社内の七不思議
64. 社内の七不思議
そんな風に時々筆者を激怒させながら、キツネ目の女が首にならないのは、社内の七不思議の一つとされた。けれども社員らの予測に反して、筆者は彼女の解雇を一度も考えた事が無かった。確かに、酷く向かっ腹は立つ。が、女の度胸にヘンに感心してしまったからだ。筆者の配偶者一人を除いて、そこまで筆者へ「刃向かう」人間は、かって社内に居なかった。怒りを通り越して、筆者は呆れたのである。
他人にズケズケものを云ったり、こっちの神経を逆撫でしてまで、自分の要求を押し通そうとする女は、我儘そのものであった。だからこそ、周りに毛嫌いされた。けれども口喧嘩の度に「鬼か蛇か!」と、こっちを睨みつける憎悪にも似た女の怒りの中に、ひたむきなものがあった。
それは熱意という安物とはランクが違って「爪が剥がれても、崖をよじ登ろうとする」必死さに似たもの。食わせるべき腹を空かせた子供を抱える「母ライオン」が、敵を前にして歯をむき出す執念に見えた。腹を立てながらも、筆者はソレを感じた。
同じものを、過去に見た気がした。失業して生活に追い詰められ、生まれて初めて営業の世界に飛び込んだ当時の私が、そこにあった: 泳げない者が水の中に投げ込まれ、水面に浮き上がろうと死に物狂いにもがいた。熱意どころの騒ぎではない、(父ちゃんと母ちゃんの)命が掛かっているのだーーー。
どの会社でも、経営者と社員の間には基本的な考えの違いがあるが、特に創業者である場合にはそれが顕著だ。「儲かるか・儲からないか」経営者は徹底した現実主義者で、「会社へ利益をもたらすかどうか」の二者択一で社員を判断する。他人に好かれようが嫌われようが、人格は二の次。他人の思惑など気にしない処は、先の女と似たものがある。
「鬼か蛇か」と面罵され、社内に問題を引き起こし続ける我儘な女に耐えるストレスの問題は、会社が「儲かるか・儲からないか」の基準で言えば、取るに足らない低い次元。女の解雇を一度も考えなかったのには、こんな基本が私にしっかりあったから:腹に据えかねる「大嫌い」なこのキツネ女は、何時か会社に利益をもたらすーーーと考えたのである。
けれども、崖をよじ登ろうとする女を、親切に理解する者は居なかった。むしろ足を引張る者は、女の家庭内にも居た。 仕事で女の帰宅が遅くなるのが何日か続いた。自分の晩飯の支度が遅くなるのに腹を立てた元溶接工の夫は、暗い中を疲れて帰って来た女へ口汚く浴びせた:
「テメエはマタグラを使って、物を売ってんのかよ!」
生き生きと働く女の姿に、仕事の無い夫は嫉妬したのである。
社内で嫌われ、家庭内で理解されない女の救いの無さに、私は同情した。誤解を受け易い女は、一度だけ悄然とした顔を作って、「辞めたいーー」と申し出た事がある。販売成績は未だ一人前と評価出来る状況ではなかったが、筆者は女を励ました:
「君を見ていると腹が立つから、手裏剣をもう一度投げ付けたい気分なんだがね。それでもーーー、私は君の味方だよ」
筆者は女を辞めさせなかった。




