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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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焼いてやる!

56. 焼いてやる!


 けれども、どんな状況でも選択の余地はある。チャンスは追い込まれた時にこそ訪れるもののようで、要はそれをしっかり掴むかどうか。最後の手持資金を使って筆者は勝負に出る:


 K鉄工所の知り合いが、たまたまドイツ・ハノーバーの国際工業見本市へ遊びに行ったのである。そこで入手した、A4一枚のチラシにも似た二色刷りのドイツ語のリーフレットを筆者にもたらした。筆者がやっていた開発の仕事を伝え聞いていて、親切に関係があるかもしれないと思ってくれたのだ。


 リーフレットには展示会場の風景が載ってあり、何気なく眺めていて、その中に混じって五センチ四方の小さな白黒写真に、目が釘付けになった。「運命の星の輝く時」(=S.ツワイク)は生涯で複数回あるようだった。

 それは、前職の会社のライバル会社の製品のようだった。(今のようなネットの時代ではないから)そんな会社があるのを筆者は知らなかった。写真で見る限り、前職の会社の製品より機能が上を行くように見える。プロの目だけが値打ちを見抜いた。ピンと来て、バッタみたいに飛びついた。


 思い切りがよい、八割かた完成していた試作品の開発を直ちに中止した。仮に完成させても、写真にあった製品には到底敵わないと見抜いたからだ。リーフレットにある所在地を頼りに、ドイツの会社へ手紙を書いたのである:日本で売らせてもらえないかと、頼んだ。返事は来なかった。再度書いた。再度、来なかった。再々度書いた、矢張り来ない。


 何処の馬の骨とも知れない「天才とか神様」を自称する怪しげな個人から、突然ラブレターを貰って、一体どこぞの誰が涙を流して喜ぶものか! 喜ぶ代わりに完全に無視したのだ。こんな時相手にしない方がまともだから、この会社は充分まともであった。


 日本人と聞けば、ミニカメラを隠し持って技術を盗みに来る国際スパイか、悪質な伝染病だと信じていた向こうは、関わり合いになるのを積極的に嫌がっていたのだ。こっちは残り少ない金の問題もあって後が無いから、ドイツ人の優柔不断振りに、むしろ腹を立てた:日本のカミサマを、コケにしやがってーー! 


 コケにされた場合に限って、生来の赤面症は突如治り、俄然シャイでなくなるのが筆者の持前。個人だとしても、こっちが情を尽くした手紙を書いているのだから、悪いのは返事を寄越さない向こうだ。この上はムチで懲らしめる為に、無理矢理ドイツまで押しかけるしかない。

「明後日にそちらへ行くから、ニ泊分の安いホテルを予約しておいてくれ!」と、捨てぜりふに似た電報を打ち込んだ。それくらいは協力してくれるだろうーーー。相手の了解なしに、「押し掛け女房」の国際版の実行であった。


 配偶者がしがみ持っていた軽い財布をむしり取り、ドイツ行きの往復航空券を買った。片道切符でない処が筆者の良心で、団体旅行に潜り込む割安の手法を使った。合計三十二万円だったから手持ち財産の半分。お金も推薦状も、セールスの腕を証明する紙切れ一枚さえ無かった。何も無かったけれども、航空券を握り締めて「賭の勝ち」を疑わなかった: 自分の「天才とカミサマ振り」を信じ、会いさえすれば説得出来る筈だーーー。チャンスに駆け寄り、自分のものにしようと筆者はしがみついた:逃すものか!


 七つ年下の配偶者はもっと冷静であった。失業を繰り返して、「運命の星の輝く時」がどうかこうか言いながら、家族を不幸のどん底へ二度も投げ入れる男を、単純に信じる訳には行かない。しっかり者の女は、「ここで、自分がしっかりしなくてはーーー」と考え、最も確実な手段を選んだ: 


 男が大阪空港に黒煙りを残してドイツの「桶狭間」へ向けて飛び立ったのを見届けるや、女は幼い子供達と三人で、近所の古ぼけた神社にお参りをしたのである。江戸初期から続く霊験あらたかと噂の高い伊川谷神社。懐具合に見合う三百円を賽銭箱へ与えてから、言葉を三つに区切って、神をおどし付けた:

「あの人がドイツで・賭けに負けたら・必ずここを焼いてやる!」

  *

 三百円の賽銭では採算が合わなかったと思うが、女の一念にすくみ上がった神は、脅しに屈した: 何をどうやって誰をどうたぶらかしたのか、男は見事に賭けに勝ったのである。出発前のみすぼらしい失業者から一転、一週間後にまばゆいばかりの男に変身して、無事本国へ舞い戻って来た。出迎えた女への第一声は:

「ねえ、今日から、君は社長夫人だよ!」


 人生は驚きに満ちている。夢は結局自分でかなえるしかないーーー、仕事でも生活でも。



  前篇 完 

(販売方程式の解法:後篇 へ続く)


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