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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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無知とトンマの世界

85.無知とトンマの世界


 ここで重要なのは、客側であるこっちには(そんな知識が元々無いのだから)自社の問題の所在すら自覚していなかった点だ。 だから、「ウチの会社にはこんな問題があって困ちゃうよと、こっちから問題を示してT氏へ訴え掛ける」事態は起きなかった。


 休日にたまたまPC雑誌の記事を眺めてなければ、ウチの会社は未だに、無知とトンマの棲む「古代の世界」のままだった訳になる。ウチには解決すべき「大きな問題」が、初めっから「あった」のに筆者は気付かなかったのである。セールスで大概の顧客はそうなのだと言いたい。


 セールスマンであるT氏は専門家で、しかも顧客の業務や内部事情に精通していたのだから、「コピー機+PDF」のシステムと、ソフトの導入で受ける多大なメリットを、ウチへ容易くコンサルタントが出来た筈だ、本人にその気があれば。これが可能だった人間は、世界中に彼以外に居なかった。


 T氏はセールスマンとして「本来の責任を果たさなかった」訳で、その怠慢のせいでまかり間違えば、ウチの会社の成長が百年は遅れたろうと思うと腹立たしかった。本気で怒るのは当然で、こんな場合のセールスマンの不手際は犯罪に近く、損害賠償を求めたい位だった。(トップセールスになるには)「はあ、コンサルタントになる事かあーーー」の本当の意味が、腹の底まで分かって頂けたろうか?


 追加のソフトを含めて百数十万円掛かったが、値段交渉の末このシステムが直ぐに導入されたのは言うまでもない。新しい機器とシステムは、神戸本社と関東支社内で「嬉々、キッ!」と声を発して、今も生き生きと活躍している。エサをやる必要はないし、記憶力は人間の百万倍以上の不思議な機械だから、世界制覇はもうちょっとの処まで来ているに違いない。


 この問題をもう少し掘り下げて見てみよう、重要な部分だから: 

 世界制覇を狙う会社は世間に外にも沢山ある筈だし、コピー機を置いていない事業所なんて無いから、T氏は(その気になれば)同じシステムを沢山売る事が出来る。3ケ月もあれば地区のトップセールスになり、出世出来た事だろうーーー。


 と、そう書いたが、ちょっと待てよ、本当に「出世」出来ただろうかーーー? 残念ながら、筆者は必ずしもそうは思わない。代わりにこう思う:

 休日にPC雑誌の記事を初めて眺めた時、導入すれば「書類キャビネットを無くせる・資料の検索が容易・私設図書館」の出現だと、筆者は最初考えた。記事も「そこまでの範囲」だったからだ。これを仮にステップ①とする。


 これを三日ほども再考していて、「Aの顧客をB君が何度訪問したのか・効率のよいDMや販売が可能じゃないか・世界制覇への可能性」へと、筆者は考えを推し進めた。「動的な活用」へと考えが進化したが、これをステップ②とする。


 T氏が、ウチに対してステップ①さえやらなかったのは、セールスマンとして怠慢だった。けれども、仮に彼がステップ①を実際に筆者へ教えていたとすれば、どうなったろうか?を考えてみる。

 T氏の説明は多分: 「ーーーですからお客様、これを導入すれば、イッパツの検索が容易になり、私設図書館が出来て、書類キャビネットも無くせて省スペースです。どうぞ宜しく検討下さい」で、お仕舞となる筈だ。


 正しくカタログに書いてある「知識の範囲」内だ。言い換えれば、知識の受け売りで先に書いた百貨店の売り子と同じ。こうして顧客を「突き放す」。「後の応用は、(個々の)お客様の考える範疇で、私は関知せず。はい、サヨナラ」で、終わってしまう。九九パーセントのセールスマンはそうするに違いない。


 さて、それに対して筆者の側の心理である: T氏の説明がステップ①の範囲の紹介だけで終わってしまい、システムの合計価格が「数百万円」なのを「同時に聞かされて」おれば、筆者がこれを導入した可能性は、かなり低かったと思う。何故なら、たかが書類キャビネットを不要にして私設図書館設立の目的の為くらいに、そんな大金を投じる筈は無いからだ。多くの経営者は、間違いなく導入にためらう。


 だからセールスマンが話を①で切り上げて、「数百万円」の価格を知らせた上で、「XXXですから、どうぞ宜しくご検討下さい」で終了するなら、このシステムを「買うな!」というのと同じになる。


 「買わせる」為には、どうしてもステップ②(=コンサルタントする:世界制覇の夢を与える)が無ければ、実現しないのが判ると思う。買うか買わないか、売れるか売れないかの境目がここにある。99%の営業マンが①で終わってしまうが、コンサルタントになる為には②まで行かないといけないのは、もうお判りだろう。

 

 もっとも、T氏がステップ①さえ紹介しなかったのは、導入に数百万円したから、ウチみたいな小さな会社が購入する筈がないと、見くびっていたのかも知れないがーーー。

 先の工具屋F商店の小僧さんと、大手コピー機メーカーのT氏の二つの実例を、「購買者の立場」で身近に眺めた。「相手の会社に問題を見つけ・コンサルタントに徹する」のが、そんなに難しいわざとも思えない。要は、「相手を良く観察して、少しだけ考える」を実行すれば好いのだ。


 こうして見ると、自分が所属する会社の規模や学歴も男女差も関係が無く、「心がけ一つ」で誰にでも優れたセールスマンとして、「世に出る」チャンスが「転がっている」のが判る。いや、出世を人生の目的としなくても、人から「当てにされ・頼りにされる」営業マン(=コンサルタント)になるのは、決して悪い事ではあるまい。


 多くの「すれた」セールスマン達が、(①の通りカタログの内容(=私設図書館)だけを説明しておいて)自嘲気味にこう言う:

「こんな数百万円の物が売れる筈がねえよな。セールスなんて、成り行きで成り立ってるんじゃないですか。自分の意思で動かせるような、そんな簡単なものなら苦労しやしませんよ」 


 こんな落第セールスマンの言葉を真に受けてはいけない。セールスマンとは、お世辞の多用や弁舌ではない。努力が必ず報われ「人に頼りにされる」誇り高き職業であり、収入面を含めて、出世する「一番の早道」なのだ。多くの人に、これを知って欲しいと思う。

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