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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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交替せよ

54. 交替せよ


 たまたま、東京の本社へ出張の機会を得た。狙っていたチャンス到来である。人生はたった一度しかない一期一会「時は今である!」 会議が済んで、コーヒーを飲みながら全員が和やかな雰囲気に浸っていた時こそ、マムシの決断の場面であった。重厚で深みのある色合いの机にどっしり座っていた人物の傍へ筆者はにじり寄って、耳元へささやいた:

「ワシと社長を交代せよーーー。さもなくばーーー」


 藪から棒に虚を突かれた相手は、元々中世の戦国記などを読んでいなかったから、マムシの道三など知る由もない。ささやかれても意味か分らず初めぼんやりし、干からびたような顔をしていたが、次いで心臓に杭が打ち込まれたように感じたらしい。やがて命の縮むほどの寒気が襲い、ガタガタ震え出した。反動で過剰反応を起こした。


 冷静に話せばわかるはずだのに、大声でわめき散らした:

「こいつはキチガイだ! 気が狂った、ヤツを殺せ。神も天才も両方殺せ!」 

 考えれば筆者は一介の社員に過ぎなかったし、一番足りなかったのは斎藤道三みたいなどす黒い野心であった。しかも株主でも何でもない。会社の仕組みさえ知らなかったから、株を持たない権力闘争に勝ち目は無い。


 すったもんだの挙句、相手はバッサリと大鉈おおなたを奮った。私は足元をすくわれてひっくり返った処を投げ飛ばされて、地球外の火星まで追放された。悪巧みは「見事に失敗」し、華々しく撃沈された。残念な事に期待する程わくわくする合戦は起きず、カミサマが栄光の座から滑り落ちるのは新幹線のひかりより速かった。


 38.野のトラと三度目の人生

 大事な販売のカミサマを失って、会社側がどの程度の打撃を受けたか受けなかったか、巷には諸説があったが、それでも諸悪の根源を退治して後日社長はこんな独り言を呟いたそうである:

「やっぱり正義は未だ生きている、悪の帝国は滅んだーーー」


 反動でこっちは職を失い、「サラリーマンの悲哀」をしたたかに味わった。悪事の成就はなかなか難しいものだが、なに、何事にもプラスとマイナスの両面がある。会社は「虎を野に放った」結果になったからである。


 放たれた人食いトラは、一体どうしたろうか? 退屈どころの騒ぎではない。これまでの筆者の華々しかった成功振りを見て来た読者は、きっとこんな勇ましいリベンジ(報復)を期待してくれる筈だ:

   *

 時は丁度秋の夕暮れ。沈み行く太陽が辺りの野山を紅蓮の炎で焼き尽くすかのように、真っ赤に燃えていた。夕日に焙られたように、四足をふんばり猛々しく立ち上がったのが、「野に放たれて」赤く染まった人食いトラ。怒りで朱を注いだ顔面を会社のある東方へ向かって上げ、「悪の帝国」を必ずや復活させんと復讐を誓い、牙を剥いて咆哮した。


 不吉を感じて辺りの木々は梢を震わせ、湖面にはさざ波が立ち山も揺れた。結婚していて良かったーーー、とトラは思った。横に並んで一緒に立ち上がった配偶者もメストラへと変身し、これはオクターブの高い声で、キッ!キッ!キッ!とけたたましく吠えて、オスを加勢した。斉藤道三と悪の好きな人々の期待に応えて、実に勇ましい報復への誓いであったーーー:覚えてろよ!


   *


 が、あにはからんや、現実は違った。やっぱり筆者はカミサマでもトラでもなく、残念ながらパンツを履いた人間だった。先に一度触れたが、カミサマ振りも有能振りも会社というカンバンあっての事。「拠り所を失えば」トラどころか猫にもなれない、薄汚い単なる中年のオッサン。


 問題があった:会社を放り出された時、手持ちの金が乏しかったのである。勤務していた会社は元々大きな借金を抱えていたので、会社を左右するほどの売り上げを上げていながら、筆者の給料は世間水準より一貫して低く退職金さえ貰えなかった。不充分な給料でやり繰りしていた配偶者には、夫の再度の失業に「またか!」のショックだったろう。先行きは再び、銀行強盗かブルーシートの路上生活かの選択であった。


 三度目の人生を、再度標高ゼロの地べたからやり直さなければならなかった。ただ、過去二年足らずの営業経験を通じて、前回の失業時より賢くはなっていた:仮に誘われても、大手企業や中規模の企業に勤める気は無かった。(人よりも)セールスが上手だという自信があり、自分の能力が組織の大きな企業では生かせないのがよく分かっていた。新たな勤め先は小企業、いや、零細会社しか無いと思った。


 因みに、本書を書いているこの歳になると、若い人から意見を求められる事がある。大きな会社へ就職して安泰な人生を歩むべきか、敢えて小企業に飛び込んで活躍すべきかーーー? 経験から以下のようにアドバイスしたい:


 自分に(例えば、セールスのような)「証明された」能力とその確信があるなら、決して大組織の会社に入ってはいけない。生涯埋もれてしまうからだ。中規模の会社でさえ大き過ぎる。必ず零細企業で能力を生かすべきで、そこでこそカミサマになれると言いたい。


 けれども、不幸にして能力と経験に充分な自信がなく、実際に証明も無いようなら、何とかして大会社か中企業に入るべきだ。零細企業は危険で、決して勧められない。零細企業は王様か乞食の世界で、「中間は無い」のだから。

 ただ注意したいのは、「自分がやりたい事」と「能力」は別物。作家になりたいと思っても文章を書くのが苦手なら、見込みが無い。そんな人が零細企業に入っても作家にはなれないが、大手なら社内誌の編集くらいなら任せて貰えるという意味になる。


 序でに言えば、若い人でやる前から「自分探し」なんて言う人がいるが、(筆者の場合のように)人間四十を過ぎても、「向き・不向き」は分らないもので、死にもの狂いにやってみて、初めて本当の「自分を発見」出来るものと思う。食べる前から形だけを見て味を云々しても意味がない。まず全力で「やってみる事」が大事。

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