俺の故郷で遭った事と
はじめに、遅くなってごめんなさい。
改めまして。すっごいお久しぶりです。
入学だったりなんだったりと割と忙しくてこんなに時間がかかりました。
言い訳するのはあまり好きではないので、釈明はこれくらいにして。
それではどうぞ。
「さてと、もう出立するのじゃな」
ネフェンの声が聞こえる。
どこか寂しそうで、けれどそれを表に出すまいとしている様な声が。
その声と同時に、シャッ、という小気味の良い音がする。
「ああ、今日ここを出るよ。だから」
「だから、なんじゃ」
あぁ、そんな声を出さないでくれ。
どうか、出さないでくれ。
「ネフェン、もしかしてわざとやってるのか?」
「無論じゃ」
「そうか、なら言ってもいんだね」
俺はベッドから身体を起こすとすぐ近くに居たネフェンの肩に手を置いた。
「もう少し寝かせてくれ?
確かに昨日、朝出るのが早いとは言った。けれど、陽がまだ出るか出ないかの時間に行くとは言ってないぞ?」
「そう…だったかの?」
彼女はまるで別れを惜しむ恋人みたいな素振りみせる。
まただ、だからその含みのある声で話さないでくれ。
ネフェンから感じる【寂しそう】は俺達を【からかえ無く】なるから、そう感じてるんじゃないか?
何故そう思ったか、だって?
簡単だ。
「そうだったか、そうだったか、まだ…行かん、のか…」
ネフェンは口元に手を当て込み上げて来るものを抑え、顔を逸らす。
僅かに聞こえる荒い吐息。
指の背で瞳から伝うものを拭う。
「くっ…ふふっ…やはり我慢できぬ!
なっはっは!なんだかんだと言ってもおぬしをからかうのが1番面白いのう!」
この悪魔め…バカ笑いしやがって!
「うるさい!俺は寝る!おやすみ!」
言って俺は頭から布団を被り、バタバタと笑い転げている悪魔を警戒しつつ二度寝をした。
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「ルフくん、起きてくだっさい!
朝でっすよ〜」
煩わしい声が聞こえる。
俺はまだ眠いんだ。昨日(今日?)悪魔に無理矢理起こされたせいで…って。
「んな!もうそんな時間か⁉︎」
「ぉわ⁉︎びっくりしたぁ…
そんな急に起きないでくださいよ」
窓に背中から張り付いているのはナリだ。
どうやら声の主はこいつだったらしい。
「わ、悪い。いや、それよりも今何時だ⁉︎」
「今でっすか?えぇと…七時半くらいでっす」
七時半…七時半て事は!
俺は思い切り布団を放り、ベッドから降りる。
「出発まで後30分しかないじゃないか!」
「え、まぁうん、そうでっすけど…とりあえず小虎さんが…」
不安げに話すナリの指先を見ると、そこには酷く不機嫌な顔をして俺の寝ていたベッドの上で仰向けになった小虎がいた。
あ…しまった。
小虎と俺は今、術を使った縄で繋がってるんだった。
「ルフト…?
朝っぱらから…痛いじゃないか!この野郎ぉぉ!」
小虎は激しい怒声と共に繋がれている縄を手繰り寄せる。
「いやごめん!でも、どうせ起きるんだから一緒だろ⁉︎」
圧倒的力で手繰り寄せる小虎にどうにか対抗して、ナリの背もたれになっていた窓の桟を掴む。
「起こし方ってものがあるだろうがッ!」
手繰る力をさらに強め、いい加減に桟の耐久力も限界となった頃ドタドタと廊下の方から忙しない音が聞こえて来て。
「なんでもいいですから、早く降りて来てください!朝食が出来てるんですよ!」
睨みを利かせ、強い口調で怒鳴る寝癖の少女が部屋の入り口にいた。
「「「…はい」」」
セラの一喝で早朝の戦闘は終わりを告げ、みんなでぞろぞろと階段を降りていった。
…どうでもいいが、後ろの方でナリが『自分だってついさっき起きたばかりじゃ無いでっすか』と言っていたが、聞かなかったことにしよう。
昨晩と同じ部屋にて。
各々が各自好き勝手に椅子に座るような事はなく、夕食の時と同様の席に着いていた。
大きな骨付き肉、分厚いステーキ、こんがり焼けたベーコン、みずみずしいサラダ。
香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、どこからともなく腹の虫が声を上げる。
縦長の卓子の上には朝食とは思えないほど量のある食事が並んでいる。
「ふむ、すまんの。
今日が出発なのだから精をつけてもらおうとこしらえたのじゃが…些か、量が多かったかの?」
「これ程まで豪華な朝食は初めてですので、多少面食らってはいますが有り難く頂戴させてもらいます」
そう言ってフタは手元にあった水を飲もうとしたが、感激のあまりなのかそれとも別の理由でなのか、小刻みに手を震えさせコップの中身を半分くらい零していた。
調理をしてくれたネフェンには悪いが、正直この量は昼食や夕食の時でも食べ切れそうにない。
「やはりそうか…ぬぅ…しくじったのぅ…」
と、珍しく落ち込むネフェン。
普段の悪魔っぷりからは想像も出来ない気の落ちように、若干みんなの気分が滅入ってしまう。
「ま、まぁ兎に角、いただきまっすか!
食べ切れそうにないなら道中のお昼にできなくもないでっすし!」
ナリはそう言うと、手を合わせてから目の前にあったステーキを食べやすく切ってから口に運んだ。
「そ、そうですね!
それじゃあ私も戴きます!」
セラは小虎の前にあったサラダを自分の皿によそって食べ始める。
「なら俺も、戴きまーす」
「お、おぉ…なんじゃ、目頭が急に熱く…」
などと、1人感涙に咽ぶ女性を置いての賑やかな食事が始まった。
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「ネフェン、急に押しかけたりして悪かった。最初の方は色々あったけれど、ありがとう」
陽はもう上り、時刻は八時三十分を回っている。
外は胸の空くような晴れ渡る晴天。時折流れ来る雲がまた、気持ちを良くした。
当初の出発予定時刻よりは多少遅れたが、まぁ問題は無いだろう。
「おっ邪魔しました〜!ご飯、美味しかったでっす!」
「ネフェン殿、お世話になりました。いずれまた機会があれば修行のお相手を願いたいものです」
「ふふん、そうじゃろう?わしの料理の腕前はルフトも一目置くところじゃからの!
それに、次の修行は昨日のものほど甘く無いぞ。覚悟しておけ?」
そう言って握手を交わすネフェンとフタ。
階段上まで引き摺られる俺よりも余程あの2人の方が師弟関係に見えるというのは、気がつかなかったことにしておこう。
「うぅう…この際だからいうけど、オレはお前の事が少しだけニガテだ。なんか、見透かされてるようで…
…けど、布団の寝心地はすごくよかった。ありがと」
ネフェンは一瞬きょとんとした顔をすると直ぐにはにかんで小虎の頭に手を乗せた。
「別れ際になんてこと言うんですか⁉︎
コホン。えぇと、ネフェンさん。突然の訪問にもかかわらず手厚く〈歓迎〉して下さりありがとうございました。
王都の帰りにでも寄らせていただこうかと思います。も、勿論、ネフェンさんがご迷惑でなければですが」
「うむ、そうじゃの。
王都の帰りに是非寄るといい。野宿をするよりはニガテなわしの家に泊まる方がいいじゃろうて」
言いながら小虎の頭を、乗せていた手で乱暴に撫で繰り回す。
イヤな顔をしてはいるが、止めろと言わないところを見ると小虎もネフェンと離れるのが少しは寂しいのだろう。
「ん、まずい。そろそろ出発しないと今日中には故郷につけなくなる。
名残惜しいけれど行こう」
「そう、ですね。
それでは、お世話になりました。また、数日後にお会いしましょう!」
セラの挨拶を皮切りに、みんなは森の外につながる道を歩き始めた。
「またのぅ」
ネフェンは一言だけそう言うと、一度だけ手を振り家の中へと入っていった。
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ネフェンの家から出発してどのくらい時間が経っただろうか。
陽はもう時期暮れて、ともすれば周りの風景が闇に呑まれ始める頃合いだろう。
普通ならば。
今、俺たちの歩む道は周りを木に囲まれている。
類似の場所なら、既に帳が下りて灯り無しでは目と鼻の先にいる人間の顔すらも判別できないだろう。
にも関わらずだ。
「どうして…この辺りは明るいのでしょうか…」
そう、セラの言うように少なくとも歩くのに不便は無い程度には明るい。
蝋燭もなければ松明もない。当然、ランプのようなものも無い。
けれど、ほんのりと明るいのだ。
故郷に近づくにつれ、嫌な緊張感が張りつめる俺たち。
が、セラの一言のお陰で幾許かの緊張がほぐれた。
「多少頭のいい魔物でも住んでるんでっすかね〜」
「恐らくそうだろうな。ラルから拝借した地図は最近に発行されたものだ。であれば、まさか辺境の地でもないここ一帯の住居人の記入漏れがあるはずもない」
「って事は、もしかしたら戦闘もあり得るのか?」
ナリとフタの発言に危機感を覚えた小虎は若干焦り気味に聞き返す。
「あくまで可能性の話だろ?もしかしたら、ここは月の光が射しやすいだけかもしれないしな」
俺は気休めにもならない戯言を笑いながら言った。
これでも冒険者の端くれだ。そんな人間が楽観的に構えていていいわけがない。
『何は無くとも先ずは警戒をしろ』
これが街にあったギルドの教訓だ。
テピュラスは口癖に言っていたし、俺も耳にタコが出来るくらい毎日聞いていた。
それでも、縄を伝い感じる[震え]を止める為にはこうする他には無いと思った。
「そ、そうだよな!ルフトの言う通りだ!」
ニパッと胸のつかえが取れたように笑う小虎。
こんな時ばかりは、こいつの素直な性格に感謝しなければならない。
「と、話している間に着いたぞ。ここが君の故郷・ウェルァフ村だな?」
ウェルァフ村。あそここそが俺の生まれ、初めての友・キャロを、家族を知人たちを失った場所。
そして、その地は何故か。
「どうして明…る、い…?」
空で静かに佇む月の、優しい光に勝る攻撃的な強光がウェルァフ村から放たれていた。
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「(いいでっすか?先ずは様子見をしまっす。一時の感情に呑まれて軽率な動きだけはしないでくださいね?)」
小さな声で3度目の注意をしてくるナリに、二度頷く俺と小虎。
あの強光。
俺たちの知る限り、自然物や人工物でアレだけ強力な光を発するものを見た事・聞いた事がない。
となれば十中八九、何者かの術だと考えるのは当然だろう。
そうして、俺・小虎・ナリの3人は物陰に隠れながら光の放たれている場所まで偵察に行く事にした。
今回こそはとセラは渋っていたが、流石にフタ1人だけで待機させとくわけには行かないと思ったらしく、自重してくれた。
「(2人とも、ここからは息を殺してくだっさい。風下にいるので臭いでバレる事はないでっすけど、耳の良い魔物がいるかもしれないでっすから)」
ナリの言葉に頷き、手信号で【行きまっす】とされた方向へ慎重かつ素早く随行する。
向かった先には裏口が破壊され、室内が殆ど覗ける状態の平屋があった。
【ここの中から見まっす】
ナリの手信号に頷き、周囲を警戒し陰になっていた場所からその平屋へと素早く移動した。
割れたガラスの破片を踏まないよう気をつけながら、窓だった場所から謎の強光が放たれている位置ーー村の中心部を覗き見る。
そこでは。
「(な…なんだあれ…眩しくて直視できないけど、あの影は…)」
息を飲む小虎の小さくか細い声。
それは、身体の震えで奏でられた音で搔き消えそうだった。
「(小虎ちゃんはあんまりみない方がいいでっすよ。アレは、刺激が強すぎまっす)」
そう言っているナリからも、時折カチカチという歯と歯が連続して噛み合う時に鳴る音が聞こえる。
無理もない。
例え熟練の冒険者であろうとも、あんなものを見れば、俺のように背筋も凍るだろう。
次第に目が光に慣れて、ぼやけていた影がよりはっきりと確認できる。
その光景はまさしく〈料理〉の現場だった。
大の字で人間を寝かせ両手足を鎖で繋ぎ魔物達がそれを四方バラバラに引く。
原始的だが単純明快な調理法。
人間達はこの調理法を
八つ裂き。
そう定義している。
「ひ…いぎぉ⁉︎な、なにこ、ぉぉお!?!?」
眠らされていたのか、それとも寝ていた所を攫われたのかは定かでは無い。
唐突に全身を巡った痛みで目を覚まし、恐怖では無く驚愕の悲鳴がウェルァフ村に響く。
その声に悦を感じたのか。
四肢の繋がれた鎖を引く小鬼のような風貌をした魔物達は、更に強く引き始める。
ミチリ。
ミチッミチミチミチ、ギチチチチチッ。
気味の悪い、肉同士の、今にも離別しそうな音と。
それを必死に繋ぎ止めようとする骨達が鳴らす不協和音。
やがてそれは唐突に鳴り止む。
バツン。
途端に何かが弾けた。
音とは言えぬ振動が俺たちの鼓膜を強打する。
今、目の前で1人の女性が…四肢が全くバラバラの方向に引かれ…裂けた。
手脚の生えていた場所からは血の滝が代用を行い、地面は文字通り真っ赤な海へと化す。
最早悲鳴をあげる事も、断末魔を叫ぶ事も出来ずに只々引き裂かれた左脚を、右脚を、呆然と見つめるだけの女性。
人間の身体は思っているよりも強く、それだけでは死に至ることが出来なかったらしい。
「あ…あぁ…」
やっとの思いで発せられたのは、何かを懺悔するような嗚咽。
「がぁぁ…あぁああぁあぁああ!」
やがて脳を突き刺した激痛に神経が反応しきれず、女性は絶命した。
「う…うぁ…お、おぉ…オエッ!」
全ての工程を見届けてしまった小虎は胃の中身をぶちまける。
目の前で1人の人が、しかも小虎と同じ女性が裂けて死んだ。
嫌でも思い出されてしまうあの光景。
「ォエ…!」
小さく嗚咽を漏らし、再び小虎は吐きだした。
「(ルフくん、ここは一度引くでっす。正直、小虎ちゃんを抱えてだと分が悪いでっすから)」
俺は呼吸をするのがやっとの小虎を一瞥し、ナリの提案を受け入れ一度セラとフタの待つ場所に向かった。
「そう、でしたか」
村の入り口から少し離れた所で野宿の準備をして待機していたセラとフタに、見て来た事をありのままに伝えた。
余程腹に据えかねたのだろう。
2人は俺やナリの話を聞くと、血相を変えつつもどうにか普段通りの口調で会話をする努力をしている風だった。
「小虎には辛いものを見せてしまったな。こっちで少し休むといい。多少は気分が良くなるだろう」
そう言うとフタは小虎を優しく介抱すると、横にして身体に布をかけた。
「で、どうしまっす?
ルフくんがウェルァフ村を通らずに王都へ向かうのなら、あの魔物達の討伐は王都の人達に依頼が出来まっすけど」
各々が適当な場所に焚火を囲むようにして座り、今後の方針を決める為に話し合いを始めたのはいいが、正直どうすればいいかわからない。
俺としては、勿論故郷を見て回りたいしキャロを初めとしたみんなの墓を建ててやりたい。
だが、その為には人間を料理するような魔物と戦わなければならない。
小虎の占いの事もあるし、出来ることなら戦闘は避けたい。
「私は…本音を言えば今すぐにでもその魔物達を倒して、女性の仇を討ちたいです。ですが…」
「あぁ、そうだな。
私とナリも一度だけ術を使える魔物と戦闘した事があるが…
アレは二度とゴメンだな。まだ知能が低い魔物だったからどうにかなったが…
もし、もっと狡猾な脳を持つ魔物だったら、私たちはここにいなかっただろう」
自分の右肩を、ぎゅっと掴み身体を震わせる。
フタの隣に座るナリも同様に腹部を抑えていた。
余程辛い戦いだったのだろう。
もしも、ウェルァフ村に陣取る魔物達の中に狡猾で術を使える種類がいたら…
そう考えるだけで足腰がガタガタと悲鳴を上げた。
「ですが、私たちの隊長はルフトさんです。なので、私たちはルフトさんの指示に従います」
静かに、けれど確かに、怒りと遣る瀬無さを内包した強い力を言葉にしたセラ。
分かってる。
俺だってあんな下衆共を許せる訳がない。
だから、だから…
「ナリ、フタ、小虎、セラ。悪い、ちょっとだけ俺の我儘に付き合ってくれ」
気がつけば視線はみんなの顔から地面の自分の足先へと変わっていた。
「まてまてまて!君が頭を下げる必要はない!
も、もし君がそう言わなければ、私たちはここで隊を解散していたところだ。だから気にすることはない!」
「そうでっす!
あんな酷いものを見せらても黙ってられるような腑抜けなら、僕が引導を渡してたとこでっすよ!」
「私もお二人と同意見です。というか、伴侶的権限で無理くりにでも戦闘に引っ張りました」
セラもフタもナリも、口々に賛同して来れた。
ただ1人。
「オレは…イヤだ」
こいつを除けば。
「オレはイヤだ!ここを迂回して王都へ行こう!
距離も大して変わらないし、何よりも安全だ。この村のことは王都に着いたらそこのギルドに依頼を出しておけばいい。
だから、あの魔物達とは戦わないで欲しい!」
小虎は、横になったままそう言った。
その身体は布の上からでもハッキリとわかるくらい震えていて、押して仕舞えば今にも粉々に砕けそうだった。
「忘れてないよな?オレの術で視た事…
【王都に着いた時に1人か、あるいは2人がそこにない】って光景だ。だから…」
一気に捲し立てると途端に口籠った。
「だから…その…」
自分を守るかのように身体を丸め、それ以上の言葉を続けられずにいる。
「それなら」と、誰かが小さな声を上げる。
「言いづらいなら僕が。小虎ちゃんが心配してること。
それは、ここで誰かしらが死ぬんじゃないかって事でっすね?」
未だ横たわる小虎の背後に寄り、ナリは優しく語りかける。
「でっすが、小虎ちゃん。
僕たちは強いでっす。忌憚なく言わせて貰えば、負けることはそうそうないでっす。
何たって、ドラゴンを倒した人もいるんでっすし…
あの時は不覚を取って僕たちはやられていましたが…でも、僕たちを信じて欲しいでっす」
普段のように明るく快活に言い切るナリ。
僅かな沈黙の後、小虎は弱々しく頷くと共に俺にだけわかるように縄を引っ張った。
「よし、まとめると作戦はこうだ。
ナリ、フタ、セラで魔物達を撹乱する。この時、絶対に三人とも同じ動きをしない。同じ動きになれば混乱は酷く短い時間になってしまうからだ。
兎に角、バラバラの動きをして欲しい。この時、現状を把握しようと動く魔物が隊長格だ」
『魔物達を倒すためには作戦を立てるべきだ』とフタから提案があり、作戦会議を開いて約20分。
いくつか上がった案の中から、最も効果的で且つ安全と思われる作戦が固まりつつあった。
「混乱状態になった雑魚魔物達には俺が術を掛けて、上手くいけば自害になるよう仕向け、ダメでも行動不能くらいにはしてみせる。
隊長格と思わしき魔物はまずは、三人でどうにかしていてくれ、雑魚処理が終わり次第俺も加わる。
…個人的には、余裕があれば雑魚達も倒してくれると助かる。けど、あの数の魔物を率いる頭となると1人2人じゃ太刀打ちできないかもしれない。だから、本当に余裕がある時か、俺が死にそうになっている時以外は3人で隊長格を相手してくれ。作戦決行は明日の夕暮れ時。それまでに全員の配置を決める。
これでいいか?」
寝てしまった小虎を除く全員に同意を求めると、まばらに頷き作戦がここに決まった。
隊長格、アレだけの魔物数ともなればまず間違いなく存在するだろう。
十中八九隊長格はあの強光の中心部、発光地点にいるだろうが…
姿が確認できなかった以上、何とも言えない。
けれど、いないと思っているよりはいると考えて行動しておけば、万が一にも不意を突かれた時に素早い対処が出来る。
「えぇと、その、一ついいですか?」
何か言いづらそうに、おずおずと手を挙げるセラ。
「どうしたんでっすか?」
「いえ、何というか…この作戦に名前をつけたいなぁ、と思いまして」
作戦名…?
別にいらないんじゃ無いか?と、言おうとするとほぼ向かい側に座るフタが急に立ち上がり。
「良いな。是非名前をつけよう!何が良いかな…
そうだ![作戦・誘惑の多段撃]なんていうのはどうだ!?」
と、妙に元気一杯で名前を考え出した。
「えぇ〜、かっこ悪いでっす」
ナリがぴしゃりと一刀両断する。
「んなっ!?!?!?
そ、それなら何が良いというのだ…?」
顔を真っ赤にして反論するフタを横目に、ニヤリと笑みを作るナリ。
「そうでっすねぇ…
[作戦・混眠撃]と言うのはどうでっすか?」
「ぬぅっ!?わ、悪く無いじゃ無いか…
しかし、やはり私の方が若干僅かにほんの少しだけ良いような気がしないでも無いのだが…」
否定されて怒っていたフタはどんどん尻すぼみに自信が薄れていく。
思った以上にナリの作戦名が良くて、自分の考えた作戦名が少しだけ恥ずかしくなったのだろう。
「ま、待ってください。私の作戦名も聞いてく…」
「ダメだなぁ、俺の[作戦・幻影波状攻撃]に比べたら2人ともまだまだ、ダメだ」
ん?今誰か話そうとした気がしたが気のせいだろうか。
「「かっこ悪い(でっす)」」
「そんなぁ!?」
フタとナリに同時に否定されて心が折れそうだ。
「だから、[作戦・誘惑の多段撃]がだな」
「いや〜[混眠撃]でっすよ〜?」
「まてまて、[幻影波状攻撃]が1番かっこいいだろうって」
「「「それは無い(な・でっす・です)」」」
「今度はセラまで!?」
やがて、作戦会議はぐだぐだになり出す。
誰も何故言い合いが始まったのかがわからなくなった頃に眠れる虎が鎌首をもたげる。
「うるさーい!作戦名なんでなんでも良いだろ!
[作戦・影討ち]でいい!わかったら眠らせてくれ!」
小虎の怒声で我に返った俺たちは、少し頬を赤らめた後に「もう、寝ようか」と言うフタの言葉で床に就いた。
「あっ…結局私、名前の案を出せてません…」
隣で思い出して口惜しそうに呟くセラの肩に俺は優しく手を置き眠りについた。
陽は昇り、まさに早朝といった時間。
地に伸びる影が三つ、歩を進めていた。
「村の近辺に偵察へ来たのは良いのですが…」
今日こそは絶対について行くと言って聞かないセラと繋がれた小虎と共に、昨晩通った道順から魔物達を偵察しに来た俺たち。
昨日のように魔物が強光を放っているのか視認出来ない為、どこにいるか見当がつけられず、若干の焦りがあった。
ようやく村の中心を覗き見ることが出来る例の家へとたどり着いた。
「流石に静か過ぎないか?」
おもむろに呟く小虎。
「確かに…あの魔物達が村に住み着いているのなら、この家に向かっている途中で一匹くらい姿を見でもいいはずだ」
思い返しても顔はおろか尻尾のようなものすら見た覚えは無い。
「夜行性…では無いでしょうか?」
セラの見解は間違いないだろう。
だとしても、これ程村全体が静寂なのはおかしい。
以前町のギルドで読んだ資料には。
〈小鬼型の魔物は知能が非常に低く又、喉の発達が人とは異なる為人語による会話は不可能。更に異様な発達をした喉から発せられる、俗に言うイビキは非常に大きい為半径10メートル以内に存在する場合はまず間違いなく聞こえる〉
と書いてあった。
この事から、村付近の少なくとも半径10メートル以内に昨日見た紐を引く小鬼達は存在しない事になる。
「どう言う事だ?魔物達はウェルァフ村に住み着いてるわけじゃ無いのか…?」
「…もしかしたら!」
「いででッ!な、なんだよ小虎?」
「え、あ…ごめん。驚いちゃって…」
急に声を上げたセラに驚いた小虎は思わず縄を引いてしまったらしく、バツの悪そうな顔をして俯いた。
「そうです。思い出しました!」
「何を思い出したんだ?」
フタは興味深げに尋ねる。
「はい。私がまだ冒険者の資格を持つ前の時、母と父から聞いたことがあるんです。
『世界には夜にしか姿を表せない魔物がいて、その魔物達は常に姿形のある魔物よりも力強く残虐的だ』って」
「それなら僕も聞いた事があるでっす。
他には確か…『姿が消えている昼間は寝ているのと同じ』とか何とかって」
「へー、そんな魔物もいたのか。初耳だ」
頭が良く術を使える魔物がいる。とは当然聞いたことがあったが、そこまで特殊な部類がいるなんて夢にも思わなかった。
「では、陽の昇っている間は戦うことができないのか?」
「まぁ、そうなりまっすね〜。
最低でも地平線に太陽が半分くらい隠れないと出て来ないと思いまっす」
ナリの見解を聞き、頷くセラ。
「なら、やりやすい。
早いところ潜伏場所を見つけて用意しておこう」
俺の言葉を合図に各々が動きやすそうな場所を探しに家を離れて行った。
太陽は地面の底に消えかけ、夜の闇を照らす月が昇り始めようという頃。
最後の打ち合わせを終えた俺たちは所定の位置へつき、魔物達が姿を表すのを待っていた。
徐々に徐々に辺りが黒に塗られ始めたかと思えば、いつの間にか世界は地底の底に落とされたかのように真っ黒く染まる。
(今日は出ないのかな)
呟く小虎に呼応してただ一点が真っ白く変異する。
それは唐突に、不意に、突然に放たれた光だった。
「うあっ!?」
「まぶし…ッ!」
夜間でも行動できるように変化していた眼球はそのあまりの強光に視力を奪われる。
ーーないでーー
軽い頭痛と吐き気、灼けているのかと勘違いするくらいに激痛の走る目玉。
ーーあけ…でーー
身動きの取れずにいたのはおよそ2分。
ーーあけなーー
その僅かな時間の間に微かな…
ーー開けないで!ーー
「おい!ルフト!なんだよアレ、聞いてないぞ!?」
声が聞こえた。
今までに無い荒げた声と共に激しく肩を揺さぶられ俺は反射的に目を開いた。
「どうした!?」
「どうしたもこうしたもあるか!昨日ここにいたのは魔物だったよな⁉︎」
今にも泣きそうな顔で怒声を上げる小虎に両肩を強く掴まれて、一瞬肩が外れるかと思った。
「い、痛いって!
…確かに昨日見たのは小鬼のような魔物だったけど。それがどうしたんだ?」
「アレ見てみろ…
昨日と同じ場所にいるのは、昨日とは違うバケモノだぞ…」
「なんだと?」
言われるがままに破壊された窓から村の中央を覗き見る。
そこでは昨日と同じ料理が行われていた。
今日の主菜はどうやら10代前後の小さな男の子で首と両足首が紐で繋がれていた。
「違います、見るのはあの子じゃありません。その周りの…」
いつの間にか傍に寄って来ていたセラが指で指し示す方向を見ると、そこには小鬼のような魔物がいた。
「どう言うことだよあれ…!!」
「オレが聞きたいくらいだよ!
昨日見たときは間違いなく小鬼とか純然な魔物だった。なのに、なのに今目の前で虐殺を愉しんでいるのは…人間だ!」
そう、村の中心には昨日の魔物達はいない。
いるのは俺や小虎やセラ達と大差のない人間だ。
二本腕、二本足、胴体に頭に頭髪。
その全てが人間で、その全てを使って幼い男の子を料理しているのだ。
薄汚い笑みを浮かべ、下卑た唾液を緩んだ口元から垂らす。
人間が人間を料理、否、虐殺すると言う有り得てはいけない光景を俺と小虎は、恐らくはセラもフタもナリも皆、直視出来ていない。
何故かは分からない。どうしてなのかも理解出来ない。
昨日見たモノは幻だった?
いいや、それは違う。断じて有り得ない。
自分一人ならまだしも、他に二人も同じ光景を見ていた。
なら…ならどうして…
あそこには。
野菜を売っていた爺さんがいる…
魚を釣っては分けてくれていたおねぇさんがいる!
どうして…俺の母がいるんだ!!
「…フト!ルフト!おい、戻って来い!」
「!!」
激しく揺れた視界の先には心配そうにこちらを見ている小虎がいた。
「さっきからどうしたんだ!外見てみろ、もうみんなが作戦を始めてるぞ!」
されるがままに破壊された窓から外を見る。
「くっ!やり辛いッ」
「全くでっす!まるで犯罪者にでもなったみたいな気分でっすよ!」
「これじゃあ術を使おうにも使えません!!」
三人は作戦通りに動いていた。
相手が人間のカタチをしているとわかると、術を使わずにそこら辺にあるモノで気を引いている。
砂や砂利、或いは石や木の枝なんかを使って。
「悪い!少しぼうっとしてた!
もう大丈夫だ、小虎はここの窓跡限界まで体を寄せといてくれ!少しでも俺の動きが制限されないように!」
叫びながら体は既に外へと向かっていた。
『わかった!…死ぬなよ』
窓跡から身を乗り出した辺りで、背後から小虎の声が聞こえたけれども…正直なんと言ったかはわからなかった。
今はただ、そこで無様に恥を晒す肉親を、知人達をどうにかして救う事だけしか頭になかった。
「おい!本当に隊長格はいるんだろうな!?」
「これだけの数の魔物…いえ、人ならざるヒトを従わせているのなら、居て然るべきです!」
「僕もそう思いまっす!
というか、今はそれどころじゃないと思いまっすよ!?」
「悪い!すぐにみんなを助けるから!待っててくれ!」
街の至る所から仲間達の声が聞こえる。
奇襲から五分。
未曾有の大混乱も着々と鎮静へと向かい、早いモノだと標的と定めた俺達の誰かを攻撃するために後を追うようになった。
それを瞬時に理解したフタが村の端へと駆け出し、意図を理解したナリが、セラがと後に続く。
そうして上手い具合に4通りにモノがバラけ、俺は今抱えられる最大の数を相手に術をかけようとしている。
「くそッ!こっちを見るな!
お願いだ…そんな目で見ないでくれ!もっと、殺意を込めた眼差しを向けてくれよ!!」
彼女らの目は確かに語っていた。
【おかえり、また一緒に暮らそう】
その様に見えて仕方がなかった。
八百屋の倅やお向かいさんで3つ下だった娘のリーラ。
イタズラをしてはよく握り拳を頭に叩き落としてきた酒店のゴゥアさん。
他にも見た顔が2ついたが、彼らはもう全く違う別のモノなのだろうか…姿形は殆ど変わっていないにも関わらず何故か薄暗い靄がかかって見える。
「くそぉぉお!!!」
もしも、過去の記憶がなければ、きっと、割り切って倒すことができただろう。
けれど今は違う。
どの顔も記憶にある。
確かに想い出が巡っている。
ゴゥアさんには酒造で隠れんぼをしたことがバレて、何度も頭にコブを作られた。
八百屋の倅さんにはよくオマケをして貰っていた。
リーラは俺が好き、だなんて噂も聞いた事がある。…結局、嘘か本当かはわからなかったけれど。
そんな人達を、人だったモノ達を割り切って殺せと言うのは、少なくとも今の俺にはできない。
けど、けど…
「ルフトさん!」
「わかってる!待っててくれセラ!」
どこからともなく声が飛んで来る。
詰まる所彼女らの視線に込められている思いに意図は無いのだろう。
ただ、こちらを見ているだけで、
そこに意味を見出しているのは単なる俺の思い込み。
[こうあってくれ]
そんな自己中心的なものが及ぼす心理的な作用でしかない。
であれば、その心理作用に上書きしてやればいい。
割り切る割り切らないなんてのは理性が働いている証拠だ。
それよりも上の位置で【幻影】をみせて仕舞えば、途端に理性は格下の命令権限しか持たなくなる。
「スーーー」
大量の空気を肺に送る。
心拍は落ち着き、自ずと気持ちが落ち着く。
「よし」
人差し指の先で自分の顳顬に触れる。
[モノに感情はない]
脳に流れ込む絶対的命令権を持つコトバ。
するとどうだろうか。
さっきまで俺を思いやる気持ちで溢れている様に見えた眼差しからは、今はもう殺意しか感じ取れない。
人間というのは不思議なもので、今まで思い込んでいた事がふとしたキッカケで跡形も無く崩れ散ってしまう。
俺はそれを、自分を対象に行った術の時のみ実行出来る。
けれどもそれはあくまでも理性を越えた命令権を持つだけであり、その他の考えが消える訳では無い。
要するに、あと1人捕まれば沈む木の切れ端に掴もうとする人を蹴落として他の数人を助ける時、の心持ちだ。
モノ達は俺を押し潰そうと雪崩のように身を寄せて来る。
しかし、今の俺は[苦しいから逃げよう]という思考が行動に移されることは無い。
「それじゃぁ…また…」
感情の無い声で別れの挨拶を済ませると、最も近くにいたゴゥアさんだったモノに右手を向ける。
僅かな時間もかからずにゴゥアさんはその場に倒れた。
同様に今度はリーラに術をかける。
「もう一度くらいはお前と隠れんぼをしたかったなぁ…」
無機質に語る口とは裏腹に心奥では或る日に想いを馳せていた。
リーラは、倒れるその直前にほんの少しだけ、それこそ見間違いだろうと疑う程にほんの僅かだけ、口元を緩めて地面に倒れ込んだ。
ーーーせめて、例え魔物が化けているのだとしても、せめて…あの日の記憶の中で。
押し潰した気持ちで、そんな事を考えて。
不意に身体が右に引っ張られる。
きっと、小虎が縄を引いたのだろう。
………。
「こっちは終わったぞ!他のモノも連れて来い!」
声を張り上げると、先ずはナリが連れてきた。
「お願いでっす!」
ナリは言いながら地面に掌を押し当てると背後にいるモノと俺を囲むように円形の灼炎を創り出した。
「バラバラにならないようにしたでっす!
後は大量の水をかけるか、僕が任意で解くまでは燃え上がったままでっす!」
そう言うと地面から掌を離し、近くの民家の屋根上に飛び乗った。
「有難い!」
灼熱に身を攀じるレーさん、ウルサ、オウラ、ガルーネさんに手を向ける。
肺の焦げる程熱く苦しい灼けた空気を吸い込むんで、ゴゥアさんやリーラにしたように術をかける。
僅かな沈黙の後、レーちゃんとオウラは揺らめく炎の中に消え、ウルサとガルーネさんは頭を叩きつける勢いでその場に倒れ込んだ。
四体のモノ達が行く末を見終えたナリは灼炎を風と共に消すと、こちらを一瞥してセラか或いはフタを呼びに地へ降りた。
灼炎の消え上がった後を見ると、火力そのものか持続時間か、何が足らなかったかは定かでは無いが燃え残ったモノがそこに横たわっていた。
表情が読み取れるほどに形は残っていない。
【ヒトの形をした木炭】
というのが正しい表現だろう。
やがて風が弱まると辺りに酷く鼻をつく臭いが立ち込める。
ヒトの…モノの灼けた臭いだ。
嗚咽を漏らしそうになる口を抑え、人差し指を鼻に当てる。
[臭気は煩わしいものでは無い]
思った通り、こうすればなんて事は無い。
生物が焼けた時に立ち上がる匂いでしかない。
とは言えいくら分からなくなったとしても、深呼吸をする気にはならないが。
『ルフトくん!』
奥の民家裏からフタの声が聞こえる。
と、同時に濁流のような音が響く。
気づくと目の前は薄い水溜りと泥濘んだ泥の足場、そこでドロドロになったモノ達が五体、痙攣するようにして蠢いていた。
『そちらに送ったモノで私の受け持った数は全てだ!すまないが、宜しく頼む!』
「わかった!
二人は行動を共にしてセラのとこに行って、モノをここに連れて来るように言ってくれ!」
『『了解した(でっす)!!』』
小気味好い返事を確認して、目の前で如何にか身体を起こしたレィム、ルナーフさん、ホルハー、ケイ…ケイム、ア…。
ーーいいや。もう、いいか。
俺は、無意識に呼び起こされる名前達を術で脳裏の奥の奥に押し込めて、モノ達に手をかざした。
「ルフトさん、私を追いかけて来た人…だったモノは、どうにか倒しました」
水溜りが消えるくらいの頃、セラは俺の下まで寄り現状を報告してくれた。
「…そうか、ありがとう。気には、しないでいいんだ」
俯き、両手で胸の中心を強く、硬く、握るセラにかけられる言葉はそれくらいしか持っていなかった。
気がつくと辺りは薄靄が張り、上を見れば煌めいていた星空は姿を隠して、穏やかな蒼さが広がっていた。
「…これは」
何も、理解出来ない。
むしろ理解を拒む、そんな声。
「どうした!隊長格は!?」
立ち尽くすばかりのフタとナリのところまで駆け足で近く俺とセラと小虎。
「見てください。ここにはいくつもの人間の骨があるでっす。
大人から子供まで様々な大きさ、あらゆる部位の骨が。その中で、いくつかの骨が明らかに他のものと違うでっす」
「見てくれって…
わるい、オレちょっと向こうに行ってる」
両手で顔を抑えると小虎は近くにあった、妙に新しい民家の中に入って行った。
「小虎さん、大丈夫でしょうか…」
「暫くは、どうだろうな…
けど、彼女だってこんな時代に生きてるんだ。立ち直り方くらい知ってるはずだと思いたい」
フタはセラの心配に答えると、再び元の位置に意識を向ける。
そこには確かに無造作に投げ積まれている白い物がある。その幾つかに、他のとは大きさも太さも色味も違う骨があった。
「私達の住んでいた里には幾つもの魔物に関する文献があったが、こんな骨は見たことが無い」
「僕もでっす。
ここにある人の骨はみんなが知ってる通り白い色のものが大半です。一部色が変わっているものもありますが、これは風化や劣化などの影響と思われまっす。
…けど、このあからさまに太い骨。 色は濃い深茶色のコレは、太さだけなら一ツ目巨人、色だけなら小鬼の亜種に同等のものを持つ種類がいます。
ですが、フタの言うように両方の特性を持ち合わす骨は初めてでっす」
そう言うと二人は、どこからともなくとりだした布製の手袋を手に填めて鑑識を始める。
「す、凄いですね。
何の骨なのか分からないのにガンガン触っていきま…あ、今匂いを嗅ぎましたね」
「嗅いだな。凄いな。
アレか、あの二人の故郷ではああやって何の魔物かを調べる仕事でもあるのかな」
いい加減に自分へかけた術も解け始め、普段通りに理性を働かせることが出来るようになり、微笑んで返す事ができる。
「もしそうでしたら、里の方達に是非お話をお伺いしてみたいですね」
同様に微笑んで答えるセラ。
…よかった、誰もいなくならなくて。
正直なところ小虎の八卦の術を気にしていた。
小虎の占いは本当によく当たるから、もしかしたらと言う気持ちもあった。
しかし、今はこうして笑っていられる。
小虎には悪いが、外してくれてありがとう。と言いたい。
「ん?」
フタとナリの鑑識風景をセラと眺めていると、急に左へ身体が傾く。
思わず目を向けると、巻かれている縄がピンと張っている。
「どうした小虎。何かあったのか?」
言葉を投げながら縄で繋がれた小虎がいる民家の中へセラと向かう。
「ルフト…これ…」
民家の中に入るとそこは、見える限り壁以外何も無い部屋だった。
椅子の残骸や壊れた卓子、それどころか台所も何もない。
そんな部屋の端から弱々しい声が聞こえる。
「どうかしましたか、小虎さん?」
心配気に語りかけながら小虎の近くに寄るセラは、途中で止まり大きく息を飲んだ。
「ルフト、セラ、ここにあるのってもしかして…」
そう言って手に乗せた物。
丸の中に[ゴ]と書かれた底の無い酒瓶だった。
「ルフトさん、他にあちらにも…」
セラに言われるがまま視線を向ける。
そこには、何かが積まれていて山になっていた。
1つは農作業に使える鍬、1つは可愛らしい花柄の手拭。
他にも数多くの、それこそここにいる五人全員の指では数え切れない程に沢山の【遺品】があった。
「これも、これも見覚えがある…!これもだ!」
俺はその場に屈み、まるで砂山を崩すかのように積まれた遺品を物色する。
どれもこれも血や泥が付着し、中には少し触るだけで壊れてしまうもの、変色しているもの、変形しているものもあった。
そうしてその中には、当然のように母の愛用していた櫛や父の使っていた剣も見つけた。
「ルフトさん…」
「ルフト…」
二人が近くで気を揉んでいるのが伝わって来る。
きっと、何を言えばいいのか言葉に詰まっているのだろう。
「どうしたんだ二人とも?そんな暗い雰囲気を出して」
俺は、今できる精一杯の明るい声と共に立ち上がった。
「早くこの遺品達を向こうの骨と一緒に埋葬してやろう。せめてもの弔いくらいにはなるはずだからさ」
二人は一瞬呆気にとられていたが。
「え、ええ、そうですね!
でしたら、フタさんやナリさんも呼んでみんなで弔いをしましょう!」
「そうだな!それならオレが呼んで来るから、ちょっと待ってろ!」
と、空元気を振り絞って応えてくれた。
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「さて、花もお供えした事だ。ひと眠り、と行きたいところだが…
ルフトくんには悪いが、流石にこの村で休息を取る気にはなれない。
少々辛いがこのまま王都へ向かう事を私は提案したい」
「私もそれが良いと思います。小虎さんはちょっと辛いかもしれませんが…
眠くなればきっとルフトさんがおぶってくれますから、大丈夫ですよ!
ね、ルフトさん?」
「ん?ああ、そうだな。
正直、小虎には刺激の過ぎる事ばかりが起きた。だからまぁ、その、なんだ。
…今からおぶっても良いぞ」
「なんだそれ、気持ち悪いな」
などと憎まれ口を叩きながら俺の背に身体を預ける小虎。
俺が立ち上がり少しすると、耳元に寝息が聞こえた。
「っと、そうだ。行く前に寄りたいところがあるんだけど、良いか?」
「勿論だ。そもそも、そのために寄ったのだしな」
「でっすね。
…アレでっしたら、僕たちはこの辺で待ってますけど、どうしますか?」
一瞬だけ目線を逸らしたナリはそんな事を言った。
気を使ってくれてるのだろう。
「ああまぁ、そうして貰えると嬉しいが…
やっぱり、近くまで来てくれないか?もしまだモノ達や、それこそ魔物が出たりしたら感傷に浸る暇もないしな」
「そういう事でしたら。
それに、小虎さんも一時的に預からないといけませんからね」
「ま、そんなところだな!」
そうして俺たちは、村の外れにあるキャロとの思い出が詰まった家へと向かった。
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「ここが…」
見上げるわけでもなく、然りとて平原を見渡すわけでもなく。
そこには、俺が村を出て行った時と変わらない姿形のままをしたボロボロの小屋が建っていた。
隙間風の多そうな壁や、雨漏りのしそうな屋根。窓枠の半分に薄板を貼り付けもう半分に…色味は増しているがあの頃と同じ不清潔な茶色をしたボロ布を掛けたままだ。
「ただいま」
第一声はそれだった。
村に帰って来た時にすら出てこなかった一言。
それだけキャロと過ごした時間は俺の中で多くを占めているのだろう。
と、突然キャロの小屋から物音がした。
瞬間に張り詰める緊張の糸。
俺は素早く慎重に背負っていた小虎の口元を軽く押さえる。
フタはナリに目配せをすると頷き、ナリは殆どの音を立てず小屋の玄関まで早足で向かった。
そろりそろり、とナリは小屋の中を覗き見る。
その間にセラは、いつでも雷の術を使える準備を整える。
やがてナリは小屋に突入する。
僅かな沈黙の後、ナリの声が上がった。
『大丈夫でっすか!?』
その声をきっかけに、俺たちはナリに続くようにして小屋の中へと入って行った。
するとそこには。
「よ、よかったぁぁ…!!!
アイツらに喰われるところだった…
助けて下さいありがとうございます!」
どこか軽薄な印象を与えるこの声の主は。
「お久しぶりです皆さん!
覚えてますか?私です、ラルですよ!」
数日前に会ったばかりのラルだった。
to be next story.
今回はいつにも増して話が長かった事とおもいます。
気のせい?そんなぁ〜。
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それでは、次はもっと早く話を描こうと思うので、どうかよろしくお願いします。
最後に、遅れてごめんなさいでした。