肉盛り屋
34. 肉盛り屋
脱線した話を元へ戻す。東京での会議を終えて、岡山地区の同僚らと一緒に神戸に戻る新幹線の中で思った: トップセールスのノウハウを折角ただで教えてやったのに、猫に小判だったなーーー。
何れにしても、同僚が筆者の手法を真似ようがしまいが痛くも痒くもない。 上司の意向を無視して、筆者はその後も 「クマデ方式」と60万円の「ねたみ料」の支払いを販売店へ続けた。
「信念を貫いた」と言えば格好が好いが、本音を言えば、同僚がいとも簡単にやってのける「電話」をようしない筆者には、他に「やりようが無かった」だけ。その意味では劣っていた。自分の我儘を通せたのは、トップという販売成績に免じて会社が大目にみてくれたからでもある。
安井親分みたいなタイプの人がいる販売店を、筆者は新たに探して、次々訪問するようになった。工場へ同行しようじゃないか、と持ち掛けた。その中に化学工業専門に出入りしている中堅の「肉盛り屋」K社があった。「肉盛り」とは聞きなれない向きも多かろうが、牛肉や豚肉の事ではない。
射出成型機というのがある。世の中の殆どのプラスチク製品はこの機械で製造される。 これはプラスチクの元となる素材(化学原料)を鋼鉄のチューブに詰めて何百度かに加熱して溶かす→チューブの内部に「棒状鋼製のスクリュー」を仕込んであって→これを回転させると→溶けた素材がチューブからところてんのように外へ押し出され(=射出)→型(=金型という)に押し込まれ→(例えば)バケツや車のバンパーなどの形を「成型・製作」する。
これを射出成型機といい、この機械を使ってプラスチック製品を製造する大小様々な工場が日本全国にある。大は家庭向け浴槽から小は薬の容器まである。
そんな便利な機械だが成型を繰り返していると、堅い鋼で出来たスクリューでも「摩滅する」。けれども、スクリューを捨てるのはもったいないし、新調するとなると高価。そこで、スクリューの擦り減った部分に溶接で肉を「盛り上げ」て(=溶射、と言う)、嵩を太くするのだ。
当然太くなり過ぎるから、太くなった部分を再研磨してオリジナルの寸法に仕上げる。このマジックでスクリューは元通りの寸法に戻り、新品同様のピカピカ。種も仕掛けもある魔術だが、このケチケチ作戦を「肉盛り」という。
世はプラスチク製品が溢れているから、「肉盛り屋」は大繁盛で、専業のK社は射出成形機を保有する多くの工場へ出入りしている。
ここでやっと本題へ行けるが → この成型機械には、メンテの為に取り外すべき大きな、しかも堅いボルトが沢山取り付いてある。ウチから見れば有望な見込み客と言う訳だ。だからといって、筆者は直接そこへよう電話をしなかった。
世はプラスチク製品が溢れているから、「肉盛り屋」は大繁盛で、専業のK社は射出成形機を保有する多くの工場へ出入りしていたのだ。ここへ目を付けた。
大阪の「肉盛り」専門業者であるK社には、注文取りに5名の営業マンがいた。その中に、丁度春を少し過ぎた時期で、入社したばかりのドングリ目の学卒が一人いた。彼は、射出成形機を保有する幾つかのプラスチク加工工場を先輩から任されていた。スクリューが擦り減る頃を見計って、注文取りに定期訪問していた。
ただ、駆け出しの新米だから、ドングリ目君には未だ他の社員並みに専用の営業車を持たせて貰えなかった。ケチな会社の方針なのだ。電車で通って顧客の工場を一つ一つ巡回していたから、訪問は一日に精々1~2件に限られ、営業能率が良くない。K社を1~2度訪問してみて筆者はこれに気付いたので、上役の課長へアプローチした。
課長は時々不気味な目つきで人をにらむくせがある男で、牙と背びれを付ければフカと間違えられるが、それ以外に目立つ欠点はない。筆者はシャチとフカが好きだから、こんな提案した:
「あのドングリ目の新入りさんを鍛えて上げましょう、私にはクッションの良い高級車(=その実、オンボロの営業用ライトバン)もありますしーーー、この車は乗り放題です。何処へでも、彼の好きな処へ連れて行って上げますぜ」
フカは新人がヘンに鍛えられるのを望んではいなかったが、会社の方針とは言え、営業車の無い新人の非効率に悩んでいた。当然、「営業車提供」の提案に大喜びした。しかも、「ガス代不要・運転手付き・タダ」と来たからーーー、こんなウマイ話があろうか!
射出成型機のある工場まで、運転手の筆者が一緒に同道したいと言う訳だが、「ボルト締結工具」の製品など売れても売れなくても、車さえ貸してくれればフカにはどっちでも良かった。フカはウマイ話に自分の頬を二度つねり、ついでに尾ビレも振ってこっちの提案に与した:
「是非、あの新人を貴方の車で引き回してやってくれ、頼むよ! 序でに貴方も行く先々で勝手に自社製品か何か知らないがPRすりゃいい。誰も恨みやしないさ」