ワナあり、注意!
(C社)ワナあり、注意!
次に、大手証券会社D社の海外担当員の募集に、神戸から東京まで勇躍面接に上京した。巨大な高層ビルで、上階にある指示された一室へ入ると、待合室らしく誰も居ない。だし抜けに若い外人一人がノックも無しに飛び込んで来て、いきなり英語でペラペラと話し掛けた。
ノックもせず失礼な奴だ。大きなビルだから部屋数が多いので、迷子になって相手は部屋を間違えたらしい。親切に教えてやる積もりで、私も負けずにペラペラと返した。
途端に、「貴方のは、正しい現在完了形になってないね」と立派な日本語でやられた。何だ、こいつ、ちゃんと日本語がしゃべれるじゃねえか! 不意打ちの試験だった。親切にしてやって損をした。
☆教訓⑩: 日本語のしゃべれる外人には気をつけろ。ワナがあって、話の内容よりも文法を重んじる。
(D社)うなぎは鬼門!
「検査技師募集」に応じて、神戸元町にあったノルウェイ船級協会という処へ出掛けたら、七十歳位の枯れた感じの面接官が出てきた。こっちは造船工学を学んだ同じ船の仲間だから、端から採用はもう間違い無し。大船に乗った積りでユラユラしながら面接を受けた。
幾つかの感じのよい質問を受け、話は実に上手く噛み合っていた。面接も終わりになって、ついでにという風に「Vendorの意味を知っているかね?」と気軽に訊かれたから、「自動販売機みたいなものだ」と答えたら、「フーン、よく知っているんだねえ」と意外だという顔をして感心した。
感動的な感心振りだったから、確固たる地位を得た気がして、九九%採用間違いなしと嬉しくなった。帰り道に少々奮発して好物のうな丼を食ったら、これがたたって不採用になった。
たかが自動販売機位で舞い上がって、うな丼に直行した自分が我ながらあさましい。プライドが効果的に踏みにじられた。
☆教訓⑪:面接の帰りには、決して贅沢なものを食うな。特にうなぎは鬼門で、精々親子丼にせよ。
(E社)やれるのかい?
大阪にある鉄工所へ面接に出向いたら、作業場へ通された。座る処はない。立ったまま待つ内に、私より背が低い五十前後の、がっしりした体格のいかつい面構えの社長が出て来た。動物的で、尖った目つきといい小型の恐竜と混同しそうだ。
社長より背が高く、見下ろす態勢はまずい。それで、身をかがめてひょろひょろしながら猫背で挨拶をしたところ、相手はこっちの痩せカンピンな体格を上から下まで、穴の開くほどジロジロ眺め回した。ついに体中が穴だらけになり風通しが良くなったと感じた時、恐竜が茶色い声を出して皮肉った:
「でーーー、その体で、やれるのかい?」
作業場を見回すと、到底持てそうにない鉄の塊が多数ゴロゴロしている。こっちは重量上げをやった経験が無い。正直に「無理な気がします」とハキハキした声で答えたら、「やれ、嬉しや!」即決で不採用が決まった。
☆教訓⑫:そういえば、募集要項に「健康な人」と書いてあったけ。健康とは「筋肉もりもり、重量挙げ100kg」の意味だった。募集の文意は、正確に読み取る必要がある。
(F社)逃すまい!
「語学の出来る人」の募集に釣られて、大阪の一流ホテルのロビーへ指定の時間通り出掛けて行った。
身なりの良い中年の外国人紳士二人が、ソファに腰掛けて待ち構えていた。先の「現在完了形と文法には気を付けろ」の教訓が頭にこびり付いていたから、用心しいしい近づいた。どこで足をすくわれるか分らない。
二人は素早く立ち上がって私の前後を取り囲んだ。見上げるように背が高い。挟み撃ちの連携プレーで、退路を断つ作戦だ。一瞬たじろぎ、背後を警戒しつつ話を聞くと、相手の英語は上手くはなく、三単現のSさえ知らない。
拉致されるようにして、ロビーの片隅にある別のソファーへ移った。私を含めて身なりのよい男三名が、薄暗い隅っこに身を寄せ合って辺りを警戒しつつ密談する様子は、他人には覗けない奥行きを感じさせた筈だ。ホテルの人がきっと怪しんだに違いない:「スパイ三人が、コロシの作戦を打ち合わせしているーーー」
二人はスイス人で、高価な人造宝石を製造販売するメーカーであった。日本での代理店(販売代理人)を求めていた。見せられたカタログには、宝飾品の数々の写真が載っていた。どのページにも背景の地が黒っぽい中で、それらは目が覚めるように光を放ち、ダイヤモンドみたいにきらめいていた。吸い込まれるような美しいカタログに、女性ならよだれを垂らす違いない。
本物のダイヤそっくりに見えるが、実はスイスの高度な技術で作られた合成品だと、彼らは隠さず真実を語った。それでも一番安い物でも数千円以上していたから、原料をこね合わせたり磨いたりで、合成に手間が掛かるらしい。高価なものだから美しいとは限らないが、これは高価だから一層美しく見えた。女を騙すテクもここまで来ると大変なんだと感心した。
「このアクセサリーは何処で売れると思うか?」 いきなり口頭審問で、入社テストが始まった。
不意を食らって面喰い、見当もつかず暫くボンヤリしていたら、「高級な婦人服を売る洋装店で、ドレスと一緒に売れるんだ」と言って、筆者が答える前に正解を教えてくれた。「服」の部分を省いて「高級な婦人」という処だけが強調されてなまめかしく聞こえたのは、こっちが助べえな為か。
困らせないように正解を素早く教えてくれたのは、初めっから採用したかったから、のように思えた。筆者以外に応募者が居なかった為か、それとも時々経験するのだが、知的で利口そうに見えたからに違いない。
とは言え、技術屋で口下手の筆者に、いくら何でも宝飾品のセールスなど到底出来るとは思えない。語学の出来とは関係がない。それでも数秒で即座に断ると、平和を愛するスイス人に悪い気がしたし、体格の大きな彼らとの間に、険悪な事態を招きたく無かった。数分間熟考する振りを見せてから、「女を相手にするのは苦手だ」と言って、丁寧に辞退した。
後で知ったが、その分野では国際的に有名なスワロフスキーという立派な会社であった。相手は採用したがっていたから、今にして振り返れば、もし入社しておれば日本側の代表者として、筆者は案外出世出来ていたかもしれない。未知の分野に自分が臆病だったのかと思う。
人生とはなかなか上手く噛み合わないものだが、ただ、もし採用されておれば今の筆者は居ないから、運命の不思議を感じないわけには行かない。
☆教訓⑫:
魅力的であっても高級なドレスを着た貴婦人は、不器用なエンジニアには不向き。スカートのチャックのありかさえ判らず、脱がせるのが大変である。