俺とセラと危ない状況と
初めて話を書き終えました。
楽しんで読んでもらえれば幸いです。
心臓が激しく脈打つ。
いい加減休ませてくれ。それが出来ないのならせめて術を使って偽装してくれと。
だが、そんな暇があるならば、あと一撃、さらに一撃、相手に攻撃を与えたい。
こんな機会は多分もう来ない。
「何してるんですか!そんな向こう見ずな動きばかりをしていたら肝心な時に貴方が倒れてしまいますよ‼︎」
後ろであいつの怒声が聞こえる。
あぁ、そんな事は百も承知だ。だがそれで構わない。
トドメはお前が刺してもいいし、それが無理なら後から来る他の奴らでもいい。要はこいつを倒せればそれでいい。
攻撃の手は緩めない。
いいや、むしろ激しく乱撃を叩き込んでやる。
「全く…貴方という人は‼︎」
あいつの声が再び聞こえたと思うと、次の瞬間には心臓の荒ぶりが治り身体中の疲労感が嘘のように和らいだ。
(やっぱ、あいつを選んで良かった)
「ありがとう‼︎‼︎」
一言大きく叫び俺は最後の攻撃に掛かった。
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俺の現在住む町には多くの冒険者が集う所謂ギルドなるものが存在する。
このギルドというのは周知の通り様々な依頼を受注・報告する受付の他に簡易食堂や簡易商店がある。
ちなみに俺の住む町のギルドは他のところよりも少し大きく、この町に訪れたばかりの新米冒険者らがタダ同然で宿泊できる施設があるのが特徴だ。
「今日で俺もようやく一端の冒険者か。長かったような、あっという間だったような」
晴れ渡る空を見上げ、胸の中に心地の良い苦しさが訪れる。
俺がこの町に来てから丁度半年。
ここの暮らしにも随分慣れた。
「最初はその日を生きるのすら辛かったよなぁ」
激安の宿があるとは言えそれは同時に宿泊者が多いって事と同じ。
泊まれるのなんて稀も稀。
基本は有料の宿か、野宿かだ。
それに、最初に受けられる依頼には制限があって、新米の冒険者が受注できるものの大半は薬草類などの採取や町の周りにいる弱い魔物の討伐等で非常に簡単なものばかり。その分報酬も大した事がない。
採取クエスト1クリアにつき有料の宿一泊分。簡単な討伐依頼一つにつき大体一食分って所だ。
勿論最初のうちはどこにどの薬草が生えてるのかとか、殆どの魔物の場合討伐はおろか逃げるのがやっとなのだから慣れるまではその日の食事にありつく事が出来ず、競争率が高すぎてギルドの宿に泊まる事すらできない。
そんな日々が続いた。
そのため大抵の新米冒険者は3日と持たず野垂死にするか夢半ばにして諦めるかだ。
無論そんな初手の初手で躓くような者が過酷な冒険者を続けるのは土台無理な話だから、考え方によっては良い現状だろう。
で、俺はそれを生き残った。泥水をすすり、そこらの草を噛み潰し、毎夜毎夜場所を変えては馬小屋に忍び込み干し草に包まりながら一日を終える。
そんな生活をどうにか一ヶ月耐え抜いた。
それ以降は食事にありつけるようにもなり、馬小屋の主人にの手伝いをして休むこともできるようになった。
この半年間でギルドの宿を利用できたのは結局三回か四回程度だった。
「思い出すだけで涙が出るなぁ」
よくこの劣悪な環境を生き残る事ができたと感涙で咽びながら神に感謝した。
本当によく生き残ったよな俺。
でも、今日からは違う!
半年経てば難易度は上がるがその日一日は食うに困らず普通の宿に泊まる事も可能な上、更には翌日に貯蓄する事すら夢ではないだけの報酬をもらえるクエストが受けられる!
サヨナラ馬小屋生活!こんにちは人並みの生活‼︎
両の拳を強く握りそのまま上へ一直線に伸ばした!!
『なんだアレ』『大丈夫なのかしら』
周りから声が聞こえる。
ついでに危ない人を見る冷たく凍てついた視線が身体中に突き刺さる。
…気分が上がりすぎてしくじったな。
伸ばした両腕を引っ込めそさくさとその場を後にした。
街中から十五分くらい歩くと、目の前には明らさまに人の集う大きな建物が見え始めた。ギルドだ。
そこに行くであろう冒険者たちが俺の周りにもたくさんいる。
どんな人がいるのかな?周囲を見てみると、右には半裸の屈強な筋肉(とさか頭)、左にはさらに屈強な半裸の筋肉(色黒ハゲ)が。
他にも、何故かハゲてる人ばかりが目に付く。なんだろう。このまま俺もハゲるのだろうか。
「…って、そんなわけないか」
暑苦しい冒険者に挟まれたせいか正常じゃなくなった思考を戻すため、ちょっと立ち止まって後ろの方を見ることにした。
……右に見えるのは雲ひとつない空のような蒼さをした髪を背中まで垂らした可愛らしい少女。
左には肩につくかつかないかくらいまで伸ばした漆黒の髪を耳へかきあげている知性を感じさせるメガネが特徴的な女性。
……どうも偏りがあるな。
「ま、そんな日もあるか。それより、誰と組めるかなー」
気持ちを切り替えて、再びギルドの中へと向かった。
「ーーでは、半年間以上の貢献をした冒険者の方たちはこちらの部屋へ来て下さーい!」
綺麗な声でハツラツとした案内役の女性が誘導を始めた。ギルド内は本来なら数多くの冒険者でごった返すはずだが、年に一度だけギルドの中が空く事がある。それが今日だ。
理由は簡単。
この、年に一度の今日という日は冒険者達にとって特別な日でありまた、冒険者を支援している人達に取っても特別な日だからだ。
何を持って一端の冒険者とするか、それは単純な腕力でも、知力でも、勿論、金や権力でもない。
そう、どれだけの時間、ギルドや町や村、国の力になれたかだ。
その最低期間が半年間である。
要するに半年以上ギルドで依頼を達成すれば良いのだ。
「ーーちらでギルドの長のテピュラスさんから説明を受けてくださいね。では!」
二本指を立てた手を額に当てた案内嬢は笑顔でその場を後にする。
入れ違いで一段高くなっている壇上へ現れるのは、この町のギルドマスターであるテピュラスだ。
傷だらけの屈強な肉体、左目に刀傷を持つ強面顔、金髪の怒髪天。およそカタギとは思えない大男がドスの効いた声で話し出した。
「みんなよく来てくれた!今日この時間より諸君らは上位の依頼を受ける権利を持ったわけだが、それと同時に忘れないでほしい事がーー」
〜十数分後〜
より難易度の高い依頼を受注できるようになった事とそれによって伴う責任と危険性についての説明があらかた終わり、俺たちは正式に昇級した事になった。
うつらうつらと船を漕ぎ始めた冒険者達がチラホラ見え始めた頃。
「さて、それでは諸君らには今後ともに行動する仲間を選んでもらおうか‼︎」
一際大きいテピュラスの声で半分以上の船長は船ごと沈んでしまった。つまり椅子からずり落ちその衝撃で起きたという事だ。それでも海原へ出向したままの冒険者もいるにはいるが。
ちなみに俺は、今、隣に座っている人達に謝っている最中だ。
「ガッハッハッ!この光景は毎年の風物詩だな!」
どうやら沈没しているのは俺たちの代だけでは無いようだで、少しだけ安心した。
つーか、だったらもっと話を短くすればいいのに。
「それでは諸君!良き伴侶に巡り合えることを願っている‼︎ガッハッハッ‼︎」
怒声とも取れる笑い声と共にテピュラスはその部屋を後にし、それに続いて1人また1人と冒険者が出て行った。
(全く心臓に悪いったらないな。
あれで好きなものは甘味と可愛くされた動物の人形なんだから世の中わからないよな)
部屋の中が片手で数えられるほどの人数になった頃に俺はようやく腰を上げる。
部屋に今いるのは未だに大海原へ出向している船長だけなのだが…
1人だけ微動だにせずさっきまでテピュラスのいた場所をジッと凝視している女性がいる事に気付いた。
無表情のその人は眼鏡をかけていて、濃いめの栗色の長い髪をしっかり整えている。服装は深い黒色で肌の露出が無く、いかにも精心系の術を使いそうな人の身なりをしている。
隣に置いてある太杖の先端からは黒光りする刃物が出ていのだが、あれは何に使うんだろう?
やがて海から戻ってきた船長も帰り、部屋の中の人が俺とその女性しか居なくなる。
それでも一向に動こうとする気配が無い。物置か彫像のように一切動かない。
(凄いな、俺が見始めた時と変わらず背筋はピンと伸びたままで全くよそ見をせずに正面を見てる)
怖いくらいの違和感に、けれど興味が湧いてきた。
この人が動くのを見てみたい。
そう思った俺は少し離れたところで観察する事にした。
幸いこの部屋には掛け時計があるからどのくらい時間が経ったのかが分かる。
(今の時間は…大体十三時か)
この時は三十分もあれば行動するものだと思っていたのだが……
〜三十分後〜
「・・・・・」
(全然動かないな。ま、このくらいは想定内だ)
〜さらに一時間後〜
「・・・・・・・」
(全く動かないな。この人は本当に生きているんだろうか)
〜さらにさらに一時間半後〜
「・・・・・・・・・・」
俺は無言無表情で立ち上がると固まり始めた関節を軽くほぐしてから女性の近くまで足早に寄りその肩を叩いた。
「大丈夫ですか⁉︎生きてますか⁉︎」
これはおかしい。計三時間も最初に見た頃と全く変わらない状態でいるなんてどう考えてもおかしい!それこそ、何かしらの術にかかってるとしか……
「…あっ」
声を発すると同時にこちらを向いた女性。切れ長の目に整った顔立ち、とても綺麗な人だ。
そして気付く俺。
「やべっ」
よく考えてみたらこれ、ただの不審者じゃないか。
知らない人を三時間も観察した挙句我慢できなかったから肩を叩いた、なんて全然普通じゃ無い。
「あの、もしかして私ここでずっと動かずに座っていたのでしょうか?」
「え、ええそうです。三時間ほど全く動かずに座っていました」
「三時間…?」
墓穴を掘った。わざわざ馬鹿正直に時間まで答えなくても良かったのに。
これじゃ俺がずっと見ていたことがバレてしまう。
「なるほど。それならまぁ……失礼しました」
俺の不安をよそに、ペコリと九十度きっかりとお辞儀すると女性はそのまま部屋から出ようとした。
マジか。三時間も見られてた事には触れないのか?
いや、俺としてはありがたいことなんだけど、それでいいのだろうか。
いや、今はそれより気になることがある。
「あの、ごめん!」
ドアを開けようとした女性の肩を掴みながら声をかけた。
「…なんでしょうか?」
不審な人を見る時のような視線を浴びせてくる女性に構わず質問をした。
「さっき、『それなら』って言いませんでしたか?」
気になっていた事、それは三時間『も』全く同じ体勢で動かないというのにこの女性は『それなら』と言ったことだ。
それはつまり。
「えぇ、普段に比べれば半分ほどですので。……それがどうかしましたか?」
つまり、普段なら三時間以上が当たり前ということだ。
まさか、とは思ったが、まさか本当にそうだとは思いもしなかった。
よくこの女性はこの半年間かそれ以上を生き残れたな。
でも、考え方を変えてみるとこの女性はそんなわけのわからないことをしていても生き残れたって事だ。
なら、それを補って有り余るほどの術を使える、という事なのかもしれない。
そう考えると、とても興味が湧いた。
「あの、俺の名前はルフトって言います。…突然で驚くかもしれないけど、この後一緒にご飯でもどうでしょうか」
食事に誘うことにした。
激しい喧騒が鼓膜をつんざく。
右を見ても左を見ても人ばかり。
『いらっしゃーい‼︎空いてる席へどーぞー‼︎』
『二名様入りましたー‼︎』
数分後、私はギルド内で知り合った男性ーールフトさんと食事をするために町の酒場へ来た。
夕飯時という事もあり酒場には活気があふれている。
…座る席あるかな。
「ん!おーい、ここ空いてるぞ〜!」
私よりも少し先を行っていたルフトさんが席を見つけたらしい。
耳を覆うような人の声の中でも聞こえるように呼び掛けてくれた。
「わかりました」
私は返事をしながら声のする方へ足早に向かう。
「ふぅ、あいててよかった」
軽く息を吐きながら木製の丸い椅子に腰掛けるルフトさん。
それに倣い、向かい側に、太杖を身体に立てかけながら座る。
テーブルは椅子と同じ木製の丸型。掃除が行き届き水滴の一滴も垂れていない。
「えぇ、そうですね」
ルフトさんの言葉に答え、私は本題に入った。
「それで、貴方…ルフトさんは何故私なんかを食事に誘ったのでしょうか?」
短く黒い髪の少年ルフトさん。年齢は…多分十七、八くらいだと思うから、私とそんなには離れてない。
背は私より大きいし、年上なんだと思うけど、格好が少しだけ変だからあんまりそんな感じがしない。
……だって、明らかに防御力がない着流しなんだもん。こんな防具で戦闘するなんてちょっとあり得ない。の、割りには身の丈ほどもある槍の様な薙刀の様な武器を背負っているし、なんて言うか、変だ。
「誘った理由か、そうだな…」
ルフトさんは額を軽くさすりながら少し考えると
「端的に言えば興味があったからだな」
と答えた。
興味があったから、か。私にそんな魅力があるのだろうか?
「私のどこに興味が湧いたのですか?」
「……色々だな」
再びの私の問いに歯切れ悪く応える。そんなに言い辛い事なのかな。
「まぁ、そんなことはどうでもよくでだね。それより…えぇと」
「……あ!これは失礼しました。私の名前はセラです。気軽に呼んでもらって構いません」
「それでセラ、君の使える術を知りたいんだけど教えてもらえる?格好を見るに精心系に特化してるっぽいけど」
ーー【術】と言うのはこの世の生物全てが生まれながらにして使える、俗に言う魔法のようなものだ。
ただ、魔法とは違いどれだけ努力をしようとも使える術はほとんどの場合、一つだけ。つまり、1人につき一つの術という事になる。
稀に一つ以上の術を使える者もいるけれど、かなり数は少ない。
「私の使える術は回復の術と雷の術です」
先程のどんちゃん騒ぎが嘘のように周りが静まり返り酒場内にいる人の視線がこちらへ向く。
やはり冒険者たちは耳がいい。ルフトさんにしか聞こえないよう言ったはずなのに。
「おい嬢ちゃん、それ本当か?」
近くに座っていた冒険者の一人が話しかけてきた。見るからに肉体派だ。
「ええ、確かに」
「そうか、ならこんな串焼きみてぇなのとじゃなく俺と…」
「誰が串焼きだ、全く。それにセラもセラだ、雷系が使えるのは俺だろ。変な事言って他の人をからかうな」
はっはっは、とルフトさんをわざとらしく笑った。
「本当か?」
その冒険者はルフトさんの事を凄い形相で睨んだ。
するとルフトさんは指先から雷を出し、どうだ?と言わんばかりの顔をした。
「くだらねぇ冗談言ってんじゃねぇよ」
男が言うと、舌打ちしながら元いた席に戻っていく。
その後徐々に声が聞こえ始め、やがて入ってきた時と同じ様に騒がしくなった。
「はぁぁ…ばれなくて良かったぁ…」
「すみませんルフトさん。軽率すぎました」
失敗した。あまりに軽率だった。
冒険者はみんな、術を複数使用できる人と組みたがっていて、時には殴り合いの喧嘩になる事を忘れていた。
「ホント、気をつけてくれよ〜」
そんな危ない状況だったにもかかわらず、あはは、と、笑って答えてくれるルフトさん。
…優しい人だ。
「しかし、そうなると俺の直感は当たったってわけか」
そう言って彼は笑うのをやめる。
当たったというのはどういう事だろう?
すごく気になる…
でも、今はそれよりも彼について知った方がいいだろう。
今後、共に旅する事になるかもしれないのだから。
「それでは、ルフトさんはどんな術を使うんですか?」
さっきのを見る限りだと、雷系の、それも恐らくは前衛型に役立つ術だとは思うけど……
「……幻影だな」
どこか落ち込んだ風に言うルフトさん。
幻影…?聞いた事の無い型の術だ。どんな風に使うんだろうか。
「いきなり幻影だなんて言われても分からないよな。そうだなぁ…」
ルフトさんはおもむろに道具袋から冒険者の必需品とも言える短刀を取り出す。
何をするのか不思議に思っていると。
「ちょっ、何をしてるんですか⁉︎」
唐突に指先に刃を食い込ませた
ルフトさんの指先から血が流れ出し始める。
私は急いで回復の術で治そうとすると。
「ちょっと見ててくれ」
短刀をしまったルフトさんは指先へ私の視線を誘導する。
……すると。
「血が…止まった?」
何故かルフトさんの指先の血が止まっていた。
「…これはどういう事ですか?」
ルフトさんの顔をみる。
「もう一度ここを見ててくれ」
言われた通りに視線を戻すと、傷をつけたが傷の無い指先から傷が再び現れ、血が流れていた。
「これが幻影の術の使い方…ですか?」
「あぁ。どうだ、面白いだろ。こんなので冒険者なんてのやってるんだからさ」
……彼には悪いけど、そう言うのも納得できる。
普通、術というのは人ならざるものを倒すためだったり、人等を助けたりをするために使われる。
私のように傷を瞬時に治したり雷を操ったりは一般の人にそうそうできるものじゃない。
確かに静電気程度ならできるし、簡単な怪我の処置なら出来るとは思う。でもそれ止まり。
術を使うには精心面と心理面が大きく作用するから、それを鍛えない限り自由自在に操ったり即座に治したりは出来ない。
「確かに凄いですけど…失礼ですが、貴方の術は戦闘中に敵へ攻撃を与えられますか?」
私はルフトさんの指を治しながら聞いた。
チラリと目に入ったルフトさんの表情は驚いているように見えたけど、多分気のせいだろう。
「まず、さっき見せた雷は今のを応用しただけだ。そしてその雷に触ったところで痛くも痒くもない」
「はい。それはわかります。
雷を出した時に、静電気も何も感じませんでしたから」
傷を治し終わり顔をルフトさんに向ける。
「それでだ、これを使うと敵に対して有効打を与えられるかと言うとだな」
ルフトさんの顔に影が入る。
徐々に徐々に前のめりになり、やがて卓子に突っ伏し。
「無い!!」
涙声で言い切られてしまった。
「けど、組んだ場合は前衛だろうな。有効打にはならなくても有効打を作る決め手には何度もなったし」
変わらず涙声で答えるルフトさん。
…私は、何故だか彼の言葉に少しだけ安心を覚える。
組むつもりで食事に誘ったはずなのに、組みたくないと思われるような術を見せてくれたんだから、多分、誠実な人なんだろう。
「あ、傷治してくれてありがとう」
だからかもしれない。
私は、この人のことをとても気に入ってしまった。
「良いんですか?ご馳走になってしまって」
「あぁ、気にすんな。治療費だとでも思ってくれ」
酒場の外の街灯の下、隣で申し訳なさそうにこちらを見ているセラに対して笑みを向ける。
傷を治してくれた事は勿論だが、それよりもギルドでの件が罪悪感を拭うためのものだ。
そして、理由はもう一つある。
……〈俺の〉傷を治せた事だ。
「にしてもここの料理は相変わらず上手かったな」
満腹になった腹をさすりながら呟いた。
「そうですね。ついつい食べ過ぎてしまいます」
無表情のまま口を押さえゲップを我慢しながらそう言うセラ。そこは冒険者、痩せているのに俺と変わらないだけの量を食べていた。
正直驚いたというのは秘密だ。
「さて、セラ」
「何でしょうか?」
「俺と組んでくれるか?」
セラの方を向きながら問いかける。
正直望みは薄い。
これまで依頼をこなすために何度か別の奴と組んだことはあるが、そのたびにまあまあ酷い事を言われてきた。その原因である術の話しをしたのだから、厳しいだろう。
けれどそんな考えとは裏腹に、彼女は俺の目を見ると。
「私で良ければ」
と、答えてくれた。
「本当か⁉︎ありがとう!正直、断られるかと思った!」
やったー!と両手でバンザイすると、こちらを向いたままのセラが目を見開く。
「ルフトさんは面白い人ですね」
そうして、口に手を当ててクスクスと笑った。
今まで見ていたセラの顔が無表情だったからか、突然の笑顔は中々に破壊力がある。
「それじゃ昇級もしたし、明日は依頼に行くってことで良いか?」
「ええ、構いませんよ」
一先ず安堵し、明日の予定を尋ねる。
すると彼女は曇り一つない顔で微笑みながら返してくれた。
「よかった。じゃ、明日は……ちょっと遅いけど、朝九時頃にここに集合しよう」
簡単に待ち合わせ時間を決めて、その場を後にしようとする。
しかし、セラは俺の袖を掴んで行かせまいとした。
「どこに行くんですか?」
少しばかり怒ったような表情でこちらを見ている。
……そうか、しまった。
セラは多分、時間や場所を勝手に決められたことに怒っているんだろう。確かに、依頼を受けられるギルドはここの反対側。宿屋に泊まっているのなら、わざわざ遠回りをすることになる。
それに、依頼によっては受けられるのに時間制限があったりする。彼女がもし、明日までに受けておきたい依頼があって、それが九時よりも前のものだったとしたら集合時間に問題がある。
「わ、悪い。自分勝手だったな。どうするかは一緒に決めよう」
反省し、話し合いをしようと向き直る。
もしかしたら嫌味とか言われるかもしれない……。そう考えると、少しばかり今後の事が心配になってしまう。
けど、悪いのは俺だ。今回は仕方ない。
そう思って身構えた。
のだが……
「何言ってるんですか。集まるも何も、今日から一緒の部屋に泊まるんですよ?」
あまりにも斜め上の答えが返ってきた。
同じ宿に、じゃなくて、同じ部屋……?
「き、聞き間違いか?」
「……?冒険の伴侶にとなった人とは同じ部屋で寝泊まりする。それが一般的なのではないのですか?」
「いや、そんなことないと思うが……」
「……さては恥ずかしがっていますね。
大丈夫です。私の両親はそうしていたおかげでどんな時も柔軟に対応できたと言ってました」
「そ、そうなのか……」
自信満々に答え、胸を張るセラ。
今まで、そんな一般常識を聞いたことはなかったが、ここまで自信を持って言われてしまうと俺が知らなかっただけなのかと思ってしまう。
「さぁ、行きましょうか。もう、夜も遅いですから」
「あ、あぁ。そうだな」
袖を引かれるまま宿屋の集まる方へと向かって行く。
何だか嫌な予感がしかしないけれど、多分大丈夫だろう。
なにせ、今日はめでたい日だ。
大切な門出の日に、心配事など起きようはずないだろう。
心臓の辺りでもやもやとしている不安感をごまかすように、そう思い込んだ。
to be next story.
ではまた次回。
さよーならー