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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
72/96

マジック 

72. マジック 


 次に挙げるのは二十年以上も昔の話で、筆者が会社を立ち上げ間もない頃。未だ世に「キツネ目の女」もおらず、手裏剣戦争も無い平和な時代で、当時筆者は社長業兼任の、社内でたった一人のセールスマンであった。


 ある日の夕方営業時間終了間際に、それまで聞いた事の無い初めての販売店から、飛び込みの電話を受けた。神戸から遠い鹿児島からだ: 鹿児島の大手KF社が1000万円もの注文を、発注しようとしている。詳しく聞くと、発注予定先はライバルのR社だという。R社は既に数ヶ月前から商談を詰めていて、受注の寸前になっていた。事は急を要した。


 注文金額はウチの資本金と同じ位の巨額さだから、これを「横取り」しようと考えた。R社としては理不尽に思うだろうが、ウチの会社の社長としては、これ以上正しい決断は無い。


 販売店へ、KF社がR社へ発注するのを何とか半日間待たせてくれ、と頼んだ。ライバルR社は社歴の長い有名な大手で、商談にも先行している。対して、こっちは起業したてのホヤホヤ、自分の奥さん以外、日本中に社名を知る者は殆ど居ない。社員はたった私一人の、幽霊に近い会社とくる。これだけ不利な条件が揃って、勝てるか? あきらめないのが筆者。


 受話器を置くと直ぐ、資料と携行可能な製品サンプル一つを用意した。発車が数時間後に迫ったその夜の鹿児島行きの寝台列車を、捕まえて飛び乗った。12時間掛かったが、翌朝9時には情報をもたらした販売店の人に同行して、筆者はKF社の購買担当者の前に座って、ニタリと笑い掛けた。気持ちが悪かったろう。

「昨日夕方に情報キャッチ→神戸から鹿児島まで800キロ→翌朝一番の九時」だったから、やって来た痩せたセールスマンの速度は光より速かった。当時新幹線は無い。


 それだけの事でKF社の担当者は度肝を抜かれ、神戸の人間の顔をまじまじと眺めたものである。鑑賞に堪えられる顔ではないが、それはともかくーーー、当日の夕方には、販売店の人を含めた大方の予想を裏切り、筆者がこの大型商談を受注した。


 その次の日、内定寸前だった巨額の商談が、名も無い新参のメーカーにひっくり返されたのを知り、ライバルR社の担当者と上司は、怒りを忘れて腰を抜かした。有ろうことか!? いや、有りえない! こっちが違法なマジックを使ったに違いないと、半信半疑で調査を開始したが、既に遅すぎた。

 筆者は何をやったのか!? 無論、マジックや誤魔化しをやった訳ではない。ただKF社の担当者を前にして「何時もの調子」で、こう語り掛けた:


「お客さん、あのフランジ部のボルトには(ウチの)A製品を使いなさい、このパイプ部分の締結作業は頭上の高い位置にあるから小型のB製品がベストです、間違いありません。そうなさい。R社はそこへCサイズがどうとか言っていますが、それは10kgもあるんですよ。頭上に持ち上げるには重く、怪我の元です」 顧客は素直に頷いた。


「そこはワンサイズ下のE製品で間に合うじゃないですか。その方が使い易いし、小型なだけに締結速度も倍になりますから、手早く作業が行えて被爆低減になります」 客の弱いポイントを突いた。ホウと、担当者は感心の様子を示して頷いた。


「ーーーこのF製品はサイズが小型になりますから、おまけに値段も安い。安いから、エヘヘ、浮いた予算でもう一台別のL製品も購入出来ます。それを追加しなさいよ。 これはXXXの場合に案外重宝するんですからねーーー、後で必ずヨカッタと思いますよ。購入予算から抜くべきではありません(抜いたら、刑務所行きよ!)」 担当者は、再々度頷いた。


 言い方は丁寧であったが私の説明は、断定的で指示的で、(こうしなさいと)命令的であった。無論、そうある為には過去の経験と知識が総動員されたからこそではあったけれどもーーー。買うべき製品を、顧客ではなく私が「全て決め」ていた。当たり前だ、こっちはプロなんだから。

 私(=言うなれば、医師)の診断は的確で、客(=患者)の知識を上回っていた。KF社の担当者は「全幅の信頼」を寄せて、ついにこう言った:


「良く知っているんだね、安心だ。よっしゃ、アンタに任せるよ。それが一番だね。許可するから今から工場現場へ自分の目で見に行っ来てくれんか、もし足りない機種があれば、追加してくれ給え。アンタの言う通りにするからーーー」 

 私は現場へおもむき、半日掛けて更に詳しく調査して報告した:

「XXX部のボルトのメンテ用に、G製品も一点追加すべきです」

 値引き額も含めて、全てを顧客が予定していた予算内に収めたのは当然である。

 

 不思議もマジックもなかったのだが、この派手な受注のドンデン返しは、以後販売店内で何年も語り草となった。因みに顧客はこれ以後、(ボルト技術に関して)どんな些細な事でも神戸まで長距離電話を掛けて来て、事務員へすごんだ: 「あの痩せたメガネの男を出せ、以外はダメだ!」 筆者はボルトの主治医みたいなものであった。


 製品の導入でKF社はボルト締結作業の効率が改善され、結果として被爆逓減にも役立った。その功績で担当者は後年、部長にまで出世した。きっとウチの商品を筆者から買ったからに違いないーーー:筆者はアゲマン。

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