フンフンする
89.フンフンする
翌日の午前中、「工場へ案内」してくれる事になった。社長直々の案内だから、再度チャンス到来、ワークワク!である。こっちはコンサルタント流セールスで鍛え上げて、「神様」と地位を争ったベテラン。何をか為さんーーー、と張り切った。
国内でも顧客を訪問した時に、工場へ案内される事はよくある。その時と「同じように」コックを開いて、セールスマン精神を全開にさせた。工場へ足を踏み入れるや、筆者は「問題探し」に文字通り「血まなこ」になった。機械の立ち並ぶ製造現場を連れ立って歩きながら、所々筆者の方から立ち止まって、意識的に立ち止まる事自体が筆者の計算なのだがーーー、鋭い質問を浴びせた。物の配置に難癖を付け、改善出来そうな点を見つけて、幾つか社長へ進言した。
一語一語に重みを付けながら、判り易い言葉を選んで、同伴する秘書がドイツ語で通訳しやすいように短い言葉を工夫した。先のキツネ目の女史みたいに「叱り飛ばし」はせず、かと言って普段の「断定と命令形」も使わず、改善すべき問題点を見つけ出して、さりげなく「指摘」するに留めた。相手が出来る人間なら、分かる筈だ。五~六つ年上のゲルマン民族の誇りを傷つけぬよう用心しながら、コンサルタント流儀に徹したのである。
幾つか指摘する筆者の進言や意見を初めは、「素人くさい」という先入観を持っていた為か、社長は苦笑いしながら西洋人特有の高い鼻先で、フンフンとあしらっていた。こっちの「神様」ぶりを知らないから、「フンフン」するのも無理は無かったがーーー。
進言するといっても巡る工場は広いから、流石に指摘とアイデアが種切れになり掛ける。けれども、こんな際沈黙は避けなくてはいけない。苦し紛れに取り敢えず、傍らに見つけた製品の色(=油圧ポンプのタンクは青色だった)を指して、赤色にしてはどうかと提案した。何故なら商売で「目立つ事は、目立たないより遥かに良い」からだ、と比較色彩論を持ち出した。
セールスとなれば、こっちは何でも屁理屈と応用が利くタチ。次には、矢張り苦し紛れに、傍らにあった別の製品に目を留め、老眼の作業者でも目盛りが見易いように、「アノ製品の油圧計はもっと大きなサイズに変更すれば、たいしてコストを掛けずに、それが新たなセールスポイントに生まれ替わる筈だ」と指摘した。歩きながら、普段考えている持論を展開した:
「メーカーというのは、何でも技術・技術とおまじないのように言うけれども、画期的な技術発明でなくてもいい。「その気」になれば、「タンクの色の違い」でも「油圧計のサイズの違い」でも、欠点ですら他社との差別化となり、「利点に変えられる」。それをやるのが優れたセールスマンだ」と、話した。
序での事にもっと突っ込んで、多少批判めいた色をにじませて、急ごしらえでアイデアを述べた:
「製造工場というのは技術を偏重する余り、「売り易さ」の視点を忘れがちなものだが、これはいけないと思う。どんなに優れた技術があっても、製品が売れなければ技術もヘチマありはしない、それがマーケテイングというものではないか。技術は大事だが、時にはデザインも色も遥かに大事だ」
こっちは根がセールスマンだから当然だが、抽象論ではなく一々具体的で、指摘はマーケテイング(=如何に売るか・売り易さ)へ直結していた。技術偏重をやんわり叱ったのだ。筆者にラッキーだったのは、彼が会社の創業者で苦労人だった事。神は細部に宿り、人が見過ごす小さな処にこそ、重要な問題が隠れているのを彼は体験で知っていたのだ。ただ、技術者気質一辺倒だったから、技術面のみに焦点を当てた考え方が本人を盲目にさせていた。「売る為の視点」に欠けた嫌いがあったのだ。
しかも気難しい超ワンマン社長だったから、社内には、「ポンプの色も恋」も、計器の「目盛りのサイズ」でさえ重要だなんて、そんな「軟弱な意見」を具申する社員が誰一人居なかったらしいーーー、と筆者は後で知った。
筆者は恐いもの知らずだったのだが、「売る為の視点・売れてこその技術」という思いも拠らない「販売的デザイン優先」の意見を聞いて、ゲルマン人は長年の常識を覆えされたのだ。彼の目から、うろこの落ちる音が聞こえた、ポロリ・ガシャーン!
ゲルマン人は、同伴の通訳兼任の秘書嬢から筆記具を奪い取り、これ以後私の指摘する意見を逐一自らメモするようになった。やっと「日本のカミサマ」の存在に気付いたのである。




