鶏が先か卵か
60. 鶏が先か卵か
持てようが持てまいが別にして、筆者は付き合っていた販売店の人達の売り上げを、「3ケ月以内」に例外なく押し上げてやっていた。 S工業の安井親分も、山岡興業のチック症状の男も、R社の弁当男F君も、「肉盛り屋」のドングリ目君も、そして次々将棋倒しに寄って来た人達の売り上げもーーー、である。
彼らを「経由して販売」するのだから、筆者が注文を取る毎に、彼ら個人の売り上げ増となった。高額商品だから、売り上げ増の幅も大きく、それぞれの社内で彼らは「鼻が高く」なった。3ケ月を目処に筆者はこれを実現していた。言い換えれば、筆者と友達になれば「運が向いて・得をしたり・出世する」のだ。魔法の杖で、彼らにとって筆者は手放したくない「あげまん」※だった。
※「あげまん」:付き合う男の運気を上昇させ出世させる「女」の意味。
だからこそ、筆者と付きあいたがったのだ、どうやらーーー。これに反して、ウチの社員達は付き合っている販売店の人の売り上げを上昇させられなかった、のである。販売店の立場になって見れば、腹の足しにもならない訳で、ウチの社員とお付き合いするのは時間の無駄で意味が無い。彼らも慈善事業ではないからだ。
政治家の派閥と同じで、何かを与えるから人が寄って来る。与えるものが無ければ、自分の孫でも池の鯉さえ寄り付かない。筆者がモテモテだったのは人柄のせいではなく、彼ら販売店の人の欲望なのだ。人もビジネスも「利で動く」という味も素っ気も無い冷徹な結論に到達して、筆者は唖然とする思いがした。ギブ&テイク、余りに数学的で余りにも情が無さ過ぎる!
「あげまん」でないセールスマンから「販売店が離反する」のは、「あたり前!」なのだ。それじゃ、筆者は「あげまん」になれたのに、なぜ社員達はなれないのかーーー? 答えは取り敢えず、簡単。一言で言えば:「あげまん」になれるだけの「販売力」が彼らに無かった、つまりはーーー、トップセールスマンではなかったから。
これは、トップセールスへ育てる為に「定理」を教えようとしたのに、その定理はトップセールスマンにしか実行出来ないものだ、という皮肉な事実を突きつけた。鶏が先か卵かの自己矛盾に陥る訳で、問題の厄介さに初めて気が付いた。




