スルメになるまでしごく
59. スルメになるまでしごく
随分時間を掛けて考えた末、重要な手掛かりを得た。「定理」は完全な機能不全ではなく、①~⑧までの「販売店を見つけ」→「アプローチ」→「同行デートの開始」→「愛を育む」という初期のプロセスは、全員が思いの外上手く行っていたのが判った。
ならば後は簡単で、ベッドインまでもう一息じゃないか! けれども、最後の一息が不味かった。何故なら、「愛を育みかけた」のに、途中で販売店が「離反して行く」のだ。 双方が好きになっていざ結婚しようとしたら、ベッドテクの不足で途中で彼女に逃げられるようなもの。けれども、そんな事ってあるだろうかーーー?
私は未経験だが破談や離婚の場合、先ず相手に責任を押し付けるのが定石であるらしい。そこで、「離反する」のは「販売店側が悪い」せいではないか、と疑った。 セールスマン時代に私が付き合っていたのは、「安井親分」という人物であって、彼が所属するS工業という会社ではなかった。だから、親分の上役や社長の名前すら未だに知らない。 社名を訊ねてみたら、たまたまS工業という社名だー--という意識に近い。だから、付き合いは会社よりも、「個人」との結びつきが強かった。
ならば、付き合うべき販売店の「個人」の資質を、筆者が無意識に選別していたのかと考えて、過去に関係した販売店について一々思い出して検証してみた。結果、安井親分やドングリ目君やF君だけでなく、仮に相手が若くて未熟であっても誰に対しても、筆者は区別無く「執事・召使い」の立場を維持していたと断言出来た。
筆者が欲しかったのは(相手の持っている)「情報」だけ。 情報さえ貰えば、後は全部自分一人で受注まで「仕上げていた」から、「販売店の人たちの資質・人格」など気にした事は無い。となればーーー販売店が離反する原因は、とうやら(販売店側ではなく)ウチの営業マン側にあるらしい。
レベルアップしか無い。そう考えた筆者は、研修と勉強会を増やして社員をしごく事にした。商品知識の向上へ力を注ぎ、説明が上手く出来るように販売マニュアルも充実させ、実演の練習も繰り返しさせて、販売技術を向上させた。ブラック企業の汚名も何のその、それが反って名誉位に考えて、社員達の尻をピシピシ叩いたのである。
「社員をしごく」事へ販売不振の打開策を求めるのは、営業課長なら99%誰でも思いつく。筆者もその通りに実行したのだった。皮肉で言うのだが、実はこれは他にアイデアが無いから「取り敢えずそうする」やり方であって、これを実行したからといって、販売不振が立ち直った例を筆者は世間に知らない。
これは「やらないよりは増し」な程度の利き目しかなく、他社に抜きん出る事は出来ないものだ。が、これを知るには当時の筆者は、経営者として未だ未熟であった。
結果は正にその通りで、太った社員さえスルメになるまでみっちりしごいたが、販売店が「離反する」現象は、終に1%も改善しなかった。誰一人私のようなトップセールスになれなかったのである。
社員研修がダメなら、何処に原因があり一体どうすれば良いのか、すっかり考え込んだ。筆者はモテモテだったのにーーー、どうして社員達は販売店の人たちにも犬にもモテないのか、確かに不思議である。筆者の人柄が、魅力的だったせいか!? 大いに有り得るーーー、と最初はそう考えた。
けれどもよく考えてみると、筆者は若い時分から人嫌いな性格だし、朗らかでもない。むしろ、人付き合いが悪い方だ。逆立ちして考えても、自分が「魅力的で人を惹きつける」タイプとは、到底思えないーーー。だから筆者一人が「モテ」て、社員らが「モテない」のは不可解としか言いようがない。答えを得るのに、結局その後一年余り掛かった。が、判ってみると結果は「あたり前!」過ぎた。




