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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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奇妙な定理の発見

47. 最も奇妙な定理の発掘


 「Dばかりが売れる」現象が偶然とは思えず、筆者は独り考え続けた。が、ついに分らない。会議が終わった翌日の夕方、神戸の自宅に帰りついた。もうすぐ夕食という時分で、配偶者は台所で天ぷらを揚げていた。

 ウチは割に会話のある夫婦だ。傍の椅子に腰かけて、筆者は東京土産の話や会社の様子を話した。話の最後に、先の「奇妙な話」を投げかけたのである:


「ねえ、不思議だろ? そう思わないかい? 僕にはD製品ばかりが売れるのに、他の人達はDが一番少ないんだーーー、おかしなことさ。実際Dが一番売りやすいのにねえーーー。外の人は皆バカだよ。」


 女は海老フライを鍋から上げながら、しばらく黙って考えていた。結婚以来、夫の変人ぶりを一番良く知る女だ。女の直感にすくみ上がったのは、この時であった。浮気を感づかれた男は、同じような気分を味わうのではないか:

「貴方ーーーひょっとしたら、Dさんを好きなんじゃないの? 恋人なのよ! 愛していて好きで好きで堪らないのよ。今晩、抱いて寝たら?」 

 思いも拠らない指摘であった。ついに浮気がバレたかという風な気がした。それまで二日間ずっと考え続けていたので、そう言われてピンと来るものがあった。直ぐに強い確信に変わった。


 女の言葉に教えられて、過去の商談を一つ一つ思い返して、次の事実に気づいた:

・例えば、顧客が安価なA製品を買いたい素振りを見せると、筆者はこう語り掛けていたのだ:

「お客さん、あとたった20万円予算を追加すれば、この素晴らしいD製品が買えるじゃないですか! 長く使うものですから、良いものを持っておきなさいよ。結局お得です」 → Dが売れた。


・顧客が高級な機種のE製品に関心を向けると:

「お客さん、そこまでの贅沢な機能が本当に必要でしょうか? 良~く考えて下さい。D製品は機能が70%ではありますが、価格は同じです。その分Dは小型ですから、狭隘部にも使えて応用範囲が広いです。形の大きいEを買って使え無けりゃ、宝の持ち腐れ。だから、結局D製品の方が使いやすいですよ」 → 又、Dが売れた。


・顧客がもしD製品をけなすような事を言えば: 

筆者は内心でムッと来た。むきになってDの特徴を数え上げて利点を一層強調し、Dを擁護した。まるで恋人をけなされたみたいに、腹が立ったからである。 → 又、Dが売れた。


・A/B/C/D/Eの中で:

顧客の前で、順序として筆者は必ずD製品の説明からスタートし、その後で他のA/B/C/E製品の説明に取り掛かっていた。そしてお仕舞いの別れ際に必ずもう一度D製品へ戻り、説明を再度繰り返して念押しをやっていた。選挙カーみたいにDの連呼である。 → 又、Dが売れた。


 「意識せずに」これらをやっていた私は、D製品が好きだったのだ。Dを「愛していた」から、どの客に対しても来る日も来る日も同じセールストークをやっていた。この事実に気付いて自分で驚いた。Dが「並外れて沢山」売れるのは、むしろ当たり前で不思議でも何でもなかった。自分に対する一種のマインドコントロールであった。


 なぜ自分が「D製品をそんなに好きなのか」考えてみた。答えは直ぐ分った: 他の機種よりも構造が複雑なのである。その分メカとしても高度に良く考えて作られていて「技術的な美しさ」があった。スマートなメカと構造に、筆者は「惚れ込んで」しまっていたのだ。自分がもともと技術屋だったせいだろうか。

 正しくファンタステック(Fantasitic)であったD製品に比べたら、他のA/B/C/Eなどは低級族で、粗悪品にさえ見えた。配偶者が指摘した通り、Dは筆者の恋人に違いなかった。


 熱い思いは相手にも伝染するもののようで、筆者から熱心な説明をされると、顧客はそれに感染した。苦しかった失業時代に出逢った塩垂れた上着の「コロンボ刑事」を、思い出した:

「ねえ、君、『手を添えてやれば』世の中に売れない物は何もないのだ。(一番売れ難いD製品だって、世界中で一番よく売れてしまうんだ)」 

 コロンボ刑事はこう言いたかったに違いない:「その商品を好きになりなさい。手を添え口を添えてキスをしてやり給え。放っておいても勝手に売れるよ」


 物が売れるのは、品質でも価格でも使い易さでもないのを教えて呉れる。セールスマン個人の「好きなものが、(勝手に)売れる!」ので、「恋人の定理」と筆者は名付けた。これは人間らしい定理だと思う。「人とは何か」を問うようなもので、セールスを一段高い目で眺められるようになった。


 思いがけないセールスの極意をあぶり出したが、「恋人の定理」には「それ以上の意味」が隠されているのにやがて気づいた。読者にもお気づきだろうか、人間の不思議な行動に関係している。

★例えば、一生懸命に努力して何か偉業を人が成し遂げたとする。一生懸命の努力は辛いし疲れるし精神的にもキツくハードな仕事で、他人にもそれが分かるから、よって人に賞賛される、パチパチパチ。当たり前によく見る光景である。


★対して、先の定理の背景を再点検してみると:筆者はD製品を非常に多く売って売りまくった。割損で割高の製品だったから最も売り難く、証拠に他のセールスマンの誰一人よう売らなかった。よりによってそんな困難な物を筆者は世界で一番沢山売った人間である。誰にも成し遂げられない事だったから、この意味で言えば「偉業」だ。この偉業は社内で大して目立ちはしなかったので、隠くされた意味に誰も気付かなかったーーー。


 同じ偉業を達成するのに、達成の仕方は先のケースと180°違う:筆者のケースでは「(辛い)努力やハードな仕事」が何処にも無い点だ。なぜなら(本人にとって)D製品は自動的に勝手にどんどん売れたからだ。有るのは「好き」だけだ。言い換えれば、辛い努力が要らないだけに「(努力が飽くことなく)長続きする」点である。長続きするから、当然の結果として自然に「名人」になってしまう。これが定理の別の側面であったが、値打ちに気づく人は少ない。


 数学が好きだったとする。クラスの試験でたまたま良い点を取って二番になった。賞賛される。才能ではない、数学を好きな気持ちが一層強まるのはごく自然だ。強まるから更に勉強に熱が入る。結果、ますます成績が上達する。また成績が更に上がる。


 こんなプロセスに一旦嵌ると、本人は苦しい努力した末に成績をやっとこさ上げたーーー、という自覚は少ない。(それだけ成績が良いんだから)さぞかし物凄く勉強しているんだねと人が感心して言う。そう言われても、本人はいまいちピンとこない:本人にすれば数学が「好き」でやっているだけで、何も努力なんてしてやしない、ウソじゃないよ、という気持ちだろう。


 本当は(人から見れば)多大な努力を重ねているのだけれども、本人には苦労と言う「意識がない」のだ。だから努力が長続きする。やがて否応なしに数学専門の先生になるだろう。本人の生涯にひとつだけミステークがあるとすれば、中学時代に(運悪く)「クラスの試験でたまたま良い点を取って二番になった」から、これこそわなで、「恋人の定理」に嵌ってしまったという罪だけだ。


 営業が大嫌いで軽蔑していが仕事だったが、たまたま安井親分と出会って、筆者はセールスで受注を上げた。売れてみると「舞い上がる」ほど嬉しかったから、つい研究する。それがまた当たって売り上げがあがる。それが一層研究を促し、成績が更にあがり、ついにセールスの神様と言われるようになってしまう。このプロセスにあるのは「営業活動」が面白く「好き」になったという「恋人の定理」が作用している。

 この定理に「人間らしい要素がある」と指摘したのは、この面である。


 以後「恋人の定理」を、営業活動だけに留まらず広範囲に活用していった。何かを成し遂げたければ、努力をする必要は何もなかったし思い悩む必要も無かった。ただ「好き」になって好きだと「想い続ければよい」だけの事だから、楽なものだ。例えば後年会社を創業した時、(業界で)一番の会社になろうと想った。約五年で達成したが死に物狂いの努力を傾けた結果ではなかった、一番になりたいとただ「恋人のように」想い続けただけの事だった。


 以後この定理を積極的に活用して行くことになるが、以下に挟むエピソードはその「威力」を最も効果的に発揮した営業活動のケースの一つである。(ここの話に直接関係無いが)大切だからページを割いて敢えて挿入して置きたい。読者が将来経営者となった時に、大変役立つのは間違いないと思うからだ:



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