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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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あっぱれな話

68. あっぱれな話


 長く寄り道したが、話を「販売方程式の解法」へ戻す:

 方程式の定理を社員達に私は強制したが、上手く行かず、結局「販売力とは何か?」の処で行き詰まってしまった処までを、既に話した。その続きである。


 実は「キツネ目の女」は、先の私の疑問に明快な「解答」を与えてくれたのである: 他の同僚社員達は、「女のくせに」という欠点優先の色眼鏡で眺めていたから、本当の姿を掴めなかったようだ。しかし私は、彼女のセールスが誰とも、「際立って違っている」のに気が付いていた。上司と素早く喧嘩するとか、協調性に欠けたり、女性というハンデや欠点は別にして、大きな違いがあった。言葉で説明するより、次の女のエピソードを紹介するのが一番だ:

  *

 「キツネ目の女」の退職後、彼女と会社の間は没交渉。であるのに数年後に、筆者を名指して会社へ電話を掛けて来たのである。

「近下さんという女の人から電話です!」と、女事務員が筆者へ取り次いだ。何も「女の人から」と強調しなくてもよさそうだが、「この女こそ、社長のアレ」と事務員は心躍らせたかも知れない。時代が移って事務員は当時と違う人になっているから、良くも悪くも近下女史が社史に残る伝説的な人物というのを、知らないのだ。


 久しぶりに聞く懐かしい名前に、筆者はちょっとびっくりした。受話器へ手を伸ばしながら、「確かヤツはもう67の筈だがな」と頭で計算しつつ、もはや手裏剣の時代ではなかったが、刷り込まれた筆者のクセで反射的に身構えた。何年経っても、どんな難癖を付けられるか判ったものではないーーー。聞き覚えのある声が、受話器から勇ましく跳ね返った。事務員も、わくわくして聞き耳を立てている:


「社長!久しぶりねーーー。元気にやってる?」

 こっちはそう思っていないが、あっちは筆者を友達位に考えている。いや、子分くらいに見ていたのかも知れない。 

「うむーーー、元気だよ」と、やや緊張気味に応答する。

「直ぐに、トーデンのシャチョウへ電話しなさいよ。」

「ーーー??」


 この女の話は、昔から何時もヤブから棒で始まる。 論文形式で言うなら、結論から始まって、最後に序論で終わるタイプだ。

「あんな放水は止めさせて、あっちにはどっさりある筈だから、水の代わりに雪を使って上からどさどさ落させなさい。その方が炉心が早く冷えるんだから!」

「ーーーー!?」


 「放水・炉心・冷える・雪」の四つの検索語を拾い集めて、総合的に推測した。辛うじて論文の内容が、1ケ月前に起きた福島方面の原発事故の話だと判った。 トーデンのシャチョは、東京電力の社長の事。押し黙っている私へ、「昔の調子」で女は追い討ちを掛けて来た:


「ねえ、聴こえているの? 早く、今すぐ東電に電話しなさいよ!雪は自衛隊に運ばせてもいいからーー」と、まるで自衛隊へ指揮権があるみたいだ。深刻な福島原発事故に対して、雪の活用という「斬新な解決案」を女は私へ提示しているのだ。原発の炉心冷却問題と雪合戦を混同してはいるがーーー。


 原発事故は深刻な問題だが、会社のケタも違うし、無論私は東京電力の社長と懇意どころか面識さえない。嫌がる私を、女は電話口でなおも説得しようと掛かった。こっちは説得されまいと頑張った。この女と対話していると何故か毎回、ベッドで脱ぐか脱がぬか、上の体位を取るか下に甘んじるか、の攻防戦みたいになる。


 それほど熱心に訴えるのなら、自分で直接東京電力へ電話を掛ければ好いようなものだが、私の力を借りる方が影響力甚大、原発の一基や二基は右から左へ簡単に移設出来ると考えたのだろうか。こっちを偉く買い被ってくれたものだ。


 やり取りする内に、電話の向うでカサッとクッキーの袋らしい微かな音が聞こえた時、筆者は絶望感で目の前が暗くなった。自宅でコタツの中に居る女が、食料の補給路を確保し、筆者への説得にじっくり本腰を入れたのが判ったからだ。食糧の無いこっちを消耗戦で降参させようという魂胆。


 女の命令に従わないと、自宅に火をつけられそうな勢いだったが、こっちも何とか頑張って、ついに東京電力の社長へ電話する要請を断り抜いた。あっぱれ!男の貞操を守り抜き、ついに粘り勝ちした気分だ。話が済んで、一時間近く握り締めていた受話器を置いたが、手がじっとり汗ばんでいた。


「やれやれ、相変わらずの女だーーー」と、独り言をつぶやいた。聞き耳を立てていた女事務員は期待外れで、がっかりした。けれども、「流石にアノ女だーーー」と筆者はしみじみとそう思った。他の営業マン達との「著しい違い」が先の会話の中にある。それが何かお分かりだろうか? とても大事な処だから、視点を変えてもう少しこの話を深堀りする。

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