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俺とセラと初めての依頼

どぞ

〔翌日〕


(ぜ、全然眠れなかった…)


嫌な予感が見事に的中した翌朝早朝。

セラと一緒にギルドへ向かう道すがら昨夜の事を思い出していた。

何でも『冒険の伴侶となった者同士は用を足すとき以外は共に行動するのが普通』と母に教えられたのだとか。

間違いなくそれは普通じゃない。一緒の部屋で寝るだけならまだしも、風呂まで一緒ってのはどうなのだろうか。

ちょっとした口論の末にセラが渋々納得してくれたお陰で風呂には一緒には入らなかったが、いつまた一緒に入ろうと言い出すのか分かったものじゃない。


「顔色が悪いですね。大丈夫ですか?」


俺の葛藤を知らずにセラが聞いてくる。

…そっちはいいよな、気持ちよく眠れて。こっちは隈が出来てるんだぞ。

とは言えるわけもない。


「あぁ、ちょっと考え事をしててな」


眠れなくて仕方なくだが。


「そうですか。何を考えていたんですか?」


当然と言えば当然の疑問。

丁度いい。どうせギルドに着いたら言おうと思ってた事だ。今言っても変わらないだろう。


「それはだな、今日行く依頼についてだ。いろいろ考えたんだが、まだ俺たちはお互いのを知らな過ぎる。

だから、簡単な討伐モノにでも行こうと思うんだが、どうだろう」


歩き始めると同時に尋ねる。


「それが良いと思います。とすればどんなのが良いでしょうか?」


と、答えると、セラが思案し始めた。

少し考えても何も言わないあたり、あまりいい案が出ていないのだろう。

そこで俺は一つ提案した。


「思ったんだが、スライムなんかはどうだ?」


スライム・・・・青くてプルプルして全体的に丸く耳の様な突起がある生命体。どうやって繁殖しているのか、どこで生まれるのかが全く明らかになっていない謎多き生物。

比較的弱く精心面・心理面も脆く頭も悪いので初めてにはもってこいの魔物だ。稀に人語を解し何かしらの術を操れる個体もいるそうだが、そういったものは収集家が高く買い取ったりしているらしい。


「そうですね…少し物足りない気もしますがいいんじゃないでしょうか」


少し考えた後セラがそう言ったので。


「よし!んじゃ、そうするか!」


こうして、初めての依頼はスライム狩りに決定した。











とは言ったものの。

ギルド内の依頼用紙の張り出されている掲示板を見てため息をつく。


(そんな都合のいい依頼があるかなー)


さっき決まったスライム狩りだが、そもそもそんなものが依頼されているのだろうか?

自分から提案したのもあってが依頼がなければバツが悪い。


『ウチの近くにある廃屋に化け物が出ます!誰か助けてください!』


『昨日から巨大な青い物体が我が家の離れの近くに住み着いてしまいました!誰か退治してください‼︎』


『洞窟付近に住んでいるはずのドラゴンが民家の近く数十キロ地点まで来てしまってい…』


半ば流れ作業で用紙を見続けていると、一つだけ気になるものがあった。

少しだけ視線を巻き戻し、依頼用紙をよく見直す。


『昨日から巨大な青い物体が…』


初めに読んだところを飛ばし詳細の書いてあるところに目をやると。


『この青い物体はプルプルしていて気持ち悪くて仕方ありません!私はプルプル恐怖症なので早く退治してください‼︎報酬は十万Gです!場合によってはそれよりも多く払います‼︎ーー筋肉自慢の男よりーー』


ふむふむ。青くてプルプルか…

このプルプル恐怖症の筋肉男からの情報を整理すると恐らく巨大なスライムだろう。

どの程度大きいのかはわからないが恐怖症の人が言う大きいってのは信用できないし、多分誇大表現だろう。

スライムは駆け出しの頃でも割と簡単に倒せた。それのちょっと大きくて少し強い奴だろ?

それで10万Gとかボロいな。


「よし」


俺はその紙を取り、セラの待つ受付まで急いだ。







「あ、ごめんセラ。ちょっと待ってて」


依頼を達成するべく町の外へ向かう途中、俺は用事を思い出した。


「急にどうしたんですか?」


怪訝な顔のセラ。


「いや、ちょっと鍛冶屋に用事があるんだ」


「鍛冶屋…ですか、何でまた?」


「ああ、二日前に鍛冶屋の亭主に足らなくなった刀の材料の鉄鉱石を取ってきてくれって頼まれててさ。それの期限が今日の昼までだったのを思い出したんだ」


そう言うとセラは納得したらしく。


「そうでしたか。それなら早く持って行きましょう」


と言ってくれた。

んじゃ少し待ってて。と言い、駆け足で鍛冶屋へ向かおうとするとセラが袖を引っ張り『私も行きます』という顔をさえれてしまう。

……別に隠す必要もないし、連れて行くのはいいのだが、なんのなくいやな予感がした。



それから十分後。


『ゴンッ』『カキーン』『ゴンッ』『カキーン』


大槌と小槌で焼けた鉄を叩く音が響く、鍛冶屋に到着した。

ここだけいつも他の所より温度が高く、直ぐに汗ばんでしまうのが難点だ。


「おーい!大さーん‼︎頼まれたもん持ってきたぞー‼︎‼︎」


鉄を打つ音がうるさかったのか、俺の声がうるさかったのか、隣ではセラが耳を抑えている。


「ちょっと待ってろや‼︎おい‼︎小虎ぁ‼︎ガキから物貰ってこい‼︎」


俺の声が届いたらしく大さんから返事が返ってきた。

どうやら彼は手が離せないらしく代わりに娘の小虎がくるみたいだ。


「うっせーぞじーちゃん‼︎すぐ行くから黙って積沸つみわかししてろ‼︎」


「だったらとっとと行けバカ娘‼︎」


鉄を打つ音よりも大きい声…というよりは怒声で二人が会話をしている。

ホント、この祖父と娘は口が悪いな。


「すまねーなルフト、毎回毎回材料の調達頼んじまってよー」


「いいんだよこのくらい。あんたらにはこの刀を貰った礼があるからな。またいつでも言ってくれ」


小虎は差し出した袋を受け取りながら謝罪とも取れる礼を言う。

鍛錬をしていたのか肩につくかつかないかくらいの赤っぽい髪に手ぬぐいを、上半身に主張するそれを殺す様にしてサラシを巻いている。


「うれしいこと言ってくれるよ。

で、どうだ?柄長ノ太刀の使い心地は」


「いやぁ、あいかわらず切れ味が良くてお世話になりっぱなしだよ」


柄長ノ太刀、というのは俺の使っている武器の名だ。

小虎が考案した太刀らしいのだが完成品を見ると余りにも柄が長過ぎて扱える人が限られてしまい、売り物にならなかったらしい。

なのでそれを俺が譲り受けた。

…文句、と言う程ではないのだが、どうして作る前に気が付かなかったのだろうか。

普通に考えて柄が一般人の指先から肩までの長さがあるとか、それもう少し長くして槍やげきにすれば良いのに。

なのに刃渡りを標準的な刀と同じにするとか、そんなのを求めている奴がいるとは思えない。

なお、長巻とか薙刀とか言うと怒られるので注意が必要だ。

以前、迂闊に口走ったせいで小虎に殴られた事がある。

どうせだからと思い、作った理由を聞いたら、何でも今までに無い新しい武器を作りたかったのだとか。

『突端なのを作ればいいわけじゃないぞと』思わず言ってしまったら、更に殴ってきやがった。お陰で何日間か顔の腫れが引かずに困ったものだ。

まぁ、俺には狙ったかのようにバッチリ合って武器に困らなくなったんだけどな。


「だろ!?やっぱ成功してたんだよ!」


うんうん、と押し殺せていないものの下で腕を組み満足げに頷く小虎。


「おっと、それじゃ俺は依頼に行くから、またな!」


んじゃ行くかセラ。そう言いながら踵を返し鍛冶屋から離れ…

ようとすると、がっしりと肩を掴まれた。


「痛たたた!?何すんだよソラ!肩が!肩が壊れる!」


何で俺は今ソラ…もとい小虎に肩を鷲掴みにされているんろうか。


「おい…お前、その隣にいる女の人は誰だ…?」


おまけにかなりの殺意を込めて睨まれている。


「あ、あぁ、この人はセラっていって俺の伴侶……つまり今後の仲間だったたっ!わかった、わかったから一旦落ち着け‼︎」


尋常じゃない力で肩を鷲掴む手をどうにか振りはらうと、小虎は話し始めた。


「…ふぅん?そうか、セラって言うのか…ってそんな事はどうでも良いんだよ!何でお前は女の人と組んでんだよ!」


物凄い剣幕で言い寄ってくる小虎を制し耳元で経緯を説明した。

誰かに聞かれたらマズイからな。

辺りの温度にやられているのか、小虎は顔をすこし赤くしながら静かに俺の言葉に耳を傾けている。


「はぁ…そう言うことか。納得した。後、そっちのセラって言ったか?みっともないところを見せちまってすまなかったな。許してくれ」


落ち着きを取り戻した小虎はセラに詫びを入れ、会釈をすると再び俺に話し始めた。


「それとルフト、お前次俺のことソラって呼んだら冗談抜きで殺すぞ」


「わかった。すまん。本当にすまん。お前がその名と共に女を捨てた事を忘れてた」


「お前、おちょくってるだろ」


「そ、そんな事少ししかないぞ。

さ、行こう、セラ!!」


「え!?あ、はい!!」


俺はセラの手を引きながら走り去ると、後ろの方から。


「おい!何手を引いてんだよ‼︎ちょっと待て!昨日占ったことまだ言って…って、コラー!ルフトー‼︎」


「いいからテメェは早く戻ってこい‼︎」


「うるさーい‼︎下手したら今日がルフトの命日になるかもしれないんだよ‼︎」


そんな言い合い聞こえだ。

だがそんな事は知らん‼︎







〔二時間後〕


「おいおい、聞いてねぇぞ…こんなにデカいなんてぇぇえ‼︎」


依頼されている離れのある町のはずれで討伐対象の青くて巨大なプルプルした物体を目の当たりにして思わず叫んでしまった。

予想通りその物体ーー生命体はスライムだった。のだが…


「ここまで大きいのは見たことがありません!本当にこれでスライムなんですか⁉︎」


少し後ろでセラが見た目に似合わない大きな声で感想を言っている。

それもそうだ、本来のスライムは大体10〜15㎝でいっても20㎝だと言うのにこのスライムは人の身の丈をゆうに超え、あろう事か家と同じだけの背丈があった。


「こりゃ俺たちもプルプル恐怖症になるかもしれないな」


冷や汗をかきながらも軽口を叩いてはいるが実際問題かなり困っている。

倒せるのかなぁ。


「兎も角、先手必勝!雷銃タスラム‼︎」


言葉と同時にセラが前に突き出した太杖の先端から雷を帯びている何かが空を割きながら明後日の方向を向いている巨大スライムへ一直線に飛んで行った。


『ぷきゅぅーー!』


飛んで行ったものが巨大スライムのプルプルしている体内の中心にまで突然刺さったため、巨大スライムは驚き声を上げている。


(あれは…クナイ?)


飛んで行ったそれには両刃の二等辺三角形のような形に中指程度の長さの持ち手、終端には小さいが先端と同じものが付いている。


「雷銃!雷銃」


『ぷきゅきゅぅぅう!』


セラは更に二発、体内のクナイと思われるものを先に刺さっているものと対角線上になるよう巨大スライムへ打ちつけた。


「今から私の得意とする術を使います。近づくと危ないので、そこで見てて下さい!」


セラがそう言いうと詠唱を始めた。


ビリビリと電気的な痺れがセラから発せられる。


「我、雷神の力を得ようとするもの。頂点と二つの辺を媒介としその力、召還せん!」


《バチッ》


詠唱が終わった瞬間、最初に打ち込んだクナイに雷が落ち、残る二つへ伝わった。


雷撃ウコン領域バサラ‼︎」


巨大スライムの体内にある三本のクナイから天に向かい三角形の雷柱が空を穿つ。


『ぶぎゅううううウウう!』


雷の柱が見えなくなると目の前にいた巨大スライムは跡形もなく消えていた。


「ふぅ…どうですか?私の術を見た感想は」


額に汗ひとつ垂らしていないセラが感想を聞いてくるのだが、そんな事を聞かれても


(え、えげつねぇ…)


その一言に尽きるばかりだ。


「あの〜アレだな、なんていうか…凄いな。うん!」


まさかあんな可愛い顔で笑う女性がここまでえげつない威力の術を使うとは思っていなかった。


「ふふふ、そうでしょう?今のを見せると大概の人はそう言うんです」


以前と同じく口を押さえながら笑うセラ。


「それより、討伐対象のスライムはこれで終わりでしょうか?」


笑うのをやめたセラは首を傾げている。


「あー、どうだろうな」


周りを見渡すがそれらしい影は無い。

正直、他にもスライムがいたとしても今のを見れば逃げると思う。


「少し先の方へ行ってみますか?」


「そうだな。念のため危険地帯との境目のところまで行ってみるか」


セラが足早に俺の隣まで戻ってきたのを確認し移動を始めた。










「どうやらいないみたいだな」


「そうですね。では、そろそろ町に戻りますか?」


離れから十分ほど草原を歩き、木々の生い茂る危険地帯との境目まで来た俺たちは取りこぼしが無い事を確認し終え、帰路につくかの相談をしている。


「シッ、ちょっと静かにしてくれ」


指先を口に当てて喋らないように促す。


「(どうかしたんですか?)」


声をひそめセラが聞いてくる。


「(何か…声が聞こえないか?)」


セラは疑問に思いながらも隣で耳を澄ますと。


『……れ…か……』


「‼︎」


俺たちは顔を見合わせもう一度耳を澄ませる


『だ…か…た…け………』


声は危険地帯の中から聞こえてくる。


「セラ!」


「はい!」


俺は声の聞こえる方へ走り出した。セラはさっきと同じ場所で回復の準備を始めている。


《ガサガサッ》


声の聞こえてきたと思われるとこには乱雑に雑草が茂っている。俺がそこを掻き分けるとそこには声の主がいた。


「おいしっかりしろ!」


倒れているそいつを抱き上げると、身体は血だらけで服は所々鋭い何かで切られたかのように裂けている事に気づいた。

可愛い顔が痛みで歪み小さく「ぅぅぅ」と堪えるように悶えている。


「あな、たは…ゲホッ!」


少女は無理に喋ろうとしたため血を吐き出した。


「いい!喋るな!待ってろ、すぐに治してくれる人の所まで連れてってやる!」


俺は少女を抱きかかえセラの元へ急ぐ。


「見えた!もうすぐだからな!」


俺は大きな声で「セラ‼︎」と叫んだ。


「準備は整っています‼︎」


そう言ったセラの持っている太杖の先端は優しい緑色に光っている。当然刃物は出ていない。


「この子が声の主だ!」


「これは酷い…すぐに術を使います!そこに寝かせてください!」


言われた通り少女を寝かせるとセラは太杖の先端を1番傷の深い脇腹に当てた。

すると、みるみる傷が塞がっていき、少女から苦悶の表情が解けて行った。


「っは、はぁはぁ…これでひとまず歩くくらいなら大丈夫なはずです。後は町に戻りしばらく休めば何の心配も無いでしょう」


大粒の汗を額から流しながらセラは少女の無事を確認した。


「良かった…いや、まてよ?」


何か引っかかる。何かを忘れているような…


「どうか、しましたか?」


息を整えている伴侶のセラが頭に疑問符を浮かべてい…


「あっっ‼︎」


そうだ!伴侶だ!この子の伴侶はどうしたんだ⁉︎


「脅かさないでください。どうしたんですか?」


「この子の伴侶がいなかった!」


少女のいた茂みには他の人はいなかった。

俺の言葉を聞いたセラの表情から血の気が引いていく。


「…こは…。‼︎こ、ここはどこですか⁉︎」


少女は何度も周りを見て自分がどこにいるのかを確認している。


「ちょうど良かった!なぁおい!混乱してるとこ悪いけどお前の伴侶はどこにいる!教えてくれ‼︎」


詰め寄るように少女へ問い掛けた。


「貴方たちだれ⁉︎いや、今はそんなことよりも町に行かなきゃ!」


「待って下さい!まずは私たちにも話を!」


問い掛けを無視して走り出そうとした少女をセラが肩を掴み止めた。


「ちょ、離して!早く村に戻って助けを呼ばなきゃ…じゃないと!じゃないと!」


少女は激しく身体を振りセラの手を剥がそうする。


「落ち着いてください!」


少女を強引にこちらに向き直させるとセラがいきなり少女を抱きしめた。


「なっ!ちょっ!く…!ああっ!」


わああああ、と胸に突っかかっていたものを吐き出すかのように少女が泣き出した。


「落ち着きましたか?」


少しして落ち着き始めた少女にセラが優しい声で話す。


「ぐすっ…は、はい」


「そうですか。では、今貴女の伴侶がどこにいるか話せますか?」


まるで母娘のように見える。

少女はどうにか息を整えると話し始めた。


「…今、あの人は私が倒れていたところから真っ直ぐ行って、開けた所でドラゴンと戦っています。本当は珍しい山草の採取のクエストだったんだけど、本来ならもっと奥にいるはずのドラゴンが…」


ドラゴンと聞き掲示板に貼ってあったものが頭をよぎる。


「アレか!確か、洞窟の近くに住んでるはずのドラゴンが民家のある場所の数十キロの距離まで来てるとか何とかってクエストが貼ってあった!」


確かに貼ってあった。まさか、それがここの近くだったとは思いもしなかった。


「お願い!あの人のことを助けて下さい!お願いします!」


少女が頭を何度も何度も下げ懇願してくる。

俺はセラの隣に立ち質問をした。


「どうするセラ、正直なとこドラゴンは俺たちの手に余るぞ?この子はまだ全快とは言えない、代わりに俺たちが走って町へ行くか?」


俺を見ながらセラは一言。


「何を言うんですか、そんなこと是非も無いでしょう!?」


「そ、それじゃあ!」


懇願をやめ、こちらを向いている涙目の少女の顔に笑顔が戻る。


「まってな、お前の伴侶は俺たちが必ず助け出してやる!」


「ですから貴女は町まで行って増援を呼んできてください。流石に倒せるとは思えませんからね」


俺とセラは笑みを向けると。


「あっ、ありがとうございます!」


少女は頭を深く下げ即座に町まで一目散に走って行った。


「じゃ俺たちも行くか」


「そうですね」


顔を見合わせ走り出した。








全力疾走をしたお陰で少女が倒れていたところまですぐに着くことができ《オ"オ"オ"オ"オ"オ"‼︎》た。

思考することすら許さない、地鳴りかと間違えるほどの啼き声。

いや、これは最早災害と言える。

その声を聞いたせいで俺の足は一瞬止まってしまった。

やばいな、下手したら助けるはずのやつが死んでるかもしれない。


「これはまずいぞセラって…いない!?」


近くに人の影は無い。

どうやら立ち止まってしまった俺と違いセラはドラゴンの声にも臆する事なく先に行ったようだ。


「全く、助けたいのはわかるけどさぁ!!」


早く行かないと最悪の結末を迎えるかもしれない。


「…いや、俺が行ったところでたかが知れてるか」


けど、それでも見捨てるわけにはいかない。

覚悟を決めて行くしかないだろう。




ーーーー ---- ---- ---- ----





『…こは…さねぇ‼︎』


声が聞こえる…間違いない、この声を発している人があの子の伴侶だ。

私は草を踏み倒しながら声のする方向へ急いぐ。


《オ"ォ"オ"オ"‼︎》


又も聞こえる咆哮。恐怖で身体が縮み上がりそうになるのを堪えながら走り邪魔な枝を手で払うと、開けた場所に出た。

そこには全身が真っ赤に染まり片腕を垂らしながらも懸命に戦う1人の冒険者がいる。


「ここは…死んでも、っは、通さないよ、タコ‼︎ってぇ、理解出来るわけ、はぁ、ねぇ、か…こんなデカイ

だけの低脳野郎にはな!っ…ゲフッ‼︎」


口から大量の血を流してもなお退こうとしない冒険者。

どうにかしてドラゴンの動きを止めなければ。

私は太杖をドラゴンの周りに五角形になる様クナイを打ち付ける。


「あんた!にげ…っ!そうか…あの人が呼んで来てくれた人…か…。よかっ…た…あの人は…」


私の姿を見て少女が助かったことを悟ったのだろう。冒険者はそこに倒れこんでしまった。


(まずい!ほんの少し後ほんの少しだけ立っていて欲しかった…。そうすればもうちょっとだけ安全にあの人を回収出来たのに!間に合って、間に合って!)


眼前では今にもドラゴンが冒険者を踏み潰そうとしている。いや、ドラゴンにしてみれば邪魔者が消えたから歩こうと思っているだけなのかもしれない。けど、そうはさせない!


「神に変わり命じます!稲妻よ!矛よ!人に仇なすものの脚をお止めください!退路立ヤグルシ結界マイムール‼︎」


雲一つない青空から一筋、稲妻がクナイに落ちる。

辺り一帯に響く轟音。

やっぱり、どんな生き物も自然には勝てないらしい。

ドラゴンは驚き怯んでいる。

すると、一筋、また一筋とやがて五本全てのクナイに稲妻が落ちた。


『グォ"ォ"ォ"オ"オ"!』


稲妻と稲妻の間に雷の面が出来、ドラゴンを閉じ込める。

体勢を立て直したドラゴンはそれに構わず面を踏み潰そうとした。

…成る程、このドラゴンはあまり頭が良く無いらしい。

あの冒険者が言っていたこともあながち間違ってはいないみたいだ。


『ヴォ"ォ"⁉︎』


逃げようと面の外へ足を踏み出そうとするドラゴン。

しかし、発光しているそれは決して逃走を許さず、高圧の電流によって信仰を妨げる。

衝撃によって体勢を崩し後ろへ仰け反る。


「ハマりましたね」


「ヴォア!?ガァ"ァ"!!!』


仰け反った先にも雷の面があるため倒れる事を許さない。


『グ…グギャァ"ァ"ァ"ァ"‼︎』


やっとその事を理解したのかドラゴンは雷の面が当たらないように立つと悔しげに声を上げた。

今の内に早くあの少女の伴侶を助けないと!

駆け足で冒険者の下へ行き声を掛ける。


「大丈夫ですか!待ってて下さい、すぐに治します‼︎」


返事が無い。

近くに寄るとボロボロになり所々欠けている盾と刀身が半分くらいになっている片手剣が近くに落ちていた。

片手剣に大きな盾を持っている冒険者は男の人が多いらしいのだが、こんなになるまでドラゴンの攻撃を防ぐなんて凄い根性の持ち主だ。とてつも無い傷を負った少年は死んだように気絶してしまっている。

胸に手を当てると微かだが心臓が動いていることが確認できた。


「良かった、まだ間に合う!」


私は呼吸を整えクナイをしまった太杖の先端をありえない方向に曲がっている腕に触れさ詠唱を始めた。


「母なる大地よ…この者に僅かでいい、ガイアの加護を与え給え…!」


冒険者の身体を緑色の光が包み込み、少しづつ傷が癒えていく。


(後少しで動かせるように…)


呼吸が荒くなる。1日に2度も瀕死の重傷を負っている人を治したんだ。そうなるのも当ぜ…


『グォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"ォ"‼︎‼︎‼︎』


「なっ…」



一際大きな破裂音。

驚き、振り向いて愕然とした。

雷の面が、破られている。

ドラゴンは痛みを顧みず無理矢理に面を踏み潰したらしい。右前足からは黒い煙が立ち上り、鼻を突く異臭が鼻腔を攻撃してくる。

まずい…

今いる所はドラゴンの足元近く。このままだとすぐに踏み潰されてしまう…!


「くっ!まだ、まだ治し切っていないのに…!」


もうダメかもしれない。そう諦めかけた時、後ろから、声が聞こえた。


「悪い、待たせた!」


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


雷の柱五本が見える。柱から柱へ雷が走り、やがて五つの面へと変わり、箱のようになった。


「セラがやったのか、あれ…」


走りながら感嘆の声を上げる。

あんなものを作り上げるセラの精心は一体どうなってるんだ。

術を使うにあたり重要な精心とはつまり、精神面と心理面。

人には誰しも夢や理想がある。欲望や、その時の感情がある。

一人前になりたい、誰かのためになることがしたい、強い武器が防具が欲しい。

そして。

誰かを助けたい、と。

今のセラならどんな特大の術でも出せるだろう。アレだけの咆哮に身動みじろぎ一つせず駆けて行けたのだから。

でも…

でも、出せてニ回。

何故か?セラは既に二度も術を使っている。


ーー一度目は巨大スライム討伐の時。


得意とは言っていたが俺から見れば十分過ぎる程の術だった。


ーー二度目は少女を助けた時。


セラの得意とする術…ウコンバサラを使った時は息一つ乱さなかったのに回復の術を使った時は汗をかいていた。しかも大粒のものを。

この事を考えるにセラはかなり精心を削っている。

そしてさっきの雷の箱だ。巨大スライムの時に使ったウコンバサラとは比べ物にならない程太い雷が見えた。きっとセラが使える中でも上位に入る術の一つだろう。

アレは間違いなくドラゴンを閉じ込めるためのものだ。

もう一つ、少女の言っていた伴侶はどうなっている?普通に考えれば生きているとは思えない、が…

生きていたとしたら?

セラは何よりも先に助けるだろう。元々そのために走って行ったのだから。


「やばいな…」


身体に走って出てくるものとは違う気持ちの悪い汗が出てくる。

やがて開けた場所に着いた。

目と鼻の先では象がアリを潰そうとしている。

ダメだ、そんなことだけは!!


「悪い、待たせた!」


「…ルフトさん‼︎」


セラの足元には冒険者が倒れている。あいつがあの子の言っていた伴侶だろう。


「この人は大丈夫です!どうにか間に合いました!」


「そうか…!」


おれはホッと胸を撫で下ろし冒険者が助かった事に安堵した。


「後はあのデカブツをどうにかすれば良いんだな…!」


背中に背負っている太刀に手をかける。


「セラ、さっきまではお前にばかり術を使わせてたけど、今度は俺がドラゴンの注意を引く!そしたらそこからすぐに離れろ!」


口早にそう言い術を使った。


俺の身体がドラゴンと同じ高さになる。


「今度は俺の番だ!」


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


十分。

巨大スライムを討伐しに来る途中に彼から言われた。

術を使いながら全力で戦える時間だそうだ。


『それを超えるとどうなるんですか?』


私がそう問うと彼は答えた。


『簡単。誰にも見せたくない俺の弱点が露わになるんだ』


彼は笑っていたが全力で戦える時間が十分というのはかなり少ない。弱い魔物とならそれでもどうにかなるだろうけど今回の様な大型の魔物だったりの時には余りにも短すぎる。

そして、その十分が過ぎようとしていた。


「あ"あ"あ"あ"ぁ"ァ"ァ"‼︎」


『グ…ガァ"ァ"!』


目の前では昨日今日上級の冒険者になったとは思えない程の戦いが繰り広げられている。

大きくなったはずのルフトさんの身体は元の形に戻っている。一度大きくなったのはドラゴンの注意を引きつけ私達を遠くに移動する時間を稼ぐためだったのだろう。

お陰で私達は安全なところまで移動出来た。

元に戻ったルフトさんの動きはそれは凄かった。

相手は動く要塞の様なものなのにルフトさんは臆する事なく斬り掛かっている。

ドラゴンの足に袈裟斬りから右へ薙払い、その勢いに逆らう事なく上から叩き斬る。

軌道が目で見えるほど速く、流れる様に斬撃を何度も何度も繰り返す。


『グヴァ"ァ"ァ"!』


そして、とうとうドラゴンが蹌踉めく。


「まだ!!」


ルフトさんは反対の、体重が掛かっている方の足へ素早く移動し反対の足にしたように斬りつけ始めた。


『ギャグ⁉︎』


安全だと思っていた足に突然斬撃を受けたドラゴンは嵐の様な呻き声と木々をなぎ倒す轟音とともに倒れた。


「ルフトさんはいつの間に右前足に⁉︎」


とてつも無い速度で移動したルフトさん。あそこまでの速さで移動するにはそれに特化した術を使わないと無理なはず…!

当のルフトさんはその有り得ない速さで倒れたドラゴンの首根っこの辺りまで来ている。

弱点と言われているドラゴンの首には俗に言う逆鱗というものがある。

ドラゴンを倒すときの鉄則に次の様なものがある。

首を攻撃するとき逆鱗には絶対に触れてはいけない。何故なら、ドラゴンが


『グ⁉︎ガァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア‼︎‼︎』


激怒し力や耐久力が格段に跳ね上がってしまうから。


ーーーー ーーーー ーーーー ーーーー ーーー


『グ⁉︎ガァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"ア‼︎‼︎』


倒れたドラゴンの首根っこに連撃を叩き込むと今までとは比べ物にならないほどの声を上げた。

森は揺れ、木々は騒ぎ、野生の生き物が生命の危機を感じその場を後にする。


「やっちまった…」


調子に乗り過ぎた。このまま攻撃を叩き込めば倒せるかもしれないと。

刻限の時はとうに過ぎている。それでもやれるんじゃ無いかと。

甘かった。

相手は伝説にすら名を残す程の化物。倒れたときに二人を抱えてでも逃げるべきだった。

けど、分かっていた。ここで逃げようともいずれは俺たちの住む町へ来るって事を。


「いいさ、やってやるよ!」


立ち上がろうとするドラゴンに掌を向ける。


「虚像」


そう言い、立ち上がり始めたドラゴンが凍りついた。

勿論、現実では凍りついてはいない。セラたちから見れば止まったドラゴンを見て頭にハテナを浮かべる事だろう。

これは相手に任意の幻覚を見せる技。

ドラゴンは今、自分が凍りついて動けない状況に陥ったと錯覚しているはずだ。

勝負をかけるなら、今しかない。


「ぅあ"ぁ"あ"あ"あ"‼︎」


ドラゴンの首を切り裂くように激しく斬撃を叩き込む。

何度も、何度も、何度も、幾度となく斬撃を繰り出す。

俺は普段、攻撃する時はある事を気にしながらしている。

それは、より効果的にダメージを与えるという事…ではなく自身の身体に負担がかからないように。

俺の身体は所謂特異体質ってヤツだ。一般の人の回復系の術は効果が無い。

それが何を意味するのか。それは実に単純明快だ。

傷が、治せない。

冒険者を目指すという事は生傷の絶えない日々を送る事と同義。

勿論医者と言われる術使い達はいる。普通の冒険者なら余程の、それこそ呪いの様な攻撃でついた傷でもなければ医師や回復系の術が使える人なら治せる。

だが、俺は違った。

治せる人が一人しかいなかった。

前衛とは常に生き死にを考えさせられる立ち位置だ。そのため教わった通りの攻撃をし続ける事は難しい。決定打にならないからだ。

普通なら任意である程度無理矢理な攻撃が出来る。

例えそれで致命的な傷を負ったとしても…。


『ゴガァ"ァ"ァ"‼︎』


自分の身体が何でも無いと気付き動き出すドラゴン。

けれど首は分厚く硬い鱗が何枚も剥がれ地肌が見えている。

俺はそこに今出来る精一杯の攻撃をした。


「う"ぁ"ぁ"ァ"ァ"‼︎」


身体にかかる一切の負荷を無視した。

柄の一番端を握り思いっきり叩きつける。かと思えば短く持ち直し円を描きながら斬る。逆袈裟、唐竹、右切り上げ、刺突。斬り上げ、斬り下げ左へ薙いで。


『ブガァ"⁉︎グギャァ"‼︎』


無理な動きにより筋肉が軋み、耐えられるはずの無い衝撃で骨が砕け、それでも動くために心臓が激しく脈打つ。

いい加減休ませてくれ。それが出来ないのならせめてすべを使って偽装してくれと。だが、そんな暇があるならば、あと一撃、さらに一撃、相手に傷を与えたい。こんな機会は多分もう来ないと直感しているから。


「何してるんですか!そんな向こう見ずな動きばかりをしていたら肝心な時にルフトさんが息が止まってしまいます‼︎」


後ろからセラの怒声が聞こえる。

あぁ、そんな事は百も承知だ。だが俺はそれで構わない。トドメはお前が刺してもいいし、それが無理なら後から来る他の奴らでもいい。要はこいつを倒せればそれでいい。

俺はなおも激しく攻撃し続けた。


「全く…貴方という人は‼︎」


セラの声が再び聞こえたと思ったら心臓の荒ぶりが治り身体中の疲れが消えた。


(やっぱ、あいつを選んで良かった)


「ありがとう‼︎‼︎」


一言大きく叫び俺は最後の攻撃に掛かった。











『グ…オ"オ"オ"ォォ…』


「……もう、動けない」


ドラゴンが倒れると同時に俺も地面に背中を預ける。


「おい!大丈夫か!みんな生きてい…なんだこれは⁉︎」


聞き慣れた怒声はギルドマスターのテピュラスのものだ。どうやらあの少女が呼んできてくれたらしい。


『テピュラスさん危ないで…何だこれは⁉︎』


『隊長殿、テピュラスさん、そんなに先に行かれては危な…なんだこれは⁉︎』


皆、口々に感想を述べている。

俺の後ろで倒れているドラゴンを見るたび馬鹿の一つ覚えの様に『何だこれは』、と。

…身体が少しも動かない。腕一つ、指一本の筋肉すら動かない。


「大丈夫ですか!ルフトさん‼︎」


青空しか見れないはずの俺の瞳に涙目のセラが映る。


「待ってて下さい!すぐにでも身体を…⁉︎」


セラの表情が強張る。


「何…ですか…この傷の量は!最近ついたものだけじゃ無い、何年も前についたと思われる傷も!これはどういう…‼︎まさか‼︎」


……まずい、意識が遠くなる。


「すぐに、治してみせます!だから、まだ死なないで下さ…」


最後まで聞き取れないがどうやらセラが傷を治そうとしてる様だ。

有り難い。こうまでしてくれる人がいるとは、思いもしなかった。

まだ、昨日会ったばかりだっていうのに。


(言わなき…)


ーーそういや、小虎がなんか言ってたな…


依頼に出る前の事を思い出そうとしたその時だった。

ブチリと俺の中で何かが切れた音がしたのは。









To be next story


それではまた次回

さよーならー

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