ろくでもない
23. ろくでもない
誰にどう電話を掛けたらよいのか、どうすれば製品が売れるのか、雲を掴む思いで見当さえ付かない。販売員の中で筆者が一番年長だったが、取っ付きが悪そうな四十過ぎの男に指導してくれる若い同僚は居ない。仮に親切に教えて呉れる人が居たとしても、大した解決にはならなかったろう。「こりゃあ、どうにもアカンわい!」と、教える方が匙を投げたに違いない。
が、「人生全て当たりくじ!」と言う通り、長い目で見ると何が幸いするか判らない処がある。教えてくれる人が居なかったのは、結果として大きな幸運であった。何故なら先に述べた通り、セールスの世界で真の成功者は数パーセント以下、百人に一人か二人の成功者という情け容赦のない世界である。
誰か親切な先輩が居て筆者が「薫陶」を受けていたとすれば、その人が偶然百人の中のたった一人のベストセールスマンの先生だという保証は、殆ど期待出来ない。大なり小なり「売れない」側に属するセールスマンで、世慣れているだけ、いや、「悪ズレしてる」だけなのだ。
百歩譲っても精々平均点の人だったろうから、指導される内容は「ろくでもない」しろものになっていたろう。白紙に近かった未経験の筆者はそんな教えに簡単に洗脳され、同じように百人の中のその他大勢の落伍者仲間へ落ちていたか、と思う。幸いにして筆者はそんなリスクを避けられた訳で、言い換えれば先生が居ない分、何もかも自分で考え出さなければならなかった。
こんな原点があるから、経営者となった今でも、社内で古参の営業社員が新入りを捕まえて、あれこれ指導している姿を目にすると、「ふん、ろくでもないーーー」とつい思ってしまう。
図書館生活も一年近くになると、当初のルンルン気分は何処へやら、状況としても気持の上でも追い込まれた。解雇されて食うに困って銀行強盗を働くか、路上生活者に落ちるか、それとも製品を誰かに売りつけるか、選択肢は三つに一つ。解答を求めて、図書館の書棚で参考書を探した。
が、幾ら探しても、「百パーセントばれない銀行強盗のコツ」も、「路上生活を三倍楽しむ法」も、「ドライブを楽しみながら売る方法」も無かった。「逃げ道」の無いのが判っただけ。
後で思い返して「ああ、あの時がそうだったか!」と気付く節目が、人生にはままある。逃げ道を塞がれて土壇場まで追い込まれたこの時こそ、神は筆者の直ぐそばに寄り添っていたのである。人生が「夜明け前」にさしかかっていたのを、気づかなかった




