面白いかい?
52. 面白いかい?
もう一度、先の屁をかまして受注に成功したR販売店の愛妻弁当のF君の話に戻る。 F君の売り上げは徐々に増加して行き、これが導火線となって同販売店内の他の営業マン達も「将棋倒しの定理」で筆者へ寄って来て、筆者の売り上げ増に寄与してくれた。
F君が所属するR販売店は、先の安井親分のローカルな鉄材卸業者とは違い、全国に支店網を張り巡らせた中堅機械商社の一支店だった。 支店長は諸富さんと言ったが、筆者より二つ三つ歳上だったろうか。 各地の支店を歴任しR社内で出世コースを歩んでいると見られていた。諸富支店長が、ある時筆者を捕まえてこんな事を言った:
「私はサラリーマン生活が長いが、今までにアンタみたいな人に出会った事が無い。貴方はまるでサラリーマンらしく見えないよな」
筆者は初め聞き流していたが日を変えて似た事を繰り返し言った。ニ度目に聞いた時に訊ねた:
「サラリーマンじゃないなら、どんな風に見えますかね?」
「アンタの仕事振りは普通じゃない、普通の人はそんな風にはならないーーー」
「ーーーー?」
筆者の不審な顔へ、諸富さんはこんな風に例えた:
「飯を食う時、とても美味そうに食べる人がいるよな。見ていて気持ちがいい。反対に同じ飯を不味そうに食べる人も居る。アンタを見ていると、仕事をしているみたいに見えないんだよな。美味そうに飯を食べているみたいに見える。販売の仕事が面白くて堪らないみたいだね。え、一体そんなに面白いのかい?」
口振りには「羨ましい」という響があった。
筆者はそれまで、(時々神様に見える以外)他人から自分がどんに風に「見えるか」考えてみた事は無かった。多忙で、考えるゆとりが無かった。諸富支店長は歳も上だったから、先輩として熱心な仕事振りを褒めてくれたのか、位に考えた。それにしても、「販売の仕事がそんなに面白いのかい?」だって!? これ程筆者に不似合いな言葉は無い筈だった:
セールスは長い失業で糊口をしのぐ為に、切羽詰まって飛び込んだ世界であった。技術屋育ちの筆者には、セールスマンなんてーーーと目線で下に見ていたし、「最も不向き」な職業でしかなかった。それが証拠に電話さえようしなかった、いや、今でもようしない。泳ぎを知らないカナヅチが川の深みへ放り込まれみ、「泳げ!」と突き放されたようなものだったから、当初は死ぬかと思ったーーー。
水面へ浮かび上がろうと死に物狂いでもがき、岸に這い上がって息を付くや、追われるようにして一筋の道を疾走した。安井親分とグルで門番を騙し、非常識で口からウンコと言われようが、急行列車のように前へ前へ走り続けた。失業してまた水に溺れてはならないーーーという「恐怖心」が絶えず心の片隅にあった。こんな状況が幸せである筈がない。
「(お前は)販売の仕事が面白くてたまらないんだろう?」とは、思いも拠らない。そんな風に人は見ていたのか!? この言葉は、初めて自分を見詰め直す機会を与えた。
条件が揃わないと、人は滅多に「死にもの狂い」になれるものではない。何故なら、間違えれば狂って死んでしまうじゃないか。そう考えると筆者が「販売の世界」に投げ込まれたのは、人智を越えたものがあって、最も手荒なやり方で神が私を「試した」のではあるまいかと、一時はそんな気がしたものである。
けれども神様に頼らなくてもこんな言葉がある:
「一生懸命になれば、人生はたまらなく面白い。 R.ファインマン Nobel物理学賞」
面白いから一生懸命になるのではなくて、一生懸命にやれば面白くなるものだと教えている。諸富支店長の言った通り筆者は(当初いやいやながらやっていたのに)「一生懸命にやる」内に、ついに「面白くて堪らない状況」になってしまっていたのだ。




