表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/80

俺とみんなととある悪魔と

あけましておめでとうございます。(今更感)

大変遅くなり申し訳ありません。ようやく描き終わりました。

どうぞ、お愉しみ下さい

「遅いな…」



小虎ちゃんが溜息を吐く様にして口にする。


「にわかには信じ難いが本当に道があったのだろう」


顎に手を当て地図を見ながらそんな事を言うフタちゃん。


「ルフくん、大丈夫でっすかねぇ…」


膝を曲げて屈み込んでいるナリくんは心配している為か、落ち着きなく地面に絵を描いている。

この絵は…恐らく犬だろうか。


「でも、おかしいですね。かれこれ十分は立っていますよ?


なのに、縄は常に張っていて合図が送られて来ません」


ルフトさんとした約束事は一つだけ。

目的地に着くか、危険だと思ったら、引き返す時に縄を引っ張る事。

縄が張り始めたのは入ってからニ、三分後。だと言うのに、未だに合図は送られて来ない。


「確かにおかしいな。しかし、単にいつでも合図を送れる様にしているだけでは無いのか?」


さっきと変わらず地図と正面の森に、にらめっこしているフタちゃんが言う事もわかるのだけれど、何と言うか…


「フタの言う事もわかるけど、いやぁな予感がするんだ」


小虎ちゃんも私と全く同じ感情を抱いているらしく、手首につながれている縄を強く握っている。


「ふむ…しかしな…え?」


「どうかしたんでっすか?フタ…いっ⁉︎」


何かを言おうとした二人は突然語尾を跳ね上げる。

それに驚いた私は、放心状態で地図を手放したフタちゃんに視線を当てた。

彼女の視線は目前にある森に向けられている。

釣られるようにして森の方を見ると、そこには馬車が二輌、並走状態でも難なく通れそうなくらい広く果てが見えない長過ぎる道があった。


「え…なっ、こんな道ありましたか⁉︎」


思わずそんな事を叫んでしまう。


「冗談、こんなものさっきまでありませんでっしたよ」


「これは、下手するとルフトさんは…」


冷や汗を流し不吉な事を言うフタちゃんの隣で、いつの間にか立ち上がったナリくんはゴクリと喉を鳴らす。

下手すると…そんな事は考えたく無い。考えたくは無いけれど、ここまで大きな道を森として偽視ぎしさせるのは並の術じゃない。それにそうまでして侵入者を拒むと言う事は、森の奥に隠れている術使いに対しての敵意の有無に関わらず侵入者は攻撃対象になるかも知れない。

そうなって来るとルフトさんは既に…


『その心配は無いぞ。臆せず眼前の路を通るが良い』


「「「⁉︎」」」


最悪の事態を想像していた私の元にどこからとも無く声が聞こえてくる。

いや、これは耳を通じてじゃなく直接脳に響いる?

と言う事は…


「みなさん、今の!」


「頭の中に直接声が聞こえた…!」


「私も同じくでっす」


「(きゅ〜〜)」


どうやら私以外のみんなにも聞こえているらしい。

全員に目配せをすると一様に冷や汗を流している。

当然私もで、首元が気持ち悪い。

ナリくんもフタちゃんもルフトさんを助けに行きたいのだろう。それはもちろん私も同じ気持ちだ。けれど、ドラゴンを命辛々とは言え討伐したルフトさんを、憶測でしかないけど倒したかも知れない相手だ。

そんな相手に勝てるのだろうか?とみんな考えている。

ルフトさんを助けに行かない、という選択肢は誰も考えてはいないだろう。

けれど、その想いだけで敵地に赴けばルフトさんを助けられず、敗走か運が悪ければ全員が死ぬ。

どうすればいいのだろう。さっきの声はまず間違いなく私たちを欺いた術使いだ。となれば、あの誘いは罠に違いない。そして、声を脳に響かせて来た時間が一番の問題。ルフトさんが森に入ってから十分以上の時間が経っている。と言う事は…


『足りぬ頭で何を思案しているのか。ぬしらの愛する者は我がはうすで寝惚けているぞ』


「「「なっ⁉︎」」」


再び脳に流れ込む声に全員が声を上げた。

あ、愛する者って…いやいや、今はその事はどうでもいい。

何かしらの理由で眠っているのだとしても、ルフトさんが無事な事はわかった。この事実は、つまり侵入者に対して術使いは敵意を持って無い、と見れる。


「…なら」


沈黙の中、最初に声を発したのはフタちゃんだった。


「なら、返してもらうぞ」


勇ましく言い放つと地面に接した縄を目印に森の奥へと進む。


『ルフトの連れ合いならそう来なくてはな。

そうそう、いい加減にそこで目を回している者に手を貸してやるのだぞ?』


「何を勝手なっ…って、小虎ちゃーーん⁉︎」


いきなり大声で叫ぶナリさん。

思わず声の方を見るとそこには、右手で縄をしっかりと持ちながらも大の字で倒れている小虎ちゃんがいた。


「ちょ、大丈夫でっすか⁉︎えっと、どうして気絶しているんでっす⁉︎」


側に駆け寄り抱き上げるナリさんは理解出来ずあたふたしている。


『全く、わしが力試しをと思いほんの少し術を使ったらこれなのじゃからな。そこな者は弱過ぎる』


溜息と呆れ声が頭の中で木霊こだました。


「そんな言い分は無いだろうに」


フタちゃんはそう言いながらも、一切の防備をしないで旅に出た小虎さんを庇うつもりは無いらしい。

ナリくんとは向かい側の位置でコツンコツンと未だ気絶している小虎さんを小突いている。多分、自業自得だと思っての行動だろう。

この状況を見ているのだろうか、脳内にはさっきと同様に響いている。

とても愉しそうな笑い声が。


「うぅん、助けて下さいルフトさん…」


私にはこの状況、辛いです。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


ギギギ…と扉の開く音がする。


「おぉ、ようやく来たか!…うん?なんだ、その者はまだ気絶しておるのだな」


その音に反応したねぇさんは喜びながら歓迎の言葉を述べた。

ねぇさんの言葉に呼応するように数人の足音が部屋に響く。

一体誰だろうか。

頭の中がぐらぐら揺れ、意識が覚束無い。

でも、今俺がどんな状況なのかはなんと無くわかる。

見た目こそ森に出来た路を進んでいた時と変わらないがその実、卓子の上で寝かされいるのだ。

どうしてこうなったのかもなんと無く覚えてる。

と言うより、何度も経験しているから分かった気になっている、と言った方が正しいかも知れない。

だからこそ言える。

誰だろうと構わない、部屋になんて入らず今すぐここから逃げてくれ、と。

などと声が出るはずも無く、部屋に入って来た内の誰かが小さくゆっくりと深呼吸する音が聞こえた。


「貴女が私達の脳内に声を送って来た術使いですか?」


聞き慣れた、けれどそれは普段の冷静なものでは無く冷酷な声が部屋に響く。


「さぁ、ルフトくんを返してもらうぞ」


ねぇさんの返答も待たず、次に聞こえて来たのは明らかな殺意を惜しげも無く晒す女性の声。

部屋の中に不穏な空気が漂い始める。


「ちょっ、私一人におぶらせないで下さい…って、ルフくん⁉︎大丈夫でっすか⁉︎」


これは…女性のようで女性では無い、そして、この場に似つかわしく無い活気のある声。

今の声のおかげで部屋の中に漂っていた殺伐とした雰囲気が幾分和む。

とは言え、僅か数秒の後にはまた空気が張り詰めてしまった。

それでも、俺が落ち着いて状況を飲み込むには十分な時間だった。


(…あぁそうか、俺からの合図が無かったから、みんな心配して来てくれたんだ)


ようやくの事で誰が来たのか理解出来た。

けれど、早くこの部屋…いや森の中から出て行って欲しい。

どちらかと言えば純粋な俺の仲間たちに、ねぇさん…もとい、ネフェンの相手は務まらないだろう。


「ん?なははは!まぁ、そう言うだろうとは思っておった」


実に愉し気に笑うネフェンは一呼吸置くと、仰向けで寝ている俺の腹部に優しく手を置く。


「さて、ならば少し悪役風に行くかの。うぉほん。…よくぞ参ったな。ぬしらの望む者は我が手中に在る。さぁ、持てるぱわあのことごとくでわしに挑むといい!」


先程までの艶やかな声が一変して重圧のある如何にも悪役然とした声で大仰に嘯くネフェンの威圧に俺の仲間たちは一瞬たじろぎ、半歩程後退りをする。

その姿を見て昂ったのか、ネフェンは右手を前に出し挑戦的な表情で口元を歪めた。

いつ誰が雄叫びを上げ火蓋を切って落とすか分からない。そんな状況下で真っ先に口を開いたのは思わぬ人物だった。


「むにゃ…ここは、どこだ?」


それは、雰囲気全てをぶち壊す呆け声。


「あ、起きましたか?小虎ちゃん」


緊張感のカケラも無い小虎の声を聞き、ナリは背から下ろした。

まるで、子供をあやすようなその動きを見たネフェンは弾けた笑声を上げる。

そこにいた仲間たちは呆気に取られ、絶えず続くネフェンの笑声に呆然と立ち竦んでいた。

ひとしきり笑い終えたネフェンは自分の腹部に手を当て目尻を拭う。


「やはりルフトの連れじゃな…いや、想像以上じゃ。ふむ、此奴は恵まれておる」


「それは…どう言う…?」


途切れ途切れに言うとネフェンは、フタの問いに気を向ける素振りもせず、深呼吸をする。


「よしよし、少し待っておれ?今、この間抜けを叩き起こすからの」


そう言うとネフェンは俺の耳元で二言、綴った。

途端に身体の縛りが解け、身を起こす。

卓子から降りた俺は一言も発せず、ただひたすらにフタの元へと歩を進める。


「ど、どうしたんだルフトくん…?す、少し近っ…いや、だいぶ近っ…ちょ、何をぉぉぉぉ⁉︎」


フタの短く切られたボサボサの髪が俺の頬をつつく。

幾ら男のような格好をしていても、女性は女性。一度抱きつかれて仕舞えばその柔らかい肌は誤魔化せない。


「な、何をしているんですかルフトさん⁉︎」


焦るセラの声が聞こえる。


「お…おい!ルフト、フタから離れろッ」


小虎がフタに抱きついた俺を強引に引き剥がそうとするが、微動だにする事は無い。


「積極的でっすねぇ〜」


後頭部で手を組みケラケラと大笑いするナリの声は、どこか他人事に聞こえる。


「くはっ…いやぁ愉快じゃ!実に愉快じゃ!」


後ろで腹を抱えて笑うネフェンの声は、最早部外者なのでは?と誤解してしまう程で。


「な、なんだっていいから、一旦離れてくれぇぇ!」


顔を真っ赤にして叫ぶフタの声は切実な思いが感じ取れた。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


「ほんっとうに申し訳ない!」


開口一番、俺はフタに土下座して謝罪した。


「い、いえ…いや、大丈夫だ。ただ少し、心臓に悪かっただけで…」


身体を守るようにして、自分を抱きしめるフタはいつにも無く弱気な声でそう言った。

これはまずい。

ああ言ってはいるが、フタはあれ以降俺の方をしっかりと見てはくれない。

それどころか部屋の隅まで、俺から目を離さず後ろ歩きで足早に遠去かってしまった。


「許すと思うか?変態野郎」


「ちょ、小虎さん。それは本物の変態さんに失礼です。この人は犬猫を住まいにするダニ以下ですよ」


遠去かるフタに向けていた視線を遮るようにしてセラと小虎が立ち塞がる。

恐る恐る二人の眼を見ると、そこには切れ味の良さそうな殺意が宿り、明らかに憤激した顔をしている。


「セラっちは中々辛辣なこと言うんでっすね〜。前回の事といい、怒ると人格が変化する感じでっすか?」


やめてくれナリ。

それ以上セラを刺激しないでくれ。

何故かって?

それは、セラの背後には目視出来るくらいに膨れ上がった怒りの波動が靄のように立ち込めているからだ。

さっきまでは仲間だったはずのみんながいつの間にか敵になっているのは何故だろう。


「小虎さん、この人どうしてあげましょうか?」


セラはゆっくりと真顔で小虎にそう問うと、小虎は腕を組んで悩みだした。


「う〜ん…そうだ!裸に剥いて魔物の渦中に放り込むってのはどうだ⁉︎」


「え」


今なんて言ったんだこのバカは。

俺にそんな事をすれば漏れ無く君も渦中に放り込まれる事がわからないのか。

しかし、いくら怒っているとは言え、セラがそこまで恐ろしい事をするとは到底思えない。

そうは思えないのだが…


「悪くないですね」


あれ?


「セラさん、止めないんですか?そうですか…」


どうやら相当頭にキてるらしく、小虎の提案を受け入れた。

心が痛い。


「なはははっ!腹がよじれるのう!」


土下座している俺を囲むようにして立っている二人の後ろで大声で笑うネフェ…いや、悪魔。

この悪魔、どうしてくれようか。

そもそも、何故俺がフタにあんな事をしたのか。

答えは簡単。


「しかし、ぬしらもいい加減許してやるのだぞ?」


やっと笑い終えたネフェンは腹部を抑えながらセラの肩に手を置いた。


「許せません!だって、フタちゃんにいきなり抱きついたんですよ⁉︎」


込み上げてくる笑いを我慢しているせいで上ずってしまうネフェンの声を聞いたセラは、怒鳴ると言うよりも何かを言いつけるようにして言い放つ。


「なはは!これじゃとわしの術のせいでああなった、とは口が裂けても言えんの!」


悪魔は腕組みをしてまたも笑う。

悪びれもせず、反省もしない。

瞬間に俺を囲んでいる二人と卓子の椅子に座っていたナリ、部屋の隅で壁に寄りかかって終始傍観していたフタの時間が止まった。

セラも小虎もナリもフタも開いた口が塞がっていない。


「おっと、口が滑ってしまったのう」


悪戯な笑みを浮かべて後頭部に手を当てるネフェン。

その声をきっかけに再び時間が動き出す。


「「「「それはどう言う⁉︎」」」」


みんなの声が重なり、家全体を揺らした。


「そっ、それはどう言う事ですか⁉︎えぇと…!」


「自己紹介が遅れたの、ネフェンじゃ」


「ね、ネフェン!オレでもわかる様に言ってくれ!」


「わしの声を相手に聞かせるとわしの言った通りになるぞ!」


ぬふん、と腰に手を当てて誇らしげに仁王立ちをするネフェン。


「「「「なにそれすごい!」」」」


再び家全体が揺れる。

俺がフタに抱きついた理由。それはネフェンの術にかかっていたからだ。


「この術にかかって仕舞えばたちまちわしの傀儡まりおねっとと化すのじゃ。なんとも便利であろう?」


ネフェンは言い終えると流し目で唇に人差し指の先を当てる。

そう、彼女の術はどんなに強い意志を持っている生物でも一瞬のうちで思い通りに動かせて仕舞うもの。

それは、俺の知る中で最も恐ろしく、最も敵に回したくない術だ。

…村の人達のとセラのくらいしか知らないけどな。


「つまりルフトさんは自分の意思でフタちゃんに抱きついたわけではない、のですか?」


ぷるぷると小刻みに震えてネフェンに問うセラ。

よく見ると右手で小虎と手を繋いでいた。

その小虎もセラに負けじとぷるぷるしている。

二人の表情から怒りは読み取れず、寧ろ怯えを感じさせた。


「ま、そうなるのう」


素知らぬ顔で言い切るネフェン。


「そうですか、それならまだ良かったです」


「そうだなセラ、本当にまだ良かったな」


ホッと息を吐いた二人は不自然に俺から離れようとするが。


「何がいいんだこんにゃろう」


勿論、逃しはしない。

俺は左右の手でしっかりとセラと小虎の肩を掴んで。


「怒ってないからこっちを見なさい」


優しくそう言った。


「その割には随分力を込めて掴むんだな…!」


「えぇと…痛いので離してもらえませんか?」


より一層ぷるぷると体を震わせ、声も上ずる二人は決して背後にいる俺を見ようとはしない。


「さっきは散々に言ってくれたな!もう少し信用してくれてもいいんじゃないかな⁉︎」


「「やっぱり怒ってる(じゃないですか)!」」


二人は俺の手を振り解くと、部屋の中を逃げる様にして走り回る。

何から逃げているのか。

当然、俺だ。

部屋を走り回る音とそれを見て笑うネフェンの声で騒がしくなりだした部屋。

その部屋の隅にいたフタは俺が『意図的に抱きついたわけじゃない』と分かると竦み上げていた肩を降し、胸の前で腕を組んだ。


「そ、そうか。それなら良かった」


溜息のように吐いたフタの元に素早くナリが寄って来る。


「そんな露骨にがっかりしない方がいいでっすよ〜フ・タ?」


ナリが微笑みを浮かべた。


「ガッカリなどしていない!」


半ば怒り気味でフタは返すがその顔はナリからすれば『ガッカリしている』ように見えるのだろう。


「えへへ、まぁそう言うことにしておきますか〜(いつまで意地張れるか見ものでっす)」


「理解してくれたか…って、何か言ったか?よく聞こえなかったのだが」


「いやぁ〜?別になにも言って無いでっすよ?」


惚けた風にナリが応えるとフタは「そうか」とだけ返し、騒ぐ三人を止めに入った。


ーーーー ーーー ーーーー ーーーー ーーーー


「ふぅむ、それでぬしらは王都に向かっておるんじゃな」


騒ぎは治り、部屋に居る全員が木製の卓子を囲んで背もたれ付きの椅子に座っている。

上座かみざに座しているのは、この家の主人であるネフェンだ。

俺はセラに逢ってから今日までに起きた事のあらましの要点だけをネフェンに話した。


「大方の筋に合点した。何故ルフトがここに辿り着く道を見破ったのかを、な」


溜息を吐いてからそう言ったネフェンは、少し考える風に腕組みをする。


「どうかしたのか?ねぇさん」


頬杖をつきつつ、何と無くねぇさんを心配してみる。


「ねぇさんじゃない、おねぇさまじゃ。何度言えば分かるのかのぅ」


ネフェンはもう一度溜息を吐くと一旦席を離れ、俺の背後にある奥の部屋に消える。


「あの、ルフトさん。少し気になったのですが、聞いてもいいですか?」


ネフェンが奥の部屋に消えて少ししてから、セラがおずおずと口を開いた。

丁度良い、ネフェンが戻ってくるまで話でもしよう。


「ん?なんだ」


そう返すと、セラは人差し指を立ててから質問をしてきた。


「でしたら1つ、ルフトさんとネフェンさんは御姉弟ごしていなのでしょうか?」


なるほど、セラは俺がネフェンの事を『ねぇさん』と呼んだから疑問に感じたのか。

いずれは話さなければならない事だし、良い機会だから説明しておこう。


「いや、違う。家族じゃ無いし、親戚でも無い。全くの他人だな」


そう答えると、今度はフタが肩の高さまで手を挙げて質問を投げた。


「それならどうして『ねぇさん』と呼ぶんだ?」


当然そう来るだろうとは思っていたが、これは説明が中々難しい。

上手く伝えられるといいが…


「そうだな…確かに血縁こそ無いが、ねぇさん…ネフェンは俺の師であり、ここまで育ててくれた恩人だ。

俺が初めてネフェンと言葉を交わした時、『わしの事をおねぇさまと呼ぶなら助けてやることもないぞ?』って言われてな」


そこまで続けて話を止める。

ネフェンの消えた奥の部屋を見たがまだ出て来る様子はない。

ここから先の話は、ちょっとネフェンに聞かれたくない。


「でっしたら、どうして『おねぇさま』と呼ばないんでっすか?」


すっかり話に聞き入っている三人はそのことに気づかず、早く先を話してくれと急かしてくる。


「悪い悪い。それで、まだ幼い俺は回らない口で『ねぇさん』と言ったらしいんだ。そしたら、ネフェンが急に俺の事を抱きしめてきて、見事に育てて貰えたんだよ。

分かったか?小虎」


「んぐッ!へ、へぇー。なるほどな!」


口元を拭い、大急ぎで聞いてた風の定を装う小虎。

話し始めてからすぐに寝たのは知ってるぞ。


「まぁ、要するにだ。あの悪魔も人並みの心を持ってたって訳だな」


ケラケラと笑いながら締めようとしたその時だ。背後に殺意を感じたのは。


「ほう?誰が悪魔なのか膝を交えて小一時間、みっちり話をしようかの?」


まずい、聞かれてたらしい。

途端に後ろ襟を掴まれて仕舞う。


「あ、あの!話をして欲しいと頼んだのは私ですからルフトさんの事は責めないで下さい」


セラは慌てて後ろ襟を掴んでいるネフェンの手を解こうと俺の後ろに回る。

しかし、術以外は普通の女性と対して変わらないセラでは力のあるネフェンの手を解けそうにない。


「なに、ぬしらは客人だ。多少の無礼は許せる。しかしな、この阿呆は腐ってもわしの弟子。弟子が粗相をしでかしたなら、それを正すのは家族か師匠かのどちらかじゃろうて」


微笑んでセラに語るネフェンは、更に力を込めて後ろ襟を掴む。


「おっと、ぬしらを客人と認識して起きながら下らぬところを見せてしまったのう。どれ、場所を変えるか」


言い終わるや否やネフェンは後ろ襟を掴んだまま動き出した。

俺は当然引き摺られる。

あれ?

俺引き摺られてるのか⁉︎


「いだだだだ!ちょ、ねぇさん?師匠?やめてくれー!」


「ねぇさんでも師匠でもない、おねぇさまじゃ!ほれ、暴れるでない!」


引き摺られ無いよう必死に暴れるが、ネフェンは意に返さない。


「ね、ネフェンどの⁉︎ルフトくんをどこに連れて行くつもりだ⁉︎」


俺の悲鳴を聞きフタが慌ててネフェンを止めに来るが、当のネフェンは歩く速さをほんの少し緩めただけで歩みを止める様子はない。


「これ以上の干渉は客人と言えど些か腹に据えかねるぞ?

…ぬしらは仲間じゃからのう、心配する気持ちはわからんでもない。じゃて、これより先はルフトとの話がある。そのついでに、少しばかり灸を据えてやろうかと思っておるだけじゃ」


ネフェンは口早に告げる。


フタは、これ以上何を言っても無駄だと分かると若干落ち込んだ風にうな垂れて、生暖かい視線を送っているナリの元へと帰っていった。


「む?なんじゃルフト、無駄な足掻きは諦めたのか?」


俺はネフェンの言う通り、暴れるのをやめた。

ただ、理由は諦めたからじゃ無い。


「まぁな。それよりも早く話をしてくれ」


ネフェンが二人で話したいと言う時、それは重大な用が無ければありえない。


「なはは!では、わしの部屋に行こうかのう」


朗らかに言い放つと、ネフェンは俺を引き摺りながら階段を上がる。


「ねぇさん、歩かせてはくれないのか?」


「おねぇさまと呼ばぬから嫌じゃ」


そんな会話を階段の下で呆然と見つめる四人の視線が痛かった。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


「さてと、お前は良い仲間を持ったのう」


ネフェンは俺を部屋の中に放るとドアを閉めながらそう言った。


「あてててて…まぁ、内半分は成り行きだけどな」


まだ少し痛む首元をさすりながらそう返すと、ネフェンは側にあった引き出しの多い戸棚を幾つも開け閉めしながら話し出した。


「じゃろうな。おぬしが親しいのは黒ずくめの娘と鍛治職人風の娘だけじゃろ」


これには少しだけ驚いた。


「よく分かったな、ねぇさん。どうしてそう思うんだ?」


尚も戸棚の引出しを開けては探りを繰り返すネフェンは「簡単じゃ」と言うと理由を説明し始める。


「わしがおぬしに術を使ったのは誰がぱぁとなぁなのかを見定める為じゃ。

なんだかんだ言っても抜かりの無いおぬしならそこそこの手練れを選ぶと思っての、あの中で最も手練れだと見据えたのは短髪の娘じゃ。

旅のぱぁとなぁともなれば多少の接触じゃ焦らぬものじゃが、あの娘はまるで初見の男に抱きつかれたかのような反応を示した。と言う事は一度も行動を共にしていないからじゃと判断し、ぱぁとなぁ候補からは除外した。

次に娘のような男についてじゃが…あやつは始めから場を観察しているだけじゃったからな、分析するまでもなかったの」


流石に驚愕だった。

たった十数分の間にここまで正確に読み取るとは。

特に、ナリの性別を見抜けたのは驚嘆だ。

と、ここで一つ疑問を思い出した。


「ねぇさん、なんで所々聞き覚えのない単語を入れて来るんだ?」


さっきのみんなを煽り立てた時の言葉といい、どうにも聞き覚えのない単語がある。


「あぁ、その事かの?あれらの言葉は最近になって流れて来たものでの、わしも最近知ったのじゃ。

王都に行けば詳しく言葉の意味や種類が分かるぞ…っと、これじゃこれじゃ、漸く見つけたぞ!」


そう言って引き出しから取り出したのは楕円形で若草色の宝石。


「…これは?」


「翡翠じゃ。と言っても、単なる翡翠とはまた違うのじゃがな。

まぁ、それはおいおいわかる」


ネフェンは少しだけ俺から視線を逸らすと懐かしいような悲しいような顔をしてから、留めた光を幾度も乱反射させる若草色の宝石を手渡す。


「わしがおぬしにする頼み事は一つ。

この翡翠の宝石を王都に座するルフェンに届けて欲しい」


どこか重々しい。けれど、悲嘆な思いが混じり合った声だ。

それは適当で、人をおちょくり馬鹿にするのが大好きなネフェンでは無く。

几帳面で、鍛錬と才を授け、生きる無慈悲さと死ぬ安易さを教えてくれた師匠としてのものだった。

ならば、俺は彼女の弟子としてこの頼み事を受けるしかない。


「任せて下さい師匠。凡愚な私ですが、必ずや成し遂げて見せましょう」


ネフェンを見据えてはっきりと言い放つ。


「頼んだぞ。期限は問わぬが…極力早い方が良いな」


ネフェンは柔和に微笑み、満足そうに頷く。


「あぁ、それと」


「まだ、何か?」


思い出した風に人差し指を立てるネフェン。


「師匠では無く、おねぇさまと呼べ」


満面の笑みで俺を糾して来たので。


「分かったよ、ねぇさん」


いつも通りそう応えて部屋を後にした。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


「…っは!ルフトさん、どうして、こうなったのか!もう一、度順を追って教えて下さ、い!」


次々と眼に映る樹々が変わる中、荒い呼吸もそのままに少し前と同じ事を聞いて来るセラ。


「またか⁉︎あ〜…俺とネフェンがお前達のいる部屋まで戻ってみんなで食事、後に談笑して、順々に入浴、それからそれぞれあてがわれた部屋に入り就寝。起床し、食事をしたら戦闘、これでいいか⁉︎」


少し前と全く同じ説明をセラにする。

当然、説明している間も眼に映る樹々は留まることを知らず延々と変わる。

それは何も、俺たちが走っているからと言うだけではない。

文字通り【樹々が化物に変わっている】のだ。


「そう、じゃありません!私が知りたいのは、食事が終わった途端に、何の前触れもなく戦闘が始まったこと…です!」


戦闘の回避は不可能と理解したのだろう。

セラは立ち止まって振り返ると、そこにいた【樹木の化物】に身の丈程もある太杖の先端を向ける。


雷弾タスラム!」


セラの台詞と共に太杖の先端からクナイが射出される。

風を断つ太く鋭い音と稲光を帯び、斬れ味を本来の何百倍以上に引き上げたそれは樹木の化物の腹を真っ直ぐに貫く。

否、腹部を抉り取ったと言った方が正しい。

クナイが通り過ぎた部分には射出されたクナイの倍程度の口径で風穴が空いている。

俺はその戦闘を少し離れた所で見ていた。

やはりセラは強い。

自然系の術は威力と規模を大きくすればする程行使に時間がかかる。

セラが今使っていたタスラムは彼女の中でも最弱のものらしい。

けれど、威力も規模も他の術使いが行使するそれに勝る。

にもかかわらず、行使するに至る時間は数秒にも満たない。

以前、ドラゴン退治の時にセラの使っていた術の時も、本来なら1日掛りで同じ術を持った冒険者が複数人で準備して漸く出来るかどうかのものだ。

これは努力や云々で到達可能な域を脱している。

詰まる所、二種類の術を持つ事を抜きにしてもセラは天才だ。

そんなセラの行使したものであれば、アレも倒せると思ったが…


《ヴヴァ"ァ"?》


樹木の化物は動きを止め、逞しく育った(恐らくは右手の部分の)枝を抉られた場所に当てる。


《ヴァ"…?》


「あ…これはマズイですね。効いてなさそうです」


クナイの装填を終え、いつでも次弾を射てる体勢のまま樹木の化物を見据えていたセラは独り言のように呟いた。

セラの言う通り樹木の化物はくぐもった声で唸り、人の顔に見えなくもない太い幹を傾げて再び走り出した。


「いやぁぁあー!助けて下さいルフトさーん!」


さっきまでの威勢はどこへやら。

涙目で両手を上げて俺の下まで走ってくるセラ。

それを追いかけて来る樹木の化物。

迫る、迫る、迫る。

彼女の目は訴えていた。


『どうにか助けてください』と。


しかし、俺は…


「悪いセラ、俺…こいつ苦手なんだッ!」


走って来るセラなぞなんのその。

寧ろセラよりも早くその場から駆け出した。


「えぇ⁉︎前みたいに格好良く助けてくれないんですか⁉︎」


少し後ろをセラが追いかけて来る。


「前って…あれは相手が師匠絡みじゃなかったから刃向かえただけで、今回は別だ!」


そう応えると俺は更に脚の回転を増した。


『情けないのう…それでもおぬしはセラのぱぁとなぁか?』


いきなり脳内に憎たらしい声が響く。

こ、この悪魔は…!


「あんたは…!そう思うなら俺の術が効くように設定しろォォォ!」


「ど、どうしたんですか⁉︎」


どうやらセラにはこの声が聞こえていないらしい。


「あぁいや…それより、俺がそいつと戦えないのは、俺の術が効かないからだ!

それに、俺の背中には小虎だっている!そういうことだからそいつらの始末は頼んだ!」


「術が効かなっ…て、えぇええ⁉︎」


残念なお知らせを聞き、悲痛な叫び声が後ろから上がる。


「うにゅう…」


ついでに背中から小虎の寝息も上がる。


「こんな時でも小虎はブレ無いなぁ…」


何てこと言ってる場合じゃ無いな。

俺は腰に携えた柄長ノ太刀を近くに生えていた樹の幹に水平に突き刺した。


「セラ!頭を下げろ!」


後ろを気にしながら走るセラに向かってそう叫ぶ。


「え、あっはい!…ってぇ⁉︎」


すると、半ば悲鳴に近い返答が聞こえて来た。

間一髪。

後ほんの少し頭を下げるのが遅ければセラは長い刀身の腹に首を引っ掛けていただろう。

そうなれば当然さようならとなってしまう。

そして、その刀身はセラの事を追跡していた樹木の化物の下腹部を横一線に切断した。


《ウ"ォ"ォ"⁉︎》


短い断末魔を上げ活動を停止させる樹木の化物。


「はぁっ!はぁっ…

ル、ルフトさん。助けて下さったのは有り難いのですが…流石に先程のは酷いのでは…?」


近くに転がる大きな岩に腰掛け、荒い呼吸を整えながら俺を糾弾してくるセラ。


「いやぁ、ああでもしないと倒せないと思ってな…」


「本当にそう思うなら私の目を見ながら言って下さいっ!」


ごめんなさい、罪悪感で無理です。


《…ォ"》


と、明後日の方向を見て弁明したのが功を奏した。


「セラ、あっち見てみろ。まだまだ化物が居るぞ」


「…えぇぇぇ」


セラがどうにか声を絞り出す。

それも仕方がない。

そこには十を越えてうごめく樹木の化物たちが居た。


『いや、もう充分じゃな。模擬戦闘はここまでじゃ』


再び脳内に直接流れ込んで来るネフェンの声。


「つまり、もうそちらに帰れる…と言うことですか?」


今度はセラにも聞こえていたらしく、どこかを見ながら返答している。


『うむ。では』


「本当ですか?よかっ…」


セラが言い切るよりも早く、悪魔が口を開いた。


『誰が終わりと言った。模擬戦闘に続くは本戦闘じゃろうて』


あぁ、やっぱりか。

俺は知っている。ネフェンの恐ろしさはここからが本番だと。

幼い頃もそうだった。

食事をしていたらいつの間にか森の奥に飛ばされて、同じように樹木の化物や松ぼっくり爆弾なんかと戦い、漸く勝てたかと思えば。


『さて、其処に在る岩石群には気をつけるのじゃぞ?』


「えっ?」


普段聴くことの出来ないセラの呆け声が小さく上がる。

原因は不意に浮かび上がった自分セラの身体だ。

正確にはセラの座っていた岩が。

どんどん浮き上がる岩にとうとう体を預けられなくなり、滑るようにして地面に尻餅をつく。

気付けば、周りに無造作に転がっていた子供くらいの大きさはある岩石群がふわふわと宙に浮かび、少しずつ空が侵されていた。

初めは巨大な団子のような形で。

やがては人のようになる。

いや、それはーーー

人に似た形の、把握し切れない程大きなヒトの形をした圧倒的質量の怪物だった。


《ゴリ"ォ"…》


岩同士が擦れて声のように聞こえる。


「こんなの…勝てる筈がありません…」


へたり込んでいるセラが岩の怪物を見上げてそう言った。

やっぱりだ。

あの悪魔は、終わりを見せた途端に終点をそこよりも先に設定し直す。


「…ははは」


思わず笑ってしまう。

これでもし俺の術が通用しなければここでセラと小虎と一緒に目の前の巨躯の一部となるだろう。

けれど、確かにネフェンは言った。

これは本戦闘だ、と。

俺は緩んでいた口を結び直す。


「仕方がない。師匠に付き合うか…!」


言いながら樹に刺したままだった柄長ノ太刀を引き抜く。

もしも師匠ネフェンが昔と変わら無いのであれば。


『ほれ、ルフトよ。

好きなだけ暴れて良いぞ』


今にも笑い声の聞こえて来そうな声色で、ネフェンは脳内に語り掛けて来た。


「…やっぱり師匠は変わりませんね!」


自分の斜め裏でへたり込んでいるセラに背負っていた小虎を放り投げる。


「ちょ、ちょちょ!」


「大丈夫!そんな程度で小虎は起きないから!」


「そ、そう言う問題じゃありません!」


セラは小虎をしっかりと受け止めながら俺の事を糾弾する。

しかし俺はそれを気にせず、腰を低く落とし左肩に乗せるようにして柄長ノ太刀を構える。

それは、以前も師匠がこう言った後は俺の術が通用するようになったからで。


「そらっ!」


の半ばと終端部を持ち、前方の空間を大きく横薙ぎする。


「ルフトさん⁉︎どこを切っているんですか⁉︎」


斜め裏で俺の戦闘を見守っているセラが心配そうに言ってくる。

それもそうだ。俺は目の前にある【空間】だけを横薙ぎした。

ハタから見れば空振りしただけだ。

けれど。


《ガゴォ"ォ"ォ"⁉︎》


「なっ⁉︎」


砂利が擦れるような音を立てて岩の怪物は人間の膝に相当する部分を地につけた。

目の前を覆っていた大質量が退き蒼く澄む空が現れる。

僅かな間の日陰だったにも関わらず、振り射す陽の光に思わず目を細めた。


「どどど、どうしてですか⁉︎」


現状が理解出来ずに汗を飛ばすセラ。

俺は地面に太刀の刀身を垂直に突き刺す。


「簡単。アレには【両脚が切られた】と幻影を見て貰っただけだ」


「…術、ですか?」


「その通り」


「でも、先程は使えない…と」


「あぁいや、それは説明が面倒だから割愛する」


「そこが一番聞きたいのですが⁉︎」とセラが言ってる間に陰が落ちる。

岩の怪物が巨躯を持ち上げたからだ。

そうして立ち上がり空を覆う。

二度目ともなれば陰の大きさに驚く事は無い。


「まぁ起き上がるよなぁ…っと!」


今度は腰を低く落とし、槍を構えるようにして柄長ノ太刀を構えて。

空に向かって素早く突きの動作に移行する。

切っ先は狙い違わず巨躯の右肩に当たる部分を穿つ。


《バギァ"ォ"ォ"!》


岩の怪物は右肩を砕かれ左に仰け反り、空からは砕けた岩の破片が降り注ぐ。

俺の太刀はそこまで届いていない。

かと言って音速を超える速さで突きを放ったわけでも、柄長ノ太刀が伸縮したわけでもない。


「…脚を切られたと幻え…いえ、錯覚させて膝を付かせると言うのはわかりますが、どうして当たりもしていないのにあんな上の部分が砕けるんですか?」


「何故そこで言い直すんだ。幻影って言い方カッコいいじゃんか…」


「いえ、恥ずかしいので錯覚で」


「酷い」


などと冗談を(冗談だと思いたい)言い合っていると三度、岩の怪物が起き上がる。

今度はさっきのように滑らかな動きでは無く、どうにか態勢を立て直した、といった具合だ。


「昔、師匠に教わったんだ。

『人は思い込むと例え現実が違ったものだとしても思い込んだ事柄を現実として認識してしまうのじゃ』って」


俺は岩の怪物が完全に起き上がるまでの間に割愛しようとしたら事をセラに説明した。


「よく…わかりません」


小首を傾げるセラに俺は、さっき下に落ちた岩の破片を拾い上げる。


「この岩、物凄く熱いぞ!」


臨場感たっぷりに言い拾った破片をセラに投げ渡すと。


「え!あ!あつっ!!…くありませ…ん?でも私は今確かに熱い、と…

あっ!」


何かに気付いたらしいセラは岩を落とす。


「そう、つまりはそういう事だ。

あの怪物は明らかに意志を持って俺たちを狙ってる。って事はだ、人に置き換えた考え方をしても間違いはないだろう。

と思ってな」


言い終わったところで岩の怪物は漸く態勢を立て直した。

右肩が粉砕されたお陰で右腕は無く、今までの威圧感は半減したように思える。

その事で高揚した気持ちは知らずの内に口から漏れていた。


「よし、そろそろ土に還って貰うとするか!」


柄長ノ太刀を脇に構え、抜刀の体勢を取った時だ。


『そこまで。二人ともご苦労じゃた』


脳内に響く声と同時に眼前の巨躯は重力に逆らえず地へと没した。

舞い上がる砂利と小石の雨霰あめあられはセラが瞬間的に行使した俺たちを包むようにして張られた膜によって防がれる。


「なんだかよくわかりませんが、終わったみたいですね」


未だに寝息を立てて眠りこけている小虎を抱きながらセラは言った。


「だな。

…まぁ、贅沢を言えば最後までやりたかったけど」


柄長ノ太刀を背負う。


『で、あれば。おぬしだけでもう一戦行くかの?』


ケタケタと笑いながら言うネフェンの声に俺は大声で一言だけ返した。


「俺も帰ります!」


そうして、知らぬまに始まった戦いはいつの間にやら終わったのだ。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


「要するに師匠は俺とセラに術を使った、と?」


小屋に戻り、卓子を囲むのは俺とセラとネフェン。

小虎は俺の足元で熟睡中だ。

…いい加減起きてもいいんじゃ無いかな。

ちなみにナリとフタは今はいないようだ。


「そう言う事になるの」


………


「ねぇさん、俺は以前に言いましたよね?

ねぇさんの術は強過ぎるから、絶対に俺とか味方には使わないでくれって!」


「ねぇさんでは無い。おねぇさまじゃ」


悪びれもせず、ふてぶてしく言うと溜息を吐き。


「仕方なかろう。ああでもしなければおぬしらの底を計れぬと思ったのじゃ。

ま、悪いとは思っておらんがの!」


なははは!と憚り無く笑うネフェンを見たセラは、疲れも同時に襲って来たのだろう。

クタリと椅子から滑り落ち、足元で寝ている小虎の布団の中へと潜り消えた。


「はぁ…

俺は慣れてるから構わないが、殆ど初対面のセラには流石に酷いんじゃ無いか?」


頭に手を当てて半ば諦め気味に告げると、しかしネフェンは「なはは」と笑う。


「当然、他二人にも同じ事をしたぞ。

とは言え、おぬしらよりも疾く終わったがのぅ」


ぽりぽりと頬を指先で掻きながら言い放ったネフェンの表情は、今までに見たことのない顔だ。

表現するなら、一番近いのは【持て余す】だろうか。


「おっ先でっしたー!」


快活な声と共に寝間着姿で部屋に入って来たのは頭に手拭いを被ったナリだ。

ほかほかとしているところから風呂上がりなのだろう。


「ネフェンどの、いいお湯でした。

うん?ルフトくんではないか、帰ってたのか。

セラと小虎はどうしたんだ?」


と、これはナリの裏を来たフタ。

こちらも風呂上がりのようで、寝間着のまま短い髪をがしがしと乱暴に拭いている。


「あぁ、二人なら足元で寝てるよ」


ん?と言うか、何故二人が同時に風呂に入っていたのだろうか。


「それでは」


「夕飯までさよならでっす」


二人は一旦部屋に戻るらしく、階段を上って行った。

多分、身支度を整えるのだろう。


「どれ、ルフトらも入って来たらどうじゃ?」


「ねぇさん、ここに風呂は幾つもあるんだっけか?」


「うん?あぁ、おぬしがわしのもとを離れた後にの、時間が有り余っておったので増築したのじゃ」


事も無げに言い放ちひと笑いすると、椅子から立ち上がるネフェン。


「では。わしは食事を用意してくる。

それまでには湯浴みをしておくのじゃぞ」


「りょーかい」


返事を聞くとネフェンは台所へと向かって行った。


「さてと、後はこの二人を起こさなければならないわけだが…」


目線を落として布団で寝入る二人を見る。

どちらからも小さな寝息が聞こえてくるものだから、起こすのは少々憚られる。


「どうしたものかな…」


卓子に頬杖をつきながら呟くと、もぞもぞと掛け布団がれ動く。


「ん…くぁ〜。おはようルフト」


手の甲で目元を擦るのは、半日以上寝こけていた小虎だ。

小屋に戻るまではこの馬鹿ことらに一言言ってやろうと思っていたが…

正直なところ、今更小虎に何かを求めるのは酷いのかもしれないと思い始めた。


「おはよう小虎。気分はどうだ?

寝過ぎると頭がクラクラするらしいからな」


「うん…いや、実はあんまり寝れてないんだ」


などと右の掌を顔に当てながら言う小虎に俺は思わず拳を握った。

いやいや、自分がどの程度寝ていたかなんてわからないのだから仕方ない。

思い直した俺は拳を解く。


「どう言うことだ?」


取り敢えず聞いてみる。


「オレがどんな術を使えるか、ルフトに言ってたっけ?」


沈鬱な声色で問うてくる小虎に俺は頭を横に振った。


「いや、聞いた覚えが無いな」


「…オレのは八卦の術って言ってな、所謂占いなんだ。…予知に近いけどな」


そう言えば確かに言っていた。

セラと初めてクエストに向かった時に占いがどうのと。


「それと寝れていないのとどう関係するんだ?」


それを聞くと小虎は両手を挙げて溜息を吐く。


「簡単だ。オレは夢の代わりに占いを視る。

てか、最早未来予知だ」


なるほど。小虎は正夢を頻繁に視る、と言うことか。

だからあの時に命がどうのと叫んでい…………?

いや、ちょっと待て。


「お前、それなんではやく言わないんだよ!

と言うか『最早未来予知だ』ってそれって占いなのか⁉︎」


「ひゃっ!

…驚きました。どうかしたんですか?急に大声を出したりして」


と、驚いて声を上げたのは捲れていない側の布団の中で眠っていたセラだ。


「ぎゃーぎゃー喚くなって…ほら見ろ、セラが起きちまった」


人差し指で耳栓をして、セラの方を見る小虎。


「…単に言う機会がなかっただけだよ」


言いながら椅子に座る小虎は流れるように卓子に突っ伏す。


「え、あの…何が何でしょうか?」


寝起きな上に急に突っ伏す小虎を見て戸惑うセラ。

それを他所にボソボソと卓子から抑揚の無い言葉が上がってくる。


「…のままだと不味い…れかしらが死ぬかも……か、もしくは…でもあるいは…」


「お、おい小虎、大丈夫か?」


と言う俺の声は聞こえていないのか、小虎はさらに小さな声で独り言を始める。


「えっと、小虎さんはどうしたんですか?

まさか、また何かしたんですか…⁉︎」


やはり訳がわからなく俺に答えを求めつつ、ぎろりと鋭い目つきで睨んでくるセラ。

『また』と言う言葉に引っかかるが、とりあえず誤解を解いておかなければ。


「いやいや俺は何もしてないぞ。

小虎は起きて早々にあんな感じになったんだ。

何でも、あいつは夢の代わりに占いを視る事があるらしいんだけど、アレはそのせいっぽい」


「は、はぁ…」


セラは『取り敢えず理解出来た』といった顔をして頷く。


「よし!やっぱり王都に行くのはやめよう!

別に装備品なんか要らないよな!ルフトの故郷を見たら帰ろう!うん!」


何の前触れもなく立ち上がりそんな事を言い出す小虎。

隣ではセラがギョッとしている。


「それは無理だ」


当然行かない何て事は出来ない。

俺は師匠に頼まれた事を成さなければならないからだ。

けれど、頼み事をされたからとは小虎を含めみんなには言えない。


「どうして!」


キッパリと言い切ると案の定小虎は卓子を叩いて反論を返してくる。

さて、どう説明したらいいものか。

報酬が欲しいからと言ったところで『いらない』の一言で返されてしまうだろうし、かと言って王都観光とでも言えばそれこそ行く意味がないと返されるだろうし…

いくら考えてもいい案が思い浮かばない。

すると思わぬ所から助け舟が向けられた。


「…私は王都に行くべきだと思います」


「セラまで…どうして?」


少し落ち着こうとしたのか語尾を弱め椅子に座る。

小虎が腰掛ける瞬間を見計らいセラは理由を説明し始めた。


「やはり報酬は欲しいです。

と言うよりも、私とルフトさん、それにフタさんとナリさんみんなが死ぬ思いをしてまでこなしたクエストの見返りなのですから、それが何であれ欲しいです。

…いえまぁ、流石にいつでも手に入る物はどうかと思いますが…」


はにかんでそう言うセラ。


「けどっ…!」


なおも食い下がる小虎だかそこに先程までの勢いは無く、もう意地だけのように思えた。


「小虎、わかって欲しい」


俺の想いもセラと同じだ。

あれだけ苦労して倒したのにロクな労いもなく終わるなんて嫌だ。


「…ッ!わかったよ…。オレの言った事は忘れてくれ。

でも、絶対に軽率な事だけはしないで欲しいんだ。

大事になるかも知れないから」


言い張っても無駄だとわかったのか、小虎はぶっきらぼうに言い放つ。

両手で顔を覆う小虎の声は悲しげで心痛な重みを感じた。


「わかりました。やくそくします」


固く握った拳を胸の前に出すセラ。


「それじゃ、ネフェンがご飯を作ってる事だし、風呂に入るか」


ひと段落したところでネフェンの言っていた事を思い出し、促す。


「そうですね、それでは行きましょうか」


「うわわ、ちょっとまてって!」


言い出すが早いか動くが早いかで風呂場に向かうセラ。その手には小虎の手が握られている。


「ははは…俺と小虎が繋げられてるの忘れてるのかな…」


縄が伸び切らないくらいの位置関係を保ちつつ俺も風呂場に向かった。






To be next story

次回は故郷に行きます。

そこではルフトにとっては心を抉られるような経験をしてもらうつもりなのです。


それではさようなら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ