける方法を見つけて行動してくれたの。』



 男の子は、それを聞いても、自分が女の子を助けたことを思い出すことができなくなっていた。でも、女の子が言っていることを嘘だとは思っていなかった。



『・・・ごめん、まだ思い出せないよ』



『無理もないわ。大丈夫、今のあなたにとって大切なことはそれを思い出すことではなくて、今目の前にある壁を乗り越えることだもの。』




 時間が早送りされてるのだろうか。

もう、目の前には陽が上ってきていた。

オレンジ色の光が、雲を照らす。



 女の子の顔も、白鳥もその光に照らされ、美しく輝いている。


『いい?感情に任せてただがんばるんじゃなくて、具体的に、今、あなたにできること、あなたがすべきことを考えてみて。あなたにはその力があるんだから。あなたなら、絶対にできるはずよ』


 女の子はそう言うと、下降し、雲の中に姿を消した。続いて、白鳥も。



『・・・待ってっ!』


 後を追い、下降する。雲に包まれている間、海の中で泡に包まれた時と同じ感覚を覚え、これが夢の終わりだと男の子は察した。


女の子の姿は、もうない。



 その代わりに、目を覚ます直前にあるものが見えた。




それは、美しく雄大なシベリアの大陸と、悠々と空を飛ぶ白鳥の群れだった。


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