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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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工具屋のセールスマン

82. 工具屋のセールスマン

 これまで、「セールスマン(物を売る側)」の視点で見て来た。次に反対の立場、「購買者(買う側)」の視点で眺めてみる。以下は最近実際に起きた二例で、ベストセールスマンに何が大事かが一層よく判る。


 ウチの社の機械加工場かこうばへ、何年も出入りしている工具屋F商店がある。旋盤の切削工具や軍手や梱包用ガムテープなど、日常に必要な大小様々な資材を、納入してくれている。といっても、小さな会社だから、一日当り数千円から高くても数万円の範囲の買い物。少額でも何かしら用事があるから、セールスマンはほぼ毎日顔を出す御用聞きだ。仕事は購買担当者に任せてあり、筆者がこのセールスマンと直接接触することはない。


 ところでーーー、ウチでは昨年1~2月に掛けて倉庫を改装すべく、ちょっとした工事を行った。その時の話:

 F商店のセールスマンは、工事の進捗状況を日々眺めていた。ウチの倉庫係りとも懇意にしていたから、それが何の工事なのか彼には判っていた。倉庫の一角を仕切って、十二坪程の広さでボルトの破断テストの為に、新しく実験室をしつらえようとしていた。重量物に耐えられるように床に鉄筋を入れセメントを二重に張り、空調設備も入れられ、新しく建てまわした仕切りの壁も本格的。工事は二十日間程掛けて、着々と仕上がって行った。


 さて、貴方がF商店のセールスマンなら、工事を眺めて何を思うだろうか? きっとこう思うに違いないが、A・Bの二通りある:


Aのケース:

 実験室は一ヵ月後に出来上がるから、出来上がれば、実験に必要な備品や機器・工具類を新たに買ってくれるに違いない。貴方は、これを期待し楽しみにするーーー。

Bのケース:

 やがて完成する実験室は、あのスペースだから、XXXの寸法の作業台が二つは要る。実験作業にはバイス(=万力)も要る筈だな。XXXの測定具も、硬度計も要るに違いない。大きなボルトを実験すると聞くから、ひょっとすると小型クレーンもあった方が便利じゃないかなーーー。


 ーーーとなれば、この会社の社長(=雑用係を兼ねている)は、カタログを各社から集めて比較検討し、あれこれ引っ張り回して購入品を決めるに違いない。普段から忙しそうにしている社長さんにとって、「面倒な手間」だよなあーーーと、貴方は顧客の「問題を発見」する。思い出して頂きたい:「問題を発見すれば、必ず売れる」 


 よって、貴方は行動を起す:測定具のカタログ数種を取り揃え、寸法に嵌り込む作業台と棚のリストを作り、貴方自身が選定した幾つかの備品を、社長の机へ持って行って勧める:


「社長さん、CとDの測定具は、実験室に必要じゃないでしょうか? やや値が高いですが、デジタル式が正確で便利です。東の壁際には作業台を置くのでしょうね。ぴったり嵌りますから、寸法的にこれがベストでしょう」

 会社設立間もない頃私が、鹿児島まで出張して顧客KF社でアレコレ指示をしたみたいにーーーである。最後に、殺し文句をかます:

「社長さん、この機会に纏めて購入下されば、何時もの価格より10%値引きします」

   *

 さて、先のF商店のセールスマンは、実際にはどうしたか!? 

 彼は、Aのタイプの人だった。タナボタ注文が来るのを口を開けて待っていただけ。けれども、貴方がガッカリする事は無い:世のセールスマンの十人中九人までは、Aのタイプ。だから、安心し給まえ、間違っても貴方を出し抜いて、誰かが出世する気遣いは無い。


 先に、成功するにはコンサルタントに徹するべきだと書いた。具体的に言うなら、「Bのタイプのセールスマンになる事」を意味する。それは、さほど難しいわざとは思えない。ほんの少し「気働き」をするだけ。


 因みに、もしF商店のセールスマンがBタイプの人間だったならばの仮定の話だがーーー、筆者は決してそのままに放置しない。間違いなくこう声をかける:「なあ、君、給料二割アップでウチへ来ないか? え、ダメだって? じゃあ、三割ならどうだ?」 出来る人は周りが放っておかないものだ。


 実験室が完成後、社長である筆者は自ら調べ、メーカを絞り込み、精密な温度計や油圧計数種を専門の他社から購入した。巻尺でサイズを自ら測り、カタログを調べて作業台と棚を大手の問屋へ問い合わせて、そこから三点購入した。面倒な手間と多大な労働が掛かったのは言うまでもない。それら購入品の合計額は、100万円近くに達した。 F商店から買ったのは、七千円のバイス1台だけだった。


 F商店のセールスマンは情報と商機を摑みながら、顧客の「問題の在りか」に気付かなかった。いや、めったに遭遇しない大きな商談を「取り逃した」事にさえ、気が付いていない。

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