過去の俺とその時の記憶と
面白いかどうかはわかりませんがお楽しみいただけたら幸いです。
真っ白い空間。
見渡す限り何も無い。
「ここは…どこだろうか」
俺は歩き出し何か無いかと探すが、案の定何も無い。
そもそも俺はどうしてここに?
立ち止まって考えてみる。
「そうだ、俺はドラゴンと…」
思い出した。ここに来る前確かに戦っていた。
「そうか、それで俺は死ん…」
言い切るよりも早く、どこからともなく声が聞こえてくる。
『なんだ、また来たのか。君は』
ダブったように聞こえる声に何故か安心を覚える。
また来たのか、だって?俺はこの空間に一度来た事がある?
「…⁉︎」
その声に質問をしようとしたが何故か声が出ない。
『あぁ、ごめんね。今は喋ろうとしても喋れないよ。いろんな事聞かれるの面倒臭さいからね。悪いけど一時的に声帯を使えなくさせてもらったから』
「⁉︎」
ふざけるな!
思わず叫ぼうとするがやはり声は出ない。
『悪いけど、一方的に話させてもらうよ』
仕方が無い聞いてやろうじゃないか。
俺は【声】しか聞こえない虚空を睨みつける。
『おいおい、そんな睨まないでくれよ?仮にも親友だった相手にさぁ』
どこにそんなやつがいる。そもそも俺はあの町に行くまで友達はいな…
ちょっと待て。
あの町に行くまで?俺は確かにそう考えた。おかしい、産まれてからずっとあの町にいたんじゃないのか?
『ん!気付いたみたいだね。君の矛盾に」
矛盾?
俺の親友だとか言っていた【声】が弾む。
何がそんなに面白いのか。いや、そんな事はどうでもいい。
俺の矛盾?なんの事だかさっぱり分からない。
そんな感情が顔に出ていたのだろう。
『あっはは!悩んでる悩んでる!君はいつも僕の言葉にそんな顔をしながら悩んでいたよね!』
【声】は俺の心を逆撫でするようにケタケタ笑い出した。
くそっ!声が出れば文句の一つも言ってやるのに!
『はっはっは…あー、こんなに笑ったのは久し振りだよ。ありがとう』
呼吸を整えた【声】は何故か俺に礼を言った。
『そうだな、僕をこんな気持ちにしてくれた君には何かお礼がしたいな…』
考えている風な【声】。
声帯を戻せこの音声野郎。
『そうだ、君を元の世界に戻してあげるよ!また君といられなくなるのはちょっと寂しいけど、でも、元の世界にも君を必要としてる人がいるみたいだからね!』
【声】は元気に喋っているがどこと無く悲しそうな、そんな感じがした。
『あ、そうそう!ついでに昔の記憶も戻してあげるよ!元の世界に戻るまでの誤差があるからね!まぁ、その時の暇つぶしにでもしてよ!』
【声】はさっきと変わら無い声で口早に話す。
俺は本当に戻っていいのだろうか?
そんな気がする。なんでそう思うのだろう…【声】が言うように俺たちは親友だった、から…?
【声】の音の低くなった、明らかに悲しんでいるような声で話し出した。
『君はそんな事気にしなくてもいいんだよ。いずれまたここに来るだろうから。でも…そうだな、時々でいいからここでの会話を思い出して欲しい。…覚えてればだけど』
なんでそんな事を言うんだ。尚の事帰り辛いじゃないか。
『さて!感傷に浸ってる場合じゃ無いな!それじゃ君を元の世界に戻すね!』
明るい【声】が聞こえると俺の身体が浮いたような感覚に陥る。
『そうそう、言い忘れてたけどね?身体に意識の君が戻った時、多少の記憶障害が起こるから。それとね、戻る身体がだいぶひどい事になってるからとんでもなく痛いと思うけど…ま、君なら大丈夫だよ!』
思い出した、俺今身体がボロボロなんだった。
戻れるのは嬉しいが痛いのは嫌だな…
『やっぱり君は君だね。昔と同じだ。それじゃあね!あ、ついでに君に僕の本体を見せ…
視界が狭まり意識が遠退く。
『あ もう 時 か うん、ばい い!』
視界が完全に暗くなる前、最後に見えたのは、真っ白な空間にポツリと佇む長髪で淡い赤色をした綺麗な髪を持つ小さな子の無邪気に手を振る姿だった。
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『ただいま』
意識が遠退いてから初めて聞こえたのは大人ぶってはいるがまだどこと無く幼い声だった。
この声は俺のか?
『おかえり』『おかえりなさい』
聞いたことの無い…けれど知っている声。
これは俺の両親?
『今日はどうだった?』
『別に、特に何もなかったよ』
『またあの子と遊んでたのかしら?』
『そんなところだよ』
『全く、お前の好きにしろとは言っているがな…もう少しこうお父さん達の事も考えてだな…』
『うるさい銀行』
『んなっ⁉︎』
『そんなこと言うんじゃありません。この子はお父さんのことをなんだと思ってるのかしら。はぁ…』
『お、お母さん…‼︎』
『お父さんは銀行じゃなくて、もしもの時のいけに…尊い犠牲を受け持ってくれる人よ?そんなぞんざいに扱っちゃいけません!』
『お母さん⁉︎それ助け舟になってないし、生贄と変わらないからね⁉︎というか生贄って何⁉︎まさか魔物が攻めてきた時にって事⁉︎』
『くっ!ははははっ!』
『ふふふっ』
『…あっはっはっは』
幼き頃の俺が笑うとつられて二人も笑い出す。
何気無い家族の会話…
ぽっかりと空いた穴が埋まる様な…
そう、確かこの後、村の前で見張りをしてる人が来て…
『大変だ!魔物が…魔物が村に入ってきたぞ‼︎』
『何⁉︎』
『『お父さん!』』
『大丈夫だ、お前達を…この村の人たちを死なせはしないさ」
言い終わると一瞥し走り出した親父とそれを見送る俺とお袋。
俺の親父は村の中じゃ中の下位の実力しか無かったけど、誰よりもこの村の事を好きだったんだっけ。だからこういう非常時には真っ先に駆けつけていく。それでもこれまで生き残れたのは多分運が良かったんだと思う。
たがら、この時も心配はしてたけど帰ってくるんだろうなぁと漠然とした安心を持っていた。
でも、その日親父は帰ってこなかった。
〔その日の夜〕
村民たちは村の真ん中にある共同用の井戸に集まった。
集会を開くときは決まってそこに集まる事になっている。
基本、15歳以下の者は夜の集会には行けない決まりなのだが、この日は特別に俺が呼ばれた。
理由は言わずもがなだ。
魔物の撃退に出たと思われる村の若人達は長老と思われる齢35歳程の男の周りに集まっている。
ここの長老は若く強い者がなる事が決まりになっていたんだっけか。戦いになった時の士気を上げるためにだとかなんとかって理由で。
おおよその村民が集まったことを確認すると長老はゆっくりと固く閉じていた口を開き始めた。
『ま…魔物は森へ帰りました。これも全てあなた達のお父さんのおか『そんな前置きはいりません!それよりあの人は⁉︎』
言い終わるよりも早く普段は優しいお袋が声を荒げ村長を問い詰める。
『残念ながら、彼は…』
魔物が来た事を教えてくれた門番の人が何があったのかを話そうとした時、幼い俺の声がそれを遮るように話し出した。
『魔物は親父が追い払ったよ』
淡々と話し出したそれはもう幼子とは思えない。
俺は俺自身に鳥肌の立つ様な恐怖を感じた。
『今回はそんなに大きい魔物じゃ無かったし、一匹だった』
それ以上は言うな…お願いだ、やめてくれ。何があったか思い出したんだ…頼むからそれ以上はやめてくれ。
そんな悲痛な声が届くはずが無い。これは過去の記憶なのだから。
そして、幼き日の俺は言ってしまった。
今にも泣き崩れそうなお袋の前で。
『だから《親父を喰ったら》満足して村を出て行ってくれたよ』
『まさか、あんた…見てたの?』
『見てたよ。俺の持ってる術は知ってるだろ?周りに溶け込むなんて簡単だ』
そう、俺はこの時親父の勇姿を…俺たちを村を守るために戦う親父を見たかったんだ。だから言いつけを破って見に行った。
そこで見れたのは俺の期待したものとは全く違かったのだが。
光の無い眼で一点を見つめたままの幼い俺は唐突に話し始めた。
『人と同じくらいしかない熊の様な獣人に親父は手に持った愛刀で誰よりも早く斬りつけた。仰け反った獣人をいきなりの攻撃に驚き怯んだと見た親父は更に攻撃しようとした時、獣人の鋭い右爪の餌食になってそのまま…』
『もうやめて‼︎』
金切り声を上げ耳を塞ぐお袋。
ハッと気がつき眼に光が戻った幼い俺は周りの人の視線を一身に浴びながらその場を去った。
〔翌朝〕
幼い俺はあの後結局家には帰らなかった。いや、帰れなかったと言った方が適当かもしれない。
『よく寝れた?隙間風とか大丈夫だった?』
幼い俺は村の外れにある1番仲の良い友達ーーキャロの家に来ていた。
家というよりは【雨や雪位のものならしのげるだけの場所】と言った方がいい程に古びれた小屋だが。
『うん、大丈夫だった。ありがと。いきなり来たのに泊まらせてくれて」
『いいんだ。いつも1人だからさ…誰かと一緒に寝れるっていうのは久しぶりだったから寧ろ嬉しい!何なら今日からずっとわたっ…僕の家にいてもいいよ!』
キャロはボサボサだけと、光が当たると宝石にも負けないほどキラキラ輝く橙の短い髪をかきながら恥ずかしそうに言った。
『暫くはそうさせてもらおうかな。母さ…お袋ももう、俺の事なんて見たく無いだろうから』
幼い俺が悲しそうに言うとキャロは口を開き何かを言おうとしたが俯いてそのまま黙ってしまった。
それからの毎日は見ていてとても愉しいものだった。
幼い子が2人で生きていくのは勿論簡単じゃ無い。最初は心配だったがそんなものは無用で、怪我をしようとも喧嘩をしようともその日の夜には必ず2人は笑っていた。
幼い俺はキャロに色んな事を教わった。
魚の取り方、森で魔物に見つからずに獣を捕獲する方法、薬草の調合方法…
どれもこれも普通の家庭で育った幼い俺には新鮮だった様で興味津々で聞き、陽が昇るまで話すなんてのは珍しくなかった。
キャロには意地悪なところがあって、何かを教えるときは決まって問題を出す様な口調になる。当の幼い俺はその度に『わからないから早く教えて』と言うが、意識の俺にしてみたら微笑ましい光景だった。
ーーこんな日々が続けばどれだけいいのだろう。
きっとこの空間にいた三人は同じ様に考えていたに違い無い。
けれど…その日は突然訪れた。
〔ある日の早朝〕
『何だろう、朝早くから…村の方が騒がしい』
重い瞼を擦りながらキャロが呟く。
その声で幼い俺がゆっくりと身体を起こす。
『起こしちゃった?ごめんね。なんだかさっきから声が聞こえるんだ。僕、外をちょっと見てくるけど平気?』
『ん、声?分かった。行ってらっしゃい。』
言葉に応えるとキャロは外へと出ていった。
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それからどれ位時間が経ったのか。
『遅いなキャロ…』
嫌な予感がしたのか幼い俺はソワソワし出した後、急に立ち上がり足早に外へ出た。
『変だ…ちょっと前までは家の中まで聞こえてきたはずの声が今は一切聞こえない…!』
幼い俺は走り出していた。
『そんな、そんな筈無い。きっと今はみんな家の中にいるだけなんだ!』
息を切らせ村に着いた時、幼い俺と意識だけの俺は愕然とした。
死屍累々。
目の前の光景はその言葉がよく当てはまる。
幼い俺の立っている側には赤黒い血が至るところに飛び散り、男とも女ともわからないグチャグチャに食い散らかされている人間の変死体とそこから少し離れたところに半分くらいになってしまった腸らしき物が転がっている。
『ヴッ⁉︎ヴボェェェ‼︎』
余程堪えたのだろう。幼い俺はそこでへたり込み吐いてしまった。
無理も無い。こんな現場、冒険者ですらそうそう合わない。
当の俺でさえ今すぐにでも吐き出したいくらいだ。
『キ、キャロは⁉︎』
ひとしきり吐いた幼い俺はそこから1番近い家へと入った。
ーー中には誰もいない。
入り口から家内を見た幼い俺はすぐさまその隣の家へと向かった。
バタン!と幼い俺は強くドアを開ける。
『キャァァァ‼︎やめて!こ、来ないで!』
薄暗い室内からは悲鳴と共に部屋の隅から絶え間なく物が飛んでくる。
『や、やめろキャロ!俺だよ、ルフトだよ‼︎』
幼い俺がそう言うと物が飛んでこなくなり代わりに恐怖と不安で掻き消されてしまいそうな声が聞こえてきた。
『ル…フト?本当にルフト?』
『あぁ、俺だよ間違いない。お前の家で居候しているルフトだ』
少しおどけた様に言ったからかキャロは吹き出す。
『こんな時でもそんな言い方するのは僕の一人だけの友人、ルフトくらいだよね。良かった…本当に良かった』
『そうだ、どうして村がこんな事に⁉︎』
思い出したかの様に幼い俺が聞くと、怯えながらキャロが話し出した。
『僕が来た時、村は既にこの有様だったんだ。よく僕をイジメていた子達も優しくしてくれたおばちゃんも….みんなみんな死んでいた。それでも誰か生きてるんじゃ無いかと思って走り回って探したんだ。それで…』
途中まで話したキャロはカタカタと肩を震わせ始めた。
『ごめんキャロ、でも話して。ゆっくりで良いから』
幼い俺がキャロの肩に手を置き優しく言うとキャロの震えが止まりゆっくりと口を開いた。
『落ち着いて…聞いてほしい』
そう言ったキャロは再び震えていた。それでも言わなきゃと意を決したキャロは震えたまま続けた。
『外から窓越しに動く人影が見えたんだ』
瞳に涙を浮かべながらキャロは更に続けた。
『近くに行くとその影はルフトの…お母さんだと分かったん…だ!』
『ならお袋は生きてるんだな⁉︎』
幼い俺は声を荒げて震えるキャロの両肩を強く掴んだ。
『………』
黙ってしまったキャロ。
『どうなんだ!なぁ!』
2人の視線が交わる。僅かな硬直の後、沈黙に耐えかねたキャロが視線を逸らす。
『ルフトのお母さんは…ま、魔物に…ぃ…っ!』
その時、幼い俺と意識だけの俺の時間が止まった。
幼い俺の手はキャロの肩からズルリと力無く落ちる。それと同時にキャロが重力に逆らえず座り込んでしまった。
『ごめん…ごめんねルフトっ!僕は、僕は酷い人だ!君の…友達のお母さんが魔物に襲われてるっていうのに助けず逃げてしまった…!』
手で顔を覆い、とめどなく溢れる涙を覗かせながら話すキャロ。
それを聞いた幼い俺は泣きじゃくるキャロを強く抱きしめながら言葉を紡いだ。
『いいんだよそんなのは。今の俺に必要なのは他でも無いお前だキャロ。お前が生きていているのならそれでいい。だから、だから早くここから逃げよう』
さぁ、立って。
そう言いながら幼い俺は啜り泣くキャロの手を掴み強引に引き上げた。
『うん…ごめん。こめんね…』
キャロは引かれるままに立ち上がりると涙を拭った。
『行こう。今はもう魔物はいないはずだから』
コクリと頷くキャロを横目で見ると幼い俺は光の射す外へと出た。
『あぁ…やっぱり夢じゃなかったんだ』
外の惨状を見るとキャロが遠くに意識を向けた、悲しげな瞳をしながら呟いた。
『夢だったらどれだけ良かったんだろうな。でももう過ぎた事なんだ。もしも、を見ても仕方がないよ。それよりもこれから先の事を考えよう』
幼い俺はキャロを慰める様に言う。
『うん、うん、そうだね。ありがとう、ルフト』
キャロは何度も頷くと幼い俺に笑顔を向け幼い俺と共に走り出した。
始め、戸惑っていた幼い俺だったが愉しくなったのだろうか…つられて笑っている。
ーー何処からか呻き声が聞こえてくる
その声に2人が気づいた様子はない。
早く村から走り去ってくれ。嫌な予感がする。
【ピタッ】
2人が歩みを止める。どうやら声に気付いたらしい。
ダメだ。早く走れ。
過去を観ているだけの俺の声が聞こえるはずもなく、キャロが話し始める。
『ねぇルフト…何か聞こえない?』
尋常じゃない勢いで身体を震えさせるキャロ。
『大丈夫だ。きっと風の音か何かだよ』
『そう…だよね。きっとそうだよね!』
それでも2人は動こうとはしない。口ではそう言うが違う事に気づいているからだろう。
『まって、声が聞こえな…』
『ルフト‼︎』
一瞬。
呻き声が聞こえなくなった瞬間の出来事だった。
幼い俺が話しかけそれに応えるためキャロが後ろを向くと其処には熊型の獣人
ーー親父を喰った魔物が。
『キャ、キャロ‼︎』
声の先には右肩が深々と削り取られたキャロが横たわっていた。
幼い俺には僅かな時間過ぎてなにが起きたのか分かっていないようだ。が、意識の俺は、はっきりと見ていた。
幼い俺を庇い熊の獣人に肩を削りとられた瞬間のキャロの姿を。
『うっ!うぁああああ‼︎』
事態をようやく飲み込めた幼い俺は、キャロの側で膝をつき泣き叫び出した。
『キャロ!お前何してんだよ!何で俺なんかをっ…お!』
抱きかかえたキャロを問いただす幼い俺の瞳からは身体の水分が全て無くなる程に涙が流れている。
『ごめん…ね、ルフッゲボッ…ト。やっぱり私は酷い人みたいだ…。たった一人の友人のたった一度の希
望も叶えてあげられないんだもッの!ゴホッ!』
血を吐きながらも必死に言葉を繋げるキャロ。
よく見ると肺の辺りまで獣人の爪が届いている。
『いい、もう喋るな!すぐに傷口を俺の術で!』
言いながら幼い俺は掌を傷口に近づけ術を使おうとした。
『やめてルフト…』
『だまれ…!』
キャロは突き出されたルフトの腕を掴む。
『わかってるでしょ、ルフト?』
『何もわからん。早く俺の手を離してくれ』
幼い俺はキャロの手を引き剥がそうとするが、どこからそんな力が湧いてくるのだろう。一向に離れる気配はない。
『ルフト?私はもう長くない。でも君は、ルフトはまだ先があるん…だ。ゲボッゲホ…』
『何を言うんだ。キャロにだって俺と同じくらい先があるさ!だから…‼︎』
明らかにさっきよりも多く血を吐くキャロ。
『ルフト!』
『うるさっ…』
【ドン】
『なっ!』
サクッ
まるで切れ味の良いナイフでトマトを切った時と同じ感覚。
鋭い爪はキャロの柔らかい腹部を抉っていた。
『コ…パッ…』
『お、おい。何だこれ…。どういう事だ‼︎』
目の前で起きた事が信じられない様子の幼い俺は誰にともなく叫んでいた。
教えてやりたい…
お前がのんびりキャロと話してる間に獣人は、舌なめずりをし、爪を研いでいたんだ。
ーー二人のやりとりを嘲笑うかの様に。
飽きたと言いたげな顔で爪を振り下ろす獣人を見たキャロは、瀕死の身体をぶつけルフトを跳ね飛ばし、お前の代わりに鋭い爪の餌食になった、と。
『さ、《ヒュー》ルフト…これで《ヒューヒュー》私は名実ともに《ヒュ》助からないゴプッ』
キャロの胸部の辺りからは空気の漏れる音が聞こえる。
『いや…だ』
ぐずるな。
『はやく…』
『いやだっ‼︎』
仰向けで倒れるキャロの手を掴み、そこを離れようとしない幼い俺。
『…!』
意識の俺は見る事しか出来ない。
パクパクと口だけを動かすキャロを…
『うっ、くっ…!どうしろって言うんだよ…っ!』
幼い俺は強く握った両手を地に叩きつけ空を仰ぐ。
《ヒュー、ヒュ》
宝石のにも劣らない輝きを放つ髪を真っ赤に染めたキャロは強く握った幼い俺の手に優しく触れる。
『術をつか…逃げ…』
『⁉︎』
突然聞こえたキャロの声に驚く幼い俺。
けど、キャロが声に出し喋っている訳ではない。
あぁ…そうか。
『お前の…術…か?』
お前は、キャロはそんなにも俺の事を…。
幼い俺にもわかったらしい。これは紛れもない、キャロの術だ。
『嬉しい…やっと術が使えるよ。何て、喜んでられないね。はやく逃げてルフト。私を酷い人のまま死なせたいの?』
血で濡れた口元をフ…と緩めるキャロ。
その瞳から流れ出た一筋の線が見て取れた。
『うん…わかった。お前みたいに…酷い奴には…なりたくっ…ないから、な』
鼻を啜り、上ずった声で幼い俺が言うと、ニコリとキャロが笑う。
『最後まで君は私の友人でいてくれるんだね』
キャロが言い終わると幼い俺は煙を払う様に姿が消えた。
獣人は幼い俺が消えた事に驚いたが探す事はせず、既に仕留め終えた獲物に目を向けていた。
『ありがとう。ルフト…』
【バキッ】
『…‼︎』
走り出した幼い俺の背後では凄惨な光景が広がっている。
『私は、貴方が生きていてくれればそれでいい…』
既に涙も枯れ果てた幼い俺はたった1人の心友との約束を果たす為、脇目も振らずその場から走り去った。
俺は、1人の英雄を忘れてしまった事を強く後悔した。怒りと情けなさで血涙を流す程に。
ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー
「…ト…ん」
声が聞こえる。
聞き慣れた、覚えている声。
「ルフトさん!」
はっきりと耳を刺す声が。
「おはよう、セラ。最悪の天気だね」
「「ルフト(さん)!」」
寝起きには辛い大声で相手には悪いと思いながらも顔をしかめてしまった。
「何だ、小虎もいるのか」
「っ!当たり前だろ!こちとらお前が血だらけ、傷だらけで帰ってきたって聞いたときゃもう…居ても立っても居られなくて…」
いつも笑っている小虎が手首のあたりで涙を拭う姿を見て少し意地悪をしたくなった。
「へぇ、普段は酷い扱いをするくせに心配してくれたのか?」
ニヤリと浮かべた笑みを小虎に向ける。
「ばっ、そそそんな訳ねぇだろ!ただ、べ便利屋がいなくなるとだな、その…」
顔を真っ赤に染めそっぽを向きながら必死に弁明する小虎。
ちょっと意地悪過ぎたかな。
少し反省しているとベットを挟み小虎の丁度向かい側にいるセラが話しかけてきた。
「本当に良かった。貴方が目を覚ましてくれて…」
こっちは切れ長の目から惜しみなく涙を流している。
「おいおい、そんなに泣くなって。な?」
俺はキャロにした時と同じくセラの肩に手を置こうとした。
「あ、あれ?なんか、腕が上がらないんだけど⁇」
よくよく確認してみれば動かないのは腕だけでなく両の脚もで、可動するのは腕を除く上半身だけだ。
「…!そうでした。あまり動かず横になっててください。ルフトさんは普通なら全身不随になってもおかしくないだけの負傷をしたんです。寧ろよく上半身を動かせますね⁉︎えっ、何でですか⁉︎」
俺が動ける理由がわからず、アタフタと落ち着きなく動くセラ。
余程の重症だったんだな。
「ん?あ、あー。言われてみると身体が痛いな…」
病は気から、とはよく言ったものだ。気にした途端に身体に力が入らなくなりベットにもたれてしまった。
「ごめんセラ、小虎。俺…もう少し寝るわ」
「勿論構いません。今日はゆっくり休んで下さい。あの後どうなったのかは貴方が目を覚ましたらお話ししますから」
俺はセラの方に顔を向けコクンと頷く。
やばい、微睡んで来やがった。まだ、もう少し話したい事があるのに。
俺は重くなる瞼を必至に堪えながら小虎の方に顔を向けた。
「わざわざ来てくるてありがとな、小虎。仕事もあるだろうに。起きたら何かお礼しなきゃな」
「なぁに気にすんなって!それよりも早く寝て元気になれよな!起きたらどんな戦いだったか、土産話を聞かせてくれよ!」
ニカッ、といつものように歯を見せ笑う小虎。
これでようやく寝れ…
あぁ、そうだ。もう一つ言わなきゃ。
俺は閉じかけた瞼を無理矢理開け覚束ない口調で話した。
「起きたら土産話の他に大事な話があるんだ。さて、それは何だと思う?」
2人へ問題を投げかける。
『何でしょうか?わかりません』
首をかしげるセラ。
『わからねぇな。早く教えてくれよ』
顔をしかめ、答えを聞こうとする小虎。
『答えは…俺が起きてからだな…』
返事に満足した俺は瞼の裏にいるあいつへ会いに行く事にした。
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さよーならー