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亀が空を飛ぶ方法 (第二作)  作者: 比呂よし
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機械は要らんかねえ!?

21. 機械は要らんかねえ!?


 セールスマンの何たるかをまるで知らなかったけれども、暫く棲む内に、筆者の目にそこが「奇妙な世界」に映った。技術屋の世界とはまるで違う:

 

 先ずこの会社では、権利として「働く」のは無論自由である。が、一方で、事務所から一歩外へ出れば上役にバレない限り、咎める者が居ないから「働らかなくても構わない」という便利な自由もあるのだ。これは新発見の一つ。もし多少の良心があるなら、「働く振り」をしても良い。手馴れた者ならこれら三つを使い分けて、夏なら何処かの公園の木陰に駐車して、クーラーを掛け放しで昼寝さえ許されるのだから、何とまあ天国みたいな仕事! それを何度か交互に実行して、筆者は天国を味わった。


 電話番を止めて外出したての頃、気分だけはルンルン。ダニみたいに机や製図台へしがみ付いていた陰気な技術系の仕事に比べたら、遥かに気が晴れる。しかも車の運転が好きと来たから、仕事と称して毎日ドライブが出来るのは素晴らしかった。町のビル群を眺め、それを抜けると遠くの山々を眺めて車の速度を上げたり下げたりして、ドライブするのは楽しかった。


 機械のサンプルは必ず後部席に積んだ。助手席に積むと、運転席で昼寝をする時に機械に睨まれるような気がするからだ。西や東へ、高速道路を車で走り回る生活になった:「機械は要らんかねえ!」と走る車内で毎日大声で叫んでいたが、幸い誰にも聞こえないから、恥ずかしくはない。益々声を張り上げたら、「要らんよう!」と山びこが応えた。


 山びこ遊びに疲れたら、いや、好きなドライブだから疲れる筈は絶対に無いが、自分へそんな口実を使って、時々小奇麗な喫茶店へ入って休憩した。売れないセールスマンは人から相手にされないが、喫茶店からは引っ張りだこである。


 一杯のコーヒーとそこに置かれている漫画雑誌数冊で一時間は粘れる。ヌード写真の多いエロい雑誌が好きだったが、というより、嬉しい事にどの店にもそれしか置いてない。店もこっちの気持ちを汲んでくれて、マンガやヌード雑誌の種類を豊富に揃えてあの手この手で至れり尽くせりである。こういうのを眺めていて、生まれ変わってもまた男になりたいと思った。


 販売する商品は違っても、店には他社のセールスマン達が、同じく営業という過酷な労働に疲れ果ててマンガ本に癒されていた。相手のプライドを傷つけてはいけないから、こっちから話こそしなかったが、何となく傷をなめ合う仲間意識を持てて、営業とは実に思い遣りに満ちた世界だと実感した。


 けれども、ゆとりの無い暮らし向きで、喫茶店をハシゴするだけの小遣いを使える立場にはなかった。それに、半月もすれば近郊の道路と景色を丸暗記してしまうし、ドライブ途中で立ち寄る公園の松の美しい枝ぶりを眺めて感動する気持ちも薄らぐ。サルと違って人間は飽きっぽいから、ドライブにも流石に飽きて来た。


 最後に思い付いて図書館(神戸市大倉山)へ立ち寄った処、そこでは危険な事がめったに無いと分った。エロ雑誌こそ無かったが、ここが次の新しい趣味へとステップアップした: 

暇つぶしに、一日中図書館で読書するようになった。司馬遼太郎の歴史物が好きで、読んでいる時は嫌な事も好きな事もヌード写真の事も、三つを同時に忘れた。今も私が案外歴史に博学なのは、この時の読書のお陰。


 なけなしの小遣いを喫茶店に掠め取られる事も無くなり、毎日、毎週、やがて何ヶ月もーーー、「営業活動=ドライブ+図書館で読書」の平和な日課が始まった。

 その間上役へはのらくらしたウソの営業報告書を作成し、「もう直ぐ受注出来ますからーー」と期待を持たせた。ウソ付け!三百万円の製鉄所向けの機械が、図書館で売れる訳がない。なに、ちょっと文章さえうまくこしらえれば、会社の上役なんて騙し易い。


 ありもしない架空の商談話を、多彩な手法を駆使して今にも受注出来るか出来ないかハラハラ・ドキドキさせながら、臨場感を持たせて報告書へ記述した。無論、その商談の最終結果は1ケ月後に、100%必ずこんな結末で報告書に記述される:「惜しくも受注を逃したーーー、たった3%の価格差だった。ああ、実に残念無念だ!雪辱を期して次は頑張ろう」


 人生何が役立つか分らないもので、若い時には苦労をしておくべきだ。後年今のようなエッセイを書けようになった文筆の技術は、かって偽の営業報告書を「書きまくった」鍛錬の賜物なのである。

 作用あれば反作用あり、が物理の法則である。鍛錬の副作用で、注文など取れる訳がない。暇だから、図書館にあった人事録で見込みのありそうな会社を調べて、下手糞な字で商品紹介のハガキを自前で出して見たりもした。自家製ダイレクトメール。手が腱鞘炎になる位頑張って百通ばかりも書き送ったら、十年分も働いた気がした。


 けれども、返事は一件も返って来ない。郵便配達員がさぼって配達しなかったに相違ないと最初は腹を立てた。が、考えて見れば、例えば三菱重工業の社長あてのものは秘書室が勝手にゴミ箱へ捨てていたのだろう。因みに後で人に聞くと、「DMの成功率は千三つ(センミッツ)」だそうで、千通出して返事は三件あるかどうかである。

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