最大のセールス
86.最大のセールス
話を元へ戻す:さて、セールスマンとして筆者は生涯で「最大の商品」を売りつけた。それは何か? それまでの経験を総動員して、多少のウソも混ぜて売りつけた「商品」は、約58kgの痩せたタンパク質の塊、他でもない「筆者」という人間。
以下は20数年前、元の会社を追い出され預貯金を食いつぶして、コピー製品の開発にも行き詰まり、人から貰ったパンフレットの写真一枚を頼りに、ドイツまで押し掛けた男の話である。
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その会社W社は、ボルト締結工具の分野で技術的に草分け的な存在で業界の老舗であったのだが、当時の筆者にそんな知識は無かった。何度か手紙を出したが(Eメールの無い時代)、返事が来ない。無視したのか、それとも嫌がっているのに違いなかった。
筆者は困った。貯金をほぼ食いつぶしていたから、こっちには時間的なゆとりが無い。この上は無理矢理押しかけるしかないと決心して、「明後日にそちらへ着くから、ニ泊分の安いホテルを予約しておいてくれ!」と、捨てぜりふに近い電報を相手へ打信した。
思い決めたら行動は迅速、金の尽きるのが先か、成功が先か! 配偶者がしがみ持っていた軽い財布をむしり取って、ドイツ行きの往復航空券を買い、同夜黒煙りを残して大阪空港を飛び立った。一方で、配偶者が陰で助けたのは先に書いた通りで、幼い二児を連れて近所の伊川神社へお参りし、賽銭100円x3名を投げつけて神を脅した:
「夫が・万が一賭けに負けたら・必ずここを焼いてやる!」夫婦は似た者同士だった。
大阪からドイツケルン空港まで乗り継ぎを含めて十七時間を要した時、流石に地の果てまで来たと感じたものである。向こうにすれば、地の果てから東洋の病原菌がやって来たと思ったろうか。
空港に降り立った時、神戸から東京に出張するみたいな軽装で、厚みが10cmの小さなサムソナイトのビジネスケース1ケが片手にあった。中身は日本の空気と、着替えの下着とワイシャツがそれぞれ一枚に、洗面具一式。他に何か手土産があるわけではない。しかも、さっぱり押出しの利かないヤセカンピンときた。
はったりを利かせてブランドものの衣装でもあれば良かったが、仮に偽物でも間に合わなかったし、第一買う金も無い。それでも遠来の人間として空港で迎えてくれたのは、同じ歳格好の四十二・三だが、りゅうとした服装で髯を蓄えた紳士。握手を求めたら相手は嫌がらず手を出して、W社の営業マネジャーだと名乗った。筆者の貧相な背広姿と小さなスーツケースをちらりと眺めやった彼の第一声は:
「え!?(荷物は)それだけ?」と、がっかりした風である。手荷物の大小で人物を測るタイプだった。
竜宮城からやって来たのじゃあるまいし、玉手箱が手土産にある訳はない。日本人といえば、マンモスみたいに巨大な旅行カバンを、団体行動で引きずる人種しか彼は知らなかった。気落ちした相手を勇気付ける為に、こっちで補足した:
「長生きの為に、最近の日本人は痩せて軽装になったんだよ。ドイツ人の敵ではないから、安心してくれ給え!」




